黒幕⑬

 キグムが完全に動かなくなった所でアリスはヴェルレムを一振りしてエスティルに視線を向けるとエスティルも頷いた。


「それにしてもアリスは良く私が操られてないという事がわかったわね」


 エスティルの言葉にアリスは苦笑する。


「何言ってるのよ。私に斬りかかってきた時のエスティルの斬撃が大した事無かったからすぐわかったわよ」


 アリスが即座に返答する。アリスはエスティルが斬りかかってきた時の斬撃が手心を加えたものである事を察するとエスティルが演技をしている事に気付いたのだ。


「まぁ、あからさますぎたわよね。こいつがアホだから気付かなかっただけでアディルもすぐ気付いたみたいだしね」

「うん、おかげでこのバカがペラペラと色々喋ってくれたわね」

「ええ、ここまで上手くいくなんて思ってもみなかったわ」

「それじゃあ、片付いたという事でアディル達に助太刀しましょう」


 エスティルがそう言うとアディル達の元に向かおうとした所でアリスが立ち止まり、エスティルも同様に立ち止まった。


「何? また新手?」

「またぁ? 出るなら一度に出て欲しいわよね」


 エスティルとアリスが面倒そうな声を出しつつそれぞれ武器を構える。


 すると空中にぽっかりと黒い空間が現れるとそこから一人の黒い全身鎧フルプレートに包まれた騎士が姿を見せる。メイノスと同じタイプの全身鎧フルプレートである事から黒幕側の陣営に属するものである事は容易に想像できる。


 騎士は銀髪を短く刈り込んだ端正な容姿を持つ騎士であり腰に長剣を帯びている。武器を構えるエスティルとアリスを見て苦笑を浮かべると足元に落ちている“ガルムスの宝珠”を拾い上げる。


「ちょっと待ちなさいよジーツィル!!」


 アリスが騎士をジーツィルと呼んだのは単なるカマかけであり、確信があったわけではない。


「なぜ……俺の名を……ちっ、クズが俺の名を出したという事か」


 騎士はジーツィルと呼ばれた事に対して否定するような事はしなかった。これによりこの騎士の名はジーツィルである事は確定した。


「その宝珠は私達の戦利品よ。置いていってもらおうじゃ無い」


 アリスはヴェルレムの鋒をジーツィルに向けると堂々と言い放った。ジーツィルはその宣言に対して口を開く。


「それはきけんな。この宝珠は元々我らのものであり、借り主が死んだので回収しにきたのだよ」

「嘘つくんじゃないわよ!! そこで焼け焦げてるクズが言ってたわよ。私の錬金術の粋を集めたものだってね」

「ふん、それはそのクズが嘘をついただけの事だ。この宝珠は我々がそいつに貸していただけだ。そいつは二、三の能力をこの宝珠に加えたに過ぎん」

「へぇ~呆れるわね。最後までその男は勘違いしてたってわけね」

「ふ、この世界・・・・の人間は自尊心ばかり高いのが目立つな」


 ジーツィルの言葉にエスティルとアリスは訝しげな視線をジーツィルに向けるが、その事には触れない事にした。


「ふ~ん、まぁいいわ。その宝珠はあんたに譲ってやるけど何か見返りをよこしなさいよ」

「見返りだと?」


 アリスの言葉にジーツィルは訝しげにアリスを見る。


「そうよ。私達は今夜あんた達のせいで余計な苦労を背負い込まされたんだからその償いと言い換えても良いわよ」


 アリスの尊大な宣言にジーツィルは最初驚いたような表情を浮かべたがすぐに笑い出した。


「ふはははははは!! 面白い娘だ。その度胸に免じて見返りを言ってみろ。内容によっては聞いてやらんでも無いぞ」


 ジーツィルの返答にアリスはニヤリと嗤う。


「こちらの求めるのは二つよ。一つはあんたのフルネームよ」

「俺の?」

「ええ、名乗れる名があれば名乗ってみなさいよ」


 アリスの挑発的な言葉にジーツィルは目を細める。アリスの条件の意図するところが読めないのだ。


「……もう一つは?」

「もう一つはゴブリン達の撤退よ。切り抜けるのは可能だけど数が多いから面倒だわ」

「ふむ……」

「さて、こちらの要望は以上よ。さぁどうする?」


 アリスの言葉にジーツィルは頷く。


「よかろう……その代わりにそちらのお嬢さんが放とうとしている魔術を放たないという事を確約してもらおうか」


 ジーツィルはエスティルを見ると警戒しながら言う。エスティルはアリスとの会話で意識を向けておりその隙をついて攻撃を仕掛けようとしていたのだ。


「わかったわ」


 エスティルはジーツィルの要望通りに魔術の展開を中止すると高まっていた魔力が消えていく。それを見てジーツィルはアリスの方に視線を向ける。


「まず俺のフルネームはジーツィル=クラム=ローグエイグだ」

「わかったわ。それじゃあゴブリンの方よ」

「ああ」


 ジーツィルは左手にあるガルムスの宝珠を掲げる。掲げられた宝珠は妖しい光を放った。すると洞窟の所で突っ込んできていたゴブリン達が突然立ち止まると蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。


「これで良いだろう?」


 ジーツィルはニヤリと嗤ってアリスに尋ねるとアリスは肩をすくめると小さく頷いた。


「面白い奴等だ。今回はこちらの負けのようだな……だがこの借りは必ず返すぞ」


 ジーツィルはそう言うと空中に再びぽっかりと黒い空間を開くとその中に歩を進めていく。ジーツィルが空間に歩を進めてからすぐに空間の孔は閉じた。


 アディル達は周辺を警戒するが敵の気配は一切しない。どうやら危機はさったようであった。アディル達はそれを確信するとその場に座り込んだ。


「ごめんね。宝珠を持っていかれちゃったわ」


 アディル達の元にやって来たアリスが開口一番謝罪するがアディル達の中にその事を責めるようなものはいない。ジーツィルの戦闘力がどれほどのものかわからない以上、あの場で戦闘を行わない流れに持っていった事はむしろ僥倖と言えた。


「いや、相手の戦力がわからない以上アリスとエスティルのとった手段は妙手と言っても良いだろうさ」

「私もそう思うわ。全員でかかれば斃す事も可能だったかも知れないけどまた新手が出ないとは言えない以上、戦わないで済んだのは御の字よ」


 アディルとエリスがアリスにそう伝えるとアリスも納得した様に頷いた。


「さて、奥はキグムの研究所だろうから、一応今回の件について何かあるかも知れないから行くとしよう」


 アディルがそう言うと全員が頷き洞窟の奥に向かって進むのであった。


 その後、キグムの研究部屋に入ったアディル達はキグムの研究資料を押収して洞窟の外に出た。洞窟の外に出た時に東の空が明るくなっていた。


 アディル達の長い夜はこうして終わったのであった。

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