黒幕⑪
キグムと名乗った錬金術師に対してエスティルとアリスの視線は白けきったものであった。二人にしてみればキグムという名前など初めて聞いたし、今回の件を引き起こした可能性の非常に高い人物である以上好意的な感情を持つことは不可能であったからだ。
キグムとすればエスティルとアリスの反応が気にくわないのか放たれる雰囲気が一気に苛立たしげなものに変わる。
(どうやら自己顕示欲が高いタイプみたいね)
(自分で偉大とか言っちゃうのって恥ずかしい奴よね)
エスティルとアリスはキグムの自己顕示欲が高い事をキグムの名乗りから判断する。ここまで自己顕示欲が強いのならそれを利用しない手はない。
「ねぇエスティル、キクム=レクナスって聞いた事ある?」
わざと名前を間違えるのは挑発の基本である。アリスの言葉をそれを実践したにすぎない。
「う~ん……少なくとも私は知らないわ」
エスティルも首を傾げながら言う。こちらは挑発のつもりではないのだが結果的にキグムの自尊心を大いに傷つける事になった。
「そうよね。ひょっとして自分で偉大とか言うからエスティルは知ってるかと思ったけど違うのね。全然大物じゃ無いじゃない」
「仕方ないわよ。多分だけどこの錬金術師は研究室に籠もりきりで世の中の事なんてまったく知らない無知なオバカさんだと思うわ」
エスティルも言葉の端々に挑発の成分を含ませていく。
「ふ、この私を知らぬのも仕方の無い事だ。貴様らのような愚か者などに最初から期待してなどいないからな」
キグムは尊大に言い放つが、頬がひくついているのをエスティルとアリスは当然の如く気付いており挑発の効果があることを知らしめている。
「何ともないように装っているけど残念だけどバレバレよね」
「そうね。器量の無さが初対面の私達にも一目でばれる段階でレベルが知れるわよね」
アリスの言葉にエスティルがすぐさま肯定する。
「殺せ!!」
キグムは両隣に立つ騎士達に命令を下すと騎士達は腰に差した長剣を抜くとそれぞれエスティルとアリスに斬りかかってきた。もともと戦闘は不可避である以上、エスティルもアリスも戦闘が始まったことに驚きはしない。むしろ挑発が上手くいったので喜ばしいという感じである。
「やるわよ。アリス!!」
「了解!!」
エスティルの号令にアリスは端的に答えるとそのまま騎士の一人と斬り結ぶ。アリスと騎士が剣戟を展開するとほぼ同時にエスティルの方も騎士と斬り結んだ。
エスティルとアリスはそれぞれの相手との間に激しい斬撃の応酬を行う。打ち付けられた剣同士が火花を散らした。エスティルとアリスは斬撃の応酬をしながら相手の力量を見極めようと観察を始める。加えてエスティルとアリスはキグムがどのような行動を取るかも注意深く観察している。
これは得るエスティルとアリスの技量が騎士二人を上回っている証拠であった。
(確かにこの騎士は中々強いけど私が敗れる事は無いわね)
(純粋な剣術であっても私の方が強いわ……魔術を使うという感じでも無さそうだしこのままいけるわね)
エスティルもアリスもそう判断すると一気に打って出る。
キンキンキンキン……キィィィン!!
数度の剣戟を行い隙を探っていたエスティルが騎士の長剣を両断する。斬り落とされた長剣の先はクルクルと円を描いて地面に落ちる。
(勝機!!)
エスティルはそのまま一気に押し切るために斬撃の速度を上げる。
キンキンキン!!
エスティルの斬撃の回転はさらに上がっていき騎士は受けるだけで精一杯という状況になった。
アリスの方も剣こそ両断はしていなかったがエスティル同様に斬撃の速度を上げていき受けるだけで精一杯という状況に追い込んでいる。
エスティルが相手をしている騎士が折れた剣を振り上げた。エスティルの雨霰と放たれる斬撃の合間を縫ってエスティルに斬撃を放とうとしたのだ。だが、それは成功しなかった。なぜならばその隙はエスティルの
「もらった!!」
エスティルは鋭く叫ぶと魔剣ヴォルディスを一閃する。エスティルの剣閃は騎士が振り上げた右腕と首をまとめて斬り飛ばした。
(こいつ……!!)
勝負が決したと思っていたエスティルは飛ばした騎士の右腕と首が地面に落ちカランと乾いた音を発した事に対して騎士の正体を察した。鎧の中には何も入っていない空洞であったのだ。
(
エスティルがそう結論づけた瞬間にキグムの左腕の水晶玉が光った。
「くくく……ははっはは!! 捕まえたぞ生意気な小娘が!!」
光が消えた時にキグムはいきなり嗤い始めた。
「何を言ってるのよ……」
アリスが呆れた様な声をキグムに投げ掛けると目の前の騎士を一気に斬り伏せた。アリスは襲いかかってきた騎士の長剣の斬撃を紙一重で躱すと即座に竜剣ヴェルレムを一閃する。アリスの斬撃は右脇腹から逆袈裟の要領で入りそのまま左肩へと抜ける。
見事に斬り裂かれた騎士の鎧はそのままずれ落ちると地面に落下する。エスティルが斬り伏せた騎士同様にアリスが斬れ伏せた騎士の内部もまた空洞であったのだが、もはや予想の範囲内であるためにアリスはまったく動揺しない。
「やれぇ!!」
キグムが命令を下す。もはやこの場にはキグムの命令を聞くような者などいないはずなのにだ。しかし、その命令に応えるものがいたのだ。
キィィィン!!
その者はアリスとの間合いを一瞬で殺すとそのまま斬撃を放った。アリスは驚愕しつつもその斬撃を受け止めた。
「エスティル!! どうしたの!?」
アリスの口から命令を聞いた者への問いかけが行われた。
「キグム様への命令よ。アリス」
キィィィン!!
エスティルはそう言うとアリスの剣を弾くと後ろに跳びキグムを守るように前に立った。
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