黒幕⑤

 部下の騎士達の粒子を吸収したメイノスの額から二本の角が生えてくる。


「お前……その姿は……」


 アディルの言葉にメイノスはニヤリと嗤いながら返答する。


「ああ、この姿を見ればわかるだろうが私は人間ではない」

「……魔族?いや、違うな」

「ああ、魔族などと言う低俗な連中と一緒にしないで欲しいな」


 メイノスは含み笑いをしながら一歩進み出る。アディルはメイノスの言葉にピクリと反応するとおもむろに口を開く。


「いや、別に魔族が低俗かどうかなんて誰にもわからないだろう。お前は魔族の数がどれだけいるか把握しているのか? そして一人一人にコンタクトをとって低俗かどうか確認した上での発言なんだな?」


 アディルはそこまで言うと振り向きエスティルを見て言う。


「エスティル、お前はこいつと会って低俗かどうか調査された事はあるか?」

「あるわけないでしょう。初対面よ」


 アディルはエスティルの返答を聞くとすぐさま振り返りメイノスに向けて勝ち誇ったように言う。


「おいおい、エスティルはお前とは何の調査も受けていないと言う話だぞ。と言うことはお前の魔族が低俗云々は何の根拠もないお前の思い込みという事だな。よくそんな思い込みを絶対の真理のように話せるものだな。思い込みで決めつけるのは恥ずかしい事だと言うことをいい年なんだから学べよ」


 ここでアディルはわざとらしくため息をつく。だがアディルの言葉にメイノスは怒り出す事はしない。余裕の表情でアディルを見ている。


(う~む……あからさますぎたか……他者を見下すようなやつならプライドが高いと思っていたが違うな)


 アディルは口撃を行う事でメイノスを挑発しようとしたのだが不発に終わった形である。


「ふむ……お前は本当に面白い。お前にとって口も戦いの手段だというのだな。普通は戦いと言えば膂力、速度、技の連携などにばかり注目するのだがお前は違う」


 メイノスの声には感歎の感情が含まれているのがアディルにもわかった。


「それ故に惜しいな」

「……?」


 メイノスの言葉に本気で惜しいという感情が含まれ始める。


「もう少し時間が経てばさらに強くなっただろうに……ここで死ぬ事になろうとはな」


 メイノスは言い終わると同時に動く。ドン!!と効果音がついたかのような圧倒的な加速である。間合いに飛び込んだメイノスはアディルに斬撃を放った。アディルの頭頂部に放たれたその斬撃は何の工夫もない斬撃であったが、速度が常識外れであった。


 キィィィィィン!!


 アディルはメイノスの斬撃を受け止める。


(な……なんだこの重さは……)


 アディルは速度のみでなく威力も凄まじいものになったメイノスの斬撃に面食らう。先程のメイノスとは明らかに別ものであった。


「ふ……どうした?」


 メイノスは即座に胴薙の斬撃を放った。アディルはその斬撃を受け止める。


「え……?」


 メイノスの斬撃を受け止めたアディルの体が堪えることが出来ずに吹き飛ばされる。三メートルほどの距離を飛んで着地する。


(こいつ……騎士達の力を取り込んで一気に強くなった。問題はこれが一時的なものなのか永続的なものなのかが判断付かない事だな)


 アディルはメイノスの急激なパワーアップを冷静に観察している。アディルの強さの一端はいかに劣勢に立たされようとも相手の弱点を探る冷静な観察眼にある。


 メイノスは再び一足飛びにアディルとの間合いを詰めると斬撃を放つ。アディルは右袈裟斬りを半身になって躱すと同時にそのまま開店して斬撃を放った。

 完璧なタイミングで放たれたカウンターの斬撃であったがメイノスはアディル同様に半身になってアディルの斬撃を躱し、回転してアディルの腹部に横薙ぎの斬撃を放った。


 キィィィン!!


 アディルは横薙ぎの斬撃を天尽あまつきで受け止めるが先程同様に吹き飛ばされる。先程と同じ展開であったがメイノスは今度は意外そうな表情を浮かべて追撃を行わない。


「なるほど……堪えきれないなら最初から堪えない……実に合理的だ。あわよくば誘い込んで反撃か」


 メイノスは感心したように言う。しかし、次に皮肉気な表情を浮かべるとアディルに続ける。


「それとも堪えるつもりだったのに吹き飛ばされて強がりブラフで乗り切ったのかな?」


 メイノスの言葉にアディルはニヤリと笑う。本来笑う場面ではないのだがメイノスの強さに自然と笑みがこぼれてしまうのだ。


「どっちでも関係ないだろう?」


 アディルはそう言うと今度は自分から動いた。胴切りからそのまま逆袈裟斬りへと変化させ、次に首を薙ぐ。

 一呼吸で三回の斬撃を放ったアディルの技量は申し分ないだろう。実際に並の使い手であれば気付く間もなく勝負は決していた事だろう。だが、メイノスは並の使い手に当てはまらない。一瞬三斬のアディルの連斬をメイノスはあっさりと躱すと反撃に転じる。

 首への斬撃を躱した瞬間にアディルの間合いに踏み込むとアディルの喉元へ突きを放った。その直後メイノスは剣を横に払った。


 次の斬撃の予備動作と思ったアディルはそちらの方に視線が動いた。その瞬間、メイノスの左拳がアディルの顔面に放たれる。アディルはその左拳を咄嗟に手でガードするが、その凄まじい威力に吹き飛ばされた。


「つぅ……」


 アディルの口から苦痛の声が発せられる。咄嗟に防いだと言ってもメイノスの拳の威力のすべてを防ぐことは出来なかったのだ。


「決まりだな……お前は私に及ばない」

「そのようだな……」


 アディルはメイノスの言葉に否定する事無くあっさりと認める。もちろん本心からの言葉では無く時間を稼ぐための方便であった。


「ふ……あっさりと認める所にお前の意図が現れているぞ……お前は何かしら時間を稼いでこの状況を変えたいのだろう?」


 メイノスの言葉にアディルは沈黙する。


「さて、見たい気もするがお前はやっかいだ。このまま押し切った方が良いだろうな」


 メイノスはそう言うと前傾姿勢をとった。


(決めるつもりか……)


 アディルは天尽あまつきを構える。そこにシュレイが進み出できた。


「ここは俺がやるから、お前達はここから撤退しろ」


 シュレイの言葉にアディルはため息をつくと口を開く。その声には呆れの感情が多分に含まれているが感心したという感情も含まれている。


「何を勘違いしている。俺がなぜ時間を稼ごうとしているのかまったくお前は理解していないな」

「なんだと?」


 アディルの言葉にシュレイは怪訝な表情を浮かべた。アディルとメイノスの戦いは一見拮抗しているようにも見えるが、実際はそうではない。アディルは全力で戦っているのに対してメイノスはまだまだ余力があるのだ。


「確かに時間を稼ぐつもりで話を延ばそうとしたのは事実だが、それは逃亡のためじゃない」

「しかし、俺の見た所あいつはお前よりも強い……全員でかかっても討ち取れるかわからんぞ」

「それは違うな。俺は条件が揃えばこいつに勝てる」


 アディルの勝利宣言にシュレイは驚きの表情を浮かべる。


(ハッタリか? いや……こいつならひょっとしたら……)


 シュレイはアディルの言葉に単なるハッタリでは無いものを感じた。そこにエスティルアリスも進み出る。


「それじゃあ。アディルがその条件を整えるまで私達が時間を稼ぐとしましょうか」

「そうね。仲間は助け合うものよね♪」


 エスティルとアリスの言葉にアディルは笑う。


「そうだな。俺が一人でやると言っていたがお願いできるか?」

「もちろんよ」

「まかせて♪」


 エスティルとアリスがそう言うとそれぞれ武器を構える。メイノスはそれを見てニヤリと嗤う。もちろんエスティルとアリスの実力の高さは先程、配下の者を斬った事で理解している。


「魔族と竜族……相手にとって不足無し」


 メイノスは鋒を二人に向ける。


「それじゃあ、アディルはその条件を整えてちょうだい。ヴェルとエリスはその間アディルを守ってね」

「まかせて」

「了解」


 エスティルの言葉にヴェルとエリスも即答する。エスティルはそれを聞くと一歩進み出る。そしてシュレイをチラリと見ると言った。


「それじゃああなたも一緒に戦ってもらうわよ」

「え?」

「あなたは一人で戦おうとした。私達と一緒に戦っても大丈夫でしょ」


 エスティルの言葉にシュレイは戸惑いの表情を見せる。それに対してアリスもシュレイに笑いかける。


「足引っ張らないでね」

「あ、あぁ」


 アリスの言葉と笑顔にシュレイは戸惑いながらも返答する。


「アディル、どれぐらい時間を稼げば良いの?」

「五分だな」

「了解……まかせて」


 アリスは言い終わると同時にメイノスに斬りかかった。


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