黒幕⑨

「ゴブリン達が来たぞ!!」


 シュレイの言葉に全員が視線を交わすと立ち上がった。その際にエリスもアディルから離れている。かなり残念そうな表情を浮かべてはいたがその事を言語化しないのはTPOを弁えるエリスらしさが現れている。


「アディル、調子はどう?」


 エスティルが尋ねるとアディルは二~三度、右腕を回し確認する。


「そうだな。まだ痛む箇所があるがマシになった。戦闘は可能だな」

「そう……大体何割ぐらい?」

「大体、四割方の回復はしたな」

「四割……」


 アディルの返答にエスティルは小さく呟く。アディルの実力からすれば四割としても相当なものであるが不安があるのは事実だ。ゴブリンの大群相手に思わぬ不覚を取ることも考えられる。


「様子がおかしいぞ……」


 外を伺うシュレイが小さく言う。


「どうした?」

「やつら……遠巻きにこちらを見ているだけだ。ここに探りに来たんじゃ無い。俺達がここにいるのを知っている」


 シュレイの言葉にアディル達は視線を交わした。ゴブリンはアディル達を探しているのでは無くここに追撃・・に来たのだ。これは何者かがアディル達がここにいることを知っているものが教えた可能性が高いことを示していた。


「索敵に引っかかった……? いや、俺達がここに来るまでゴブリン達の気配は一切していない……」


 アディルがそう言った時にエリスが声を上げる。


「みんな、私が送り込んだ式神三体が消滅したわ。無人じゃ無い。奥に誰かがいるわ」


 エリスの言葉にエスティルとアリスが洞窟の奥の方に自然と動く。三体の式神を斃すほどの実力者が奥にいるのは確実であり、状況からこちらに向かってくるのは当然であったからだ。


「これってかなりまずい状況じゃない?」


 ヴェルの言葉にアディルは頷く。


「ああ、全員消耗してるし、奥の方はそれなりの実力者……かといって洞窟の外に出ればゴブリンに取り囲まれるな」


 アディルの言葉に全員がため息をつく。まずい状況というのは理解していたが言語化されれば嫌が応にも自分達の置かれている状況が厳しいと認識してしまう。


「さて……奥の方はエスティル、アリスに任せるとしてゴブリンの方は俺達が何とかしなければならんな……」

「でもここなら一度に襲いかかられる事は無いから間違いをしなければ乗り越えられるわ」

「ああ、そういう事だ」


 アディルはそうヴェルに返答するとエスティルとアリスに言う。


「エスティルとアリスはすまないが奥の方からやって来る相手に対処してくれ。俺達はゴブリンを相手にする」

「わかったわ」

「まかせて」


 エスティルとアリスが即座に返答する。まったく緊張を孕んでいない声が頼もしいことこの上ない。


「エリス、は何枚残ってる?」

「え~と……あと四枚ね」

「そうか……するとこの鎧武者達の戦闘参加は少し待ってくれ。俺とシュレイがやって来たゴブリン達に対処する。ヴェルとエリスは俺達二人の援護を頼む。俺達がつかれた時に鎧武者と交代するという方式をとっていこう」


 アディルの言葉に全員が頷く。作戦と呼ぶには些か乱暴であるが他に方法が無い以上仕方の無い事であった。


『デテコイ!!』


 その時、ゴブリンが大声で呼びかけてきた。知能がそれなりにあるゴブリンは片言とは言え人間の言葉を話すものがいるのも事実であった。


『デクレバ イノチ ハ タスケテヤル!!』


 ゴブリンの言葉を信じるほどアディル達は呑気な性格をしているわけではないので相手にせず沈黙を守った。このような時に返答が無い場合はかなりなストレスになるのは間違いない。


『コタエロ!!』


 ゴブリンの声が苛立たしげなものへと変わる。周囲に集まってきたゴブリン達からも同様に殺気が含まれ始めている。


「あいつら怒ってるな……」

「まぁ、ここに来るまでに相当な数のゴブリン達を斃したからな」

「だよなぁ……」


 アディルとシュレイはそう言葉を交わす。状況から考えればゴブリン達がアディル達の命を救うことはあり得ない。


 パラパラ……


 洞窟の入り口から小石が数個落ちてくる。アディル達はゴブリンの問いかけを無視し続けるとゴブリンから再び声が発せられた。。


『リュジギアガ!!』


 ゴブリン達の言語による言葉を受けてゴブリン達はそれぞれ雄叫びを上げる。


『ウォォォォォォ!!』

『ギアガ!! ギアガ!!』

『ギアガ!! ギアガ!! ギアガ!! ギアガ!!』

  

 アディル達の中にはゴブリンの言葉を理解するものはいないがそれでも何を言われているかは大体想像がつくというものである。恐らく“ギアガ”はゴブリンの言葉で“殺せ”を意味するのだろう。


 ゴブリン達は隊列を組んで洞窟の前に勢揃いすると武器を構えながら洞窟に向かって歩を進め始めた。ゴブリンは個体では弱者に分類されると考えて良いだろうがそれでも集団になるとその威圧感は相当なものになる。


「さて……みんなはこのタイミングでゴブリンが攻撃を開始した理由がわかってるよな?」


 アディルの問いかけにヴェル、エリス、シュレイはそれぞれ頷く。


「見え透いた手だが、ゴブリンには戦術があることの証明だ。ゴブリンだからと舐めると痛い目を見るからな」

「わかってるわ。で口火を切るのは“そいつら”かしら?」

「九割方“そいつら”からだろうな」

「まぁ来るとわかってる以上、大丈夫だけど……どうする?」


 ヴェルの問いかけは“まず”襲ってくるゴブリン達をどうするかという意味である。


「俺は出来るだけ殺さないでおいた方が良いと思う。手足を斬り落として入り口付近に放置してゴブリン達に恐怖を植え付けるのが目的だ」


 アディルはサラリと残虐行為を提案する。


「私はアディル達が斬るんじゃ無くて私の魔術で焼き殺した方がインパクトあると思うわ。意図的に火力を落とせば叫ぶ時間が長くなるんじゃ無いかしら」


 ヴェルもすかさず残虐行為を提案してきた。


「私は洞窟内に引っ張り込んで出来るだけ残虐に殺してその叫び声をゴブリン達に聞かせた方が良いと思うの。見えなければそれだけ想像力を刺激するでしょう。そっちの方が効果を望めるんじゃ無いかしら」


 エリスの提案も中々エグイものがある。


「あんたら……よくそこまで平然と残虐行為を口に出来るな……」


 シュレイのやや引いた声色にアディルは平然と答える。


「これは殺し合い……しかも圧倒的に劣勢な状況だ。この状況で俺達に手段を選んでいる余裕があるとでも?」

「……いや、ないな」

「だろう? 手段を選んでられるような贅沢は今後にとっておこうぜ」

「そうだな」


 アディルの言葉にシュレイは苦笑しながら答える。アディルの言っている事は自分達が生き残るためには基本中の基本だ。手段を選ぶことが出来るなどという贅沢を楽しめる余裕は現在のアディル達にはないのだ。


 パラ……パラ……


 再び小石が落ちてきたのと同時に洞窟の上からゴブリン達が飛び降りてきた。

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