黒幕⑧
洞窟に辿り着いたアディル達はとりあえず中を伺うことにする。もちろん、いきなり直接入っていくような事はせずにエリスが式神を放ち中を確認する事になった。
送り込んだ式神の数は鎧武者三体である。とりあえずこの三体を斃せるような相手ならば警戒に値するという判断からである。エリスは一応念の為に鎧武者を四体ほど作成すると中に送り込んだ鎧武者からもたらされる情報を得て動くことになる。
「……大丈夫よ。洞窟の入り口付近には誰もいないわ」
エリスの言葉に全員が頷くとそのまま洞窟の中に入る。洞窟の中は思った以上に整備されており人工物であるのは確実であった。
「人工物……とりあえずこれで依頼自体は達成ね」
ヴェルの言葉に全員が頷く。元々村長のエイクに擬態していた
依頼主である
「待って、とりあえずここなら対処しやすいからここでアディルの治療を行うわね」
エリスの言葉に全員が頷く。短時間で完治は難しいだろうがそれでも現在の状況よりはマシである事は間違いない。いつゴブリン達に襲われるかわからない状況よりもかなり襲撃の方向性が限定される洞窟の中で治療を行った方が安全という考えであった。
「ちょっと恥ずかしいけど仕方ないわよね」
エリスはそう言うと座り込んだアディルの背後から抱きしめた。しばらくしてエリスの全身から優しい光が発せられる。
「え、エリス!?」
背後から抱きつかれたアディルは戸惑いの声を上げた。アディルとすればいつものように手をかざされ治癒されると思っていたのだ。当然他の仲間達もそう思っていたので抗議の声をエリスに発した。
「何やってるのよエリス!!」
「そんなうらやま……じゃないわ。どうして抱きつくのよ!!」
「ちょっといつものようにやりなさいよ!!」
ヴェル達の抗議にエリスはしてやったりという表情を浮かべると言い放った。
「アディルのケガが局所的なものであればそうするけど、今回は全身だもん。こっちの方が回復が早いのは間違いないのよ」
「「「くっ……」」」
エリスの言葉にヴェル達は悔しそうな表情を浮かべる。“治療行為です”と断定されてしまえばヴェル達にはそれを否定する事は出来ない。ヴェル、エスティル、アリスの三人も簡単な治癒魔術を使用することはできるのだが、エリスほど本格的なものではない。専門家のエリスの言葉を論破する事は出来ないのだ。
「アディルも恥ずかしいだろうけど我慢してね♪ ここは敵地よ一刻も早い回復のために私はやってるんだからね♪」
ここでエリスはアディルに妙に弾んだ声で言う。ヴェル達の反論を封じ込めた今、アディルの了承を取ってしまえば合法的にアディルに抱きつくことが出来ると言う中々強かな駆け引きであった。
エリスは基本TPOを弁えるのだが、チャンスを見す見す逃すような事は絶対しないのだ。
「あ、ああわかった」
アディルは緊張しながらエリスに返答する。実際にエリスの治癒を受け始めて全身の痛みが和らぎ始めたのは事実であったのだ。みんなに見られている中で抱きつかれるのはかなり恥ずかしいのだがそれさえ耐えればすばらしい治癒魔術である事は間違いない。
「なによアディルったら鼻の下伸ばしちゃって」
「何か面白くないわね」
「私も本格的に治癒魔術を修行しようかしら」
三人のアディルに注がれる視線が数度下がったのをアディルは感じるが下手に反論すると傷口を広げるという結果になりかねないために黙っておくことにした。
(これは治癒!! これは治癒!! これは治癒!! これは治癒!! これは治癒!!)
アディルは背後から感じられるエリスの柔らかい感触に対して少年らしい反応を示さないように必死に自分にこれは治癒行為であると言い聞かせている。
「なんか変な奴等だな……」
ボソリとシュレイが呟く。アディルを巡る乙女達の駆け引きを見てシュレイは大凡の事情を察してはいるが、今までのアディル達の言動や超人的な戦闘力から完全無欠なイメージを持っていたのだがこの光景を見ると完全無欠ではなく年相応の少年少女であるようにしか見えない。
「何よシュレイ?」
アリスがシュレイの言葉を聞き反応する。その声には“心外”だという感情が含まれているが出会った頃のような“嫌悪感”は感情は含まれていないようにシュレイには感じた。
「そうよ。変な奴ってどういう意味よ」
そこにヴェルもシュレイに抗議を行う。ヴェルは今までのレムリス家での扱いから関係者に対して好意的ではないのだが、アリス同様に声に嫌悪感が含まれていない。
「いや、何でもない。さ~て、外の様子を確認してくるか」
ややわざとらしくシュレイは言うと洞窟の外側を見に行った。露骨な逃亡といっても良いだろう。
それからアディルは心の中で平静を装う戦いを繰り広げ、ヴェル達の冷たい視線に耐える事になったのであった。
そしてその戦いは入り口を見ていたシュレイの言葉によって終わりを告げた。
「ゴブリン達が来たぞ!!」
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