黒幕⑥

 メイノスに斬りかかったアリスは竜剣ヴェルレムに魔力を通して強化するとメイノスの顔面に二段突きを放った。

 メイノスはアリスの二段突きを危なげなく躱す事に成功すると反撃に出る。メイノスの斬撃はアリスの胴を狙って放たれるがアリスはそれを跳躍して躱すとメイノスに向かってヴェルレムを振り下ろした。


 メイノスはアリスの斬撃を後ろに跳んで躱し即座に反撃に出ようとしたが、そこにエスティルが割って入るとそのままメイノスに斬りかかった。


「はぁ!!」


 エスティルはメイノスの膝に向かって斬撃を放つがメイノスはそれを剣で受け流した。メイノスは反撃し即座にエスティルとの間に無数の火花を散らせる。


「てぇい!!」


 そこにアリスも参戦すると三者の間に散る火花が一気に倍以上に跳ね上がった。


(ふ……やる……だが、それほど激しい攻撃ではない。どうやらこの二人は時間を稼ぐのが目的と言うことか……)


 メイノスはエスティルとアリスがそれほど踏み込んでこないことに対して時間を稼ぐつもりである事を察する。


(この二人は私を斬ることではなく、あいつが条件を整えるまでの時間を稼ぐ事……それをうまく活用すればこの二人を短時間で斬ることも可能という事だな)


 メイノスはそう決断すると二人の気の緩みを待つことにする。エスティルとアリスを斬れば後ろに控えるヴェルとエリスは純粋な近接戦闘員でないことがわかっているため一瞬で斬り伏せアディルの条件を阻止することが出来ると思っているのだ。

 だが、この段階でメイノスはエスティルとアリスの術中に嵌まっている事に気付いていない。エスティルとエリスは確かに時間を稼ぐつもりであったが状況次第によっては一気に勝負を決するつもり……つまりメイノスを“斬る”つもりだったのだ。


 エスティルとアリスが斬撃で踏み込まないのはメイノスの思考をミスリードさせるためである。メイノスはエスティルとアリスが踏み込まないのはアディルが条件を整えるための時間稼ぎと思わせるためである。本来であればメイノスはこの程度の意図は看破したことだろう。だが、アディルの言う“条件”が気になっていた事が思考を縛っていたのだ。


 エスティル、アリス、メイノスが斬撃が入り乱れる中にシュレイも入っていく。


「ほう……」


 メイノスは一瞬だけ目を細めるとシュレイの斬撃を躱した。躱した方向にはすでにアリスが待ち構えておりメイノスはシュレイに斬撃を返す事が出来ない。


(ち……一対二ならばまだしも三人は面倒だな)


 エスティル、アリス、シュレイの三人が絶え間なく攻撃を繰り出しているためにメイノスと言えども余裕は一切無くなった。

 メイノスがちらりとアディルに視線を移すとアディルの横にはヴェルとエリスが陣取っている。アディルは天尽あまつきを地面に刺して何やら集中しているのが見えた。


(あれが準備か……何をしている?)


 メイノスはアディルの行動に何かしら不安を覚える。戦いにおいて相手が何をしているか、何をするかがわからないというのは好ましい状態では無い。増して対応をしようとしても三人を同時に相手取っている以上その余裕はないのだ。


「随分と余裕ね……」


 エスティルがアディルに意識を向けるメイノスに対してやや呆れた様に言うと左手から魔力で形成した棍を突き込む。高速で伸びる棍をメイノスは咄嗟に躱すと横に跳ぶ。コンの先にはアリスがいるため同士討ちを狙ったのだ。

 またメイノスが飛んだ先にはシュレイが待ち構えているがメイノスにしてみればシュレイの実力はアディル達に比べて一枚、いや二枚落ちるという評価であるため構わず向かうとそのまま斬撃を繰り出した。

 

 キィィイン!!


 シュレイはメイノスの斬撃を剣で受けるが斬撃の威力により吹き飛ばされてしまう。


(とどめを刺すか……)


 吹き飛ばされたシュレイが片膝をついたのを確認したメイノスは追撃を行おうとした。


「ぐ……」


 その瞬間にメイノスの背後に強い衝撃が走った。衝撃を与えた正体を確認するためにメイノスが振り返るとエスティルの形成した棍を左手で受け止めたアリスがヴェルレムの鋒をメイノスに向けている姿が目に入る。


 メイノスはアリスの鋒にも意識を向けるがそれよりも籠手であるヴィグレムの方に意識がより向いていた。


(あの棍の威力は相当なものであったはずだが易々と受け止めるとは……)


 メイノスはアリスがあっさりとエスティルの棍を受け止めている事に驚愕していた。しかし、実の所、アリスはエスティルの混を受け止めているわけではなかった。ヴィグレムによりエスティルの形成した魔力の棍を吸収していたのだ。


「つぇい!!」


 アリスが鋒から魔力の塊を放つ。放たれた魔力の塊をメイノスはあっさりと躱すがアリスは魔力弾を連射する。メイノスは躱しながら防御陣を形成すると魔力弾が防御陣によってはじき返されていく。


(これほどの魔力を凝縮した弾を連射し続ける事は不可能だ。ならば……このまま防御陣で凌ぐしかない)


 メイノスはそう判断すると防御陣に魔力を供給し耐える事を選択した。


 ガガガガガガガガガガガガガガッガがガッがガガが!!


 しかしメイノスの予想に反してアリスの連射が止むことはなかった。その理由はエスティルの魔力をヴィグレムにより吸収しそれを竜剣ヴェルレムから放っているからである。


 ビシィ……


 ついにメイノスの防御陣が限界を向かえヒビが入り始める。


(ち……躱して再び斬り合うとするか……何?)


 メイノスが間合いを詰め再び斬り合いに持ち込もうとして時にアリスが放っている魔力弾の連射がピタリと止んだ。思わぬ展開にメイノスは訝しがるとエスティルがアリスに声をかけている。


「そろそろ良いみたいね」


 エスティルがそう言うとアリスも頷く。


「そうね」


 アリスはエスティルの言葉に頷くとアディルに視線を移すと先程まで天尽あまつきを地面に刺していたアディルが天尽あまつきを抜いたのが目に入った。


「みんなありがとう。準備は終わった」


 アディルがそう言うとエスティル、アリスは互いに頷くとアリスがニッコリと笑ってアディルに言う。


「それじゃあ、アディルの奥の手を見せてもらいましょうか」


 アリスの言葉にアディルは顔を綻ばせて返答する。エスティルも同様である。エスティルもアリスもあわよくばメイノスを斃す事も辞さないつもりであったが、アディルが準備を整えるまでという前提があったため、メイノスとの戦闘をうち切る事にしたのだ。

 結局の所、エスティルもアリスもアディルの切り札を見たいと思っての行動であった。別の言い方をすればアディルの格好良いところを見たかったのである。そしてそれはヴェルもエリスも同様であった。


「ああ、期待を裏切る事はないから安心して見ていてくれ」


 アディルはそう言うとメイノスに向け一歩を踏み出した。

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