黒幕⑦
「準備は出来たと言うわけか?」
メイノスがアディルに言うとアディルはニヤリと嗤い返答する。
「まぁな。みんなのおかげでゆっくりと準備をする事が出来たよ」
アディルはゆっくりと間合いを詰めながら歩く。その声には自分が勝つという絶対の自信、いや確信があった。それがメイノスには気に入らない。アディルから放たれる魔力、威圧感は先程までとほとんど変わっていない。むしろ放たれる雰囲気は緩くなっている感じがする。
つ……
その時、メイノスの頬を一筋の汗が流れる。
(……汗?)
メイノスは自分の変化に動揺する。今までどのような強者と戦ってもこのように冷や汗をかいた事などないのにアディルに対して冷や汗をかいたのだ。
「どうした?」
アディルがメイノスに対して落ち着いた声で言う。その言葉にメイノスは返答することが出来ない。言葉を発すると声が上ずり内心の動揺がアディルに知れてしまう事を恐れたのだ。
「今更隠さなくてもお前が俺に対して恐怖を感じているのはわかっているさ」
アディルの言葉にメイノスの眉が急角度に跳ね上がった。アディルの言葉は完全に図星であった。痛いところを突かれた時それを誤魔化すために怒りの感情を表すのは別に人間に限ったことでは無い。
「巫山戯るな!! この私が人間如きに恐怖を感じる事などあり得ぬ!!」
メイノスの怒りの言葉にもアディルは涼しい顔を浮かべている。その涼しい顔はさらにメイノスに屈辱を与える。
「……そうか」
アディルはそう言うと動く。その動きは明らかに先程までのアディルのものではない。アディルは一瞬でメイノスの背後に回り込むとメイノスの背中へ斬撃を放った。
「が……」
メイノスはアディルの姿を捉える事は出来ずに背中を斬り裂かれた。
「くそ!!」
メイノスは振り返りつつそのままアディルに斬撃を放つ。だがアディルの体をメイノスの剣はすり抜けてしまう。メイノスが剣を振るった先にはすでにアディルはいなかったのだ。
「な……」
メイノスはその事に戸惑いの表情を見せる。アディルの動きをとらえる事が出来ない事に驚愕したのだ。
アディルは
メイノスの上半身が斬り口に従ってずれ落ちると地面に落ちる。地面に落ちたメイノスの体はしばらくして砂のようにボロボロと崩れてしまう。まるで生命力が完全に抜け落ちたような状況であり流石にアディル達もこの結果には驚きの表情を浮かべた。
「こいつ……何なの?」
エリスはやや呆然としながら言う。さすがに死ぬと砂になる生物など聞いた事がないのだ。
「わからない。頭部に生えた角……部下達を吸収した途端にとんでもない強さになり、死ぬと砂になる生物……」
エリスは手を顎にやり考え込む仕草を見せている。今回の件は異常さが集約されている。
「その辺の事は国かギルドの方に報告するしかないわね」
ヴェルがエリスに言うとエリスも頷く。確かにこの状況で悩んだところで答えが出るはずもないのだ。それよりも対応策を検討するのが遥かに重要であり、それは国やギルドが行うべき事だ。
「確かにそうね。それにしてもアディルの切り札ってすごいわね。動きが桁違いだったわ」
エリスがアディルに言うと話がアディルが先程見せた超人的な強さの方に移る。
「ええ、こんなに強くなれるなら最初から……え?」
ヴェルがアディルに言葉をかけようとした時にアディルが片膝をついたのだ。その表情には疲労だけでなく明らかに苦痛が含まれている。この表情を見てヴェル達四人はすかさずアディルの元に駆け寄った。
「ちょっとアディル、大丈夫?」
「アディル……」
「ひょっとして、奥の手の“反動”?」
「もしそうなら使い勝手が難しいわね」
仲間達の心配の声にアディルは力なく笑いながら返答する。
「ああ……効果が切れれば反動でほとんど動けなくなる……この奥の手の欠点だ」
アディルの言葉に全員が納得の表情を浮かべる。試合ならともかく実際の戦いにおいて全力を出すというのは危険極まりない行為だ。なぜなら実際の戦いでは一対一である保証などどこにもない。効果が切れた瞬間に襲われてしまえばひとたまりもないのだ。
「でも、奥の手は欠陥を治せば切り札になるわよ」
アリスがアディルに告げるとアディルは頷く。
「その通りだ。少しずつ完成に近づけていくつもりだ。今までは空いた時間を使って練習していたが完成を急がないとな」
アディルの言葉には力が含まれているがそれでも弱った印象はぬぐえない。このような状況では先のゴブリン達がこちらに発見されれば厳しい状況になるのは間違いない。
「みんなここを移動しましょう。どうやらゴブリン達がこっちに向かってきてるみたいよ。アディルは辛いだろうから肩を貸すわ」
ヴェルがそう言うとアディルの肩を持ち、その反対側をエリスが持つ。
「つ……ありがとう……助かる」
「いいのよ」
「そうそう、私もアディルには助けてもらってるからね」
アディルの言葉にヴェルとエリスは即座に返答する。エスティルとアリスは少しばかり二人に羨ましそうな視線を向けていたが非常事態である以上、困らせるような事は言わない。
エスティルとアリスの実力ならアディルに肩を貸して戦闘力を半減させるのは大きな損失である事をわかっていたのだ。
シュレイが砂となったメイノスと斬り裂かれた鎧を自分の
アディル達はシュレイが収納するのを見てから移動を開始する。
「でもここまでアディルが弱るなんて……一体何をしたの?」
移動しながらヴェルがアディルに尋ねるとアディルは返答する。
「ヴェルは俺の封印術が“龍脈系”と言ったのを覚えているか?」
「うん。大地を流れる気の流れって言ってたわね」
「ああ、さっき俺はカタナを地面に刺していただろう。あれで龍脈の流れをいじったんだ」
「え?」
アディルの返答にヴェルは驚きの声を上げる。龍脈というものが正確にどんなものかは理解していないが大地の気の流れという言葉から危険な事であると考えたのだ。
「それって危険じゃないの?」
「イメージ的には用水路を引いたと思ってくれれば良い。川から水を引っ張ってくる時に用水路を掘るとするだろ……でも本流が変わるわけじゃない。それと同じで龍脈の本流に流れる気の流れは変わらない」
「そうなの……じゃあ、アディルはその龍脈からの気を受け取った事でパワーアップしたのね」
ヴェルの言葉にアリスが周囲を警戒しながら尋ねる。
「でもそれじゃあアディルがここまで弱るのはおかしいわ。アディルは疲労困憊というよりも満身創痍と言った方が正しいという状況よ」
アリスの言う通りアディルは相当な体の痛みがある事をヴェル達も察していた。
「なんだ……バレてたのか……」
「当然よ。私はちゃんとアディルの事を見てるんだからね」
「俺の事をちゃんと見てる……か」
アディルの言葉にアリスが即座に顔を赤くする。自分の言葉がかなり恥ずかしいものである事にアリスが気付いたのだ。
「ご、誤解しないでね。仲間の変化を見ているのは当然の事じゃない!!」
アリスはワタワタとしながら言う。どう考えても照れ隠しである事は否めないのだが、そこをからかうとアリスがむくれてしまう可能性が高いので全員はそこに触れない事にした。
「まぁそうだな。とりあえず先に進めるな。アリスの言う通り龍脈から気を引っ張って来るのは単なる準備段階だ。そこからリミッターを外すために引っ張ってきた気を使う」
「「「「リミッター?」」」」
アディルの言うリミッターという言葉にヴェル達は鸚鵡返しに尋ねる。
「ああ、生物は本来持っている力の二、三割しか使えてない。十割の力を発揮したら子どもでも岩を素手で砕くことも出来る」
アディルの言葉にヴェル達は黙って聞き入る。
「だがそんな事をすれば体が耐えられない。だからそうできないようにリミッターがもうけられているんだ。それは脳であったり、気の流れである
「それじゃあ……アディルは龍脈から気を持ってきて……無理矢理リミッターを外したって事?」
エスティルの言葉にアディルは頷く。
「そういう事だ。無理矢理リミッターを龍脈の気によって外した後は体内にある龍脈の気と俺の気が合わさり超人的な身体能力を得たというわけさ」
アディルの説明に全員が納得の表情を浮かべた。アディルの言葉では無理矢理リミッターを外すことで十割の力を得て、その後の龍脈の気と合わせる事でそれ以上の力を得るという事だ。
「良くわかったわ。思っていた以上に恐ろしい切り札ね」
「うん、そんなことが出来るなら。お父さんにも勝てるんじゃないかしら」
「あ、それ私も思った」
「私も」
ヴェル達はそう話し始める。先程のアディルの超人的な動きを見てしまえばそう考えるのも当然である。ところがアディルは静かに首を横に振る。
「まさか……アディルのお父さんは……それ以上なの?」
エリスの言葉にアディルは頷くと口を開く。
「ああ、親父殿は
「「「「え?」」」」
アディルの言葉にヴェル達は呆けた返答しか発する事は出来なかった。
「わかるか?さっきの切り札を
アディルの声には父の強さを誇るような響きが含まれている。
「当然だが……親父殿も竜帝宝華が使える……」
アディルがそう言うとヴェル達は沈黙する。アディルの父アドスが竜帝宝華を使用した時にはもはやその強さは想像できないレベルだ。そのような相手にアディルは後二年半ほどで挑まなければならないのだ。そう思うとやや同情的な感情がわき上がるというものであった。
「アディルも大変ね……」
アリスの言葉にアディルは小さく頷いた。
「まぁな……でもそれだからこそやりがいがあるというものだ」
アディルの言葉には確かな決意があるのだが厳しい道であるのは確実であり四人の仲間達は互いに視線を交わし合った。
それからしばらくしてメイノス達を退けたアディル達はレシュパール山にある調査対象の洞窟に辿り着いたのであった。
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