黒幕⑫

「エスティル!! あなたどうしちゃったの!?」


 エスティルの行動に対してアリスが問い詰める。アリスの質問にエスティルは静かに微笑みながらも不思議そうに返答する。


「アリスこそ何を言っているの? 私がキグム様に尽くすのがそんなに不思議な事かしら?」


 エスティルの返答を受けてアリスが事情を察したかのようにキグムを睨みつけた。


「あんたね? さっきの光でエスティルに暗示をかけたのね!!」


 アリスの敵意の籠もった視線と声を受けてキグムはニヤニヤと嗤った。ここまで不快な嗤顔えがおを浮かべられるのは一種の才能なのかも知れない。


「ふ……暗示? そんなつまらない事をした覚えは無い」


 キグムは得意気にアリスに言い放つ。


「この女を縛っているのはこの“ガルムスの宝珠”の力よ」

「ガルムスの宝珠?」

「そうだ。この宝珠は我が錬金術の粋を集めたものよ」


 キグムの得意気な声は止まらない。


「この宝珠の素晴らしいところは、術の効果を極限まで高める事にあるのだ。ははは、この宝珠がある限り私は最強の魔術師なのだ」

「その宝珠であんたはあの数のゴブリン達を支配しているという事?」

「ああ、そういう事だ。あのような下等な生物でも使い勝手が良いからな」


 キグムはあっさりとゴブリン達を支配しているカラクリをアリスに答える。本来は伝えるべき内容でないのに関わらずそれを伝えるキグムの本質は闘技者のものではなく、研究者なのかもしれない。

 アリスは同時にキグムの口が軽くなっている事を感じた。キグムのような自尊心の高い者は自分の思い通りに物事が進んでいる時には口が軽くなる傾向がある。アリスはその事を察した時、さらに情報を得るために話を振ってみる。


「まさか代用品ガーベルンとかいう怪物達もあなたが作ったの?」


 アリスはこの機会にキグムから情報を引き出す事にした。エスティルの件も気になるのだがそれよりも優先するとにしたのだ。エスティルもアリスの行動を制止するような事はせずに黙って見ている。


「あの怪物達は私が作ったのでは無い。ジーツィルと名乗る者が置いていったものだ」

「ジーツィル?」

「詳しいことは私も知らん。興味も無い。だが代用品ガーベルンという興味深い素材を提供してくれた事には感謝しているぞ」

「そいつはあんたに代用品ガーベルンを使って何をさせたかったのよ」


 アリスの言葉にキグムは薄く嗤う。


「ジーツィルは代用品ガーベルンについて一つの注文を出した。この国に混乱を巻き起こせとな」

「混乱?」

「大方この国を狙うどこかの間者なのだろうな。まぁ私にとってみればどうでも良い事だ」

「あんたは村の人達に対して思うところはないの?」


 アリスの言葉にキグムは相変わらず薄い嗤いを浮かべながら返答する。


「あのようなつまらぬ者達が偉大なる錬金術師である私の役に立ったのだから感謝するべきだろう。それにあいつらも喜んで身を捧げていたな」


 キグムの言葉を受けてアリスは柳眉を逆立てた。


「あんたが村人達を操ったんでしょう!!」

「ふはははは、その通りよ。あいつらは滑稽でな。ガキ達の命だけは助けてくれなどと言っていたが操ってガキを殺させたよ。その後に術を解いて正気に戻った時のあいつらの顔は見物だったぞ」

「な……」


 キグムの行った非道にアリスの顔が流石に凍る。キグムのやった事は外道極まりないことであった。子ども達の命だけは助けて欲しいという親の気持ちを最悪の形で踏みにじったのだ。


「さぁ、お前も私の隷となるが良い……」

「お断りよ……これから死ぬあんたにつくなんてあり得ないわよ」

「ほう……お前はこいつよりも強いというわけか……」

「何勘違いしてるのよ。私はエスティルと争うつもりなんか一切無いわよ」

「ほう……おい、私を守れ」


 キグムの命令にエスティルは無言でアリスの前に立ちふさがった。キグムはニヤニヤと嗤うとアリスに言う。


「さてこれでもこいつと戦わないで私を殺すなどと言う芸当が出来るかなぁ?」

「エスティル……どいて……」


 アリスはキグムの言葉には直接答えるのではなくエスティルに言葉をかける。声をかけられたエスティルはニッコリと微笑むと剣を構える。


「さぁ、殺し合え勝った方は私の奴隷にしてやろう」


 キグムの嫌らしい言葉と声にアリスとエスティル・・・・・は顔を顰める。


「いいわ。さっさとやりましょう。とりあえずジーツィルという情報が手に入っただけでも重要ね。ついでに言えば私達ハンターを呼んだ目的の方もわかったからあんたは用無しよ」


 アリスの言葉にキグムは目を細める。アリスの声にはすでに決定事項のような響きがある。


「頭が悪い男に私は魅力を感じないのよ。ついでに言えばエスティルそうよ」

「お前はさっきから何を言ってる? おい、何をやってる。早く始めろ!!」


 ついにキグムはしびれをきらしたかのようにエスティルに命令を下す。


「了解♪」


 命令を受けたエスティルはそのまま振り返ると背後にいたキグムの左腕を斬り飛ばした。腕とガルムスの宝珠が宙を舞い地面に落ちると同時に傷口から血が舞った。キグムはしばらく呆然としていたが自分の身に起こった事を理解した時、その口から絶叫がほとばしった。


「ギィィィィヤァァァァァァァ!!」


 キグムは叫びながらその場で蹲ると疑問に満ちた目をエスティルに向ける。


「何意外そうな顔をしてるのよ。あなた如きの術にかかるわけないでしょう。アリスがかからなかった段階で不思議に思わなかったのかしら?」


 エスティルの呆れたような声にキグムの顔が歪む。その顔の歪みは屈辱を感じた故か苦痛からきたものかは正直判断付かない。


「ま、あんたはエスティルが操られた時にアディル達がまったく動かない事に対して不思議に思うことも無い程度の思考能力しか無いからしょうが無いわよね」


 アリスの声には挑発の成分が過分に含まれている。苦痛に呻きながらキグムは自分がエスティルとアリスの掌の上で転がされていた事に気付いた。エスティルとアリスはキグムから情報を聞き出すために演技をしていたのだ。


「さて、あんたは村人を最低の方法で殺した。その罪はあんたのようなクズの命ではまったく釣り合わないわ」


 アリスの言葉にキグムが少しばかり生存の可能性を察したのだろう。生色が僅かながら戻る。


(そうだ。私の能力が惜しいのだろう!? ふははは)


 キグムは心の中で自分に都合の良いストーリーを展開し始めていた。そのストーリーとはアリスが罪を償わせるという類の発言がなされ命を助けてもらえるという展開であった。だがアリスの次の言葉はキグムの自分勝手なストーリー展開が単なる妄想である事を思い知らせた。


「だからこそあんたには罪を償うために死ぬんじゃなくて存在が鬱陶しいから消えてもらうわ。あんたのようなクズの謝罪なんか聞かされても村人は怒りを増すだけで意味は無いのよ。あんたの存在自体が鬱陶しいからあんたには消えてもらう。私達が蚊を叩きつぶすのと変わらないわ」

「ま、待ってくれ!!」

「いやよ」


 アリスは竜剣ヴェルレムの鋒をキグムに向けるとキグムはガタガタを震えだした。今自分の命が蚊がつぶされるように消えさろうとしているのを感じたのだ。キグムの全身を死の予感が駆け巡りキグムは気が狂わんほどの恐怖に支配されている。


「ひ、た、助けてくれ。お願いだぁぁぁぁ」

「うるさい」


 キグムの命乞いに何ら価値はないとばかりにアリスは拒絶の言葉を冷たく言い放つ。そして次の瞬間にヴェルレムの鋒から炎が放たれキグムの全身を包み込んだ。


「ギャアアアアアアアアアア!! た、助けてくれぇぇぇえ!! 熱いぃぃぃぃ!!」


 全身を炎に包まれたキグムは絶叫を放ちながら転げ回るがれほど長い時間の事では無く動きが鈍くなっていき動かなくなった。


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