黒幕④

 メイノスは血に濡れた長剣を一振りして血を払い落とすとニヤリと嗤う。


「ふ……こいつらはお前達に到底及ばぬな」


 メイノスの言葉にアディル達は沈黙で返す。アディル達はメイノスが灰色の猟犬グレイハウンドを斬り伏せるまでのわずかの時間に陣形を整えていた。アディルの両隣にエスティルとアリスが立ち、その後ろにヴェルがエリスを庇うという形である。

 シュレイは同僚の騎士達が為す総べなく破れた事に対して取り乱したりするような事はしない。先程同僚が斬られた時に取り乱すことなくメイノスに対して構えを見せた事がメイノスがシュレイに襲いかからなかった理由である。メイノスは動揺した者をまず片付けようとした以上、動揺を見せないシュレイを後回しにするのはさほど不思議な事ではない。

 剣を構えメイノスの一挙手一投足に細心の注意を払う。同僚と灰色の猟犬グレイハウンドをあっさりと斬り伏せたメイノスの剣技に対して警戒するのは当然であった。


「その辺の事は俺も異論はないがな……。お前の戦い方は俺達と似ているな」


 アディルの言葉にメイノスは嗤う。その嗤いには自信が満ちあふれていた。どうやらメイノスはアディル達を一人で相手して勝利する自信があるつもりらしい。


「こいつは俺がやる。みんなは互いにフォローしてくれ」


 アディルの言葉にヴェル達は戸惑いの声を上げる。もちろんアディルの実力は知っているし信頼もしている。だが灰色の猟犬グレイハウンド、騎士達を斬り伏せたメイノスの実力は高い。ヴェル達とすれば何も一対一で戦う必要はないという思いだったのだ。


「ちょっと待ってよ。こいつ相手に一人なんて……」


 ヴェルが心配そうな声で反対意見を言う。


「いや、ここは一対一で行った方が良い。全員で戦った場合は近接戦闘の苦手なエリスが狙われる可能性が高い。そうならないためにもここは俺に任せて欲しい」


 アディルの言葉にヴェル達は視線を交わす。アディルの言う通り、数で劣るメイノスは戦闘力の低い者から狙いをつけるのは当然である。それを避けるためにはアディルの案が確実であるのは間違いない。その事に思い至ったヴェル達はしばらくして頷き合うとヴェルがアディルに言う。


「わかったわ。でもアディルがやられそうになったら私達も助太刀するからね」


 ヴェルの言葉にアディルは笑う。


「ああ、その時は遠慮無く参戦してくれ」


 アディルがそう言うと全員が頷いた。


「もういいか?」


 そこにメイノスが皮肉気な表情を浮かべながらアディルに言う。その声を受けてアディルもニヤリと嗤う。仲間達に向ける笑顔とはまったく異質のものだ。


「わざわざ待っていてくれるなんて優しいな。余裕のつもりか?」

「何を言う。こうみえても私は紳士なのだよ。最後の会話を邪魔するほど野暮じゃない。それにお前達は隙があるように見せていたが実際は私の動きから意識を全く逸らしていない」


 メイノスは肩をすくめながら言うとアディルは苦笑を浮かべる。メイノスの言った通りもしメイノスが話の途中で斬りかかってくればアディル達は即座に対応し全員で戦うつもりだったのだ。


「そうか……お前は強いからな。罠に嵌めようとしたんだがかからなかったか……」

「まぁ、このままお前との駆け引きを楽しみたいところではあるが……やはり剣によって駆け引きを行いたいものだな」

「奇遇だな。それでは一騎打ちと行こうじゃないか」

「おう」


 アディルの提案にメイノスは端的に賛同する。アディルとメイノスは互いに視線を交わすとそれぞれ剣を構える。


(さて……大見得を切って一騎打ちをする事になったが、構えには一分の隙もないな)


 アディルはメイノスの構えを見て相手の強さを再確認する。


(ふ……やはりこいつは出来る。どうやったらこの年齢でここまでの強さを得ることが出来るのだ?)


 一方でメイノスの方もアディルの構えを見て一分の隙も見られない構えを見て感歎していた。


(隙がない以上作らないといけないな……)


 アディルはそう考えると予備動作を一切無くしメイノスの間合いに果敢にも踏み込んだ。


 シュンンンン!!


 空気を斬り裂きアディルの突きがメイノスを襲う。気配を極限まで殺したアディルの突きであったがメイノスは躱す事に成功する。アディルの突きを躱したメイノスはアディルの手首を斬り落とそうと剣を振るおうとした。だが、次の瞬間アディルは天尽あまつきを横に薙ぎ、メイノスの首を狙う。


「く……」


 アディルの斬撃をメイノスは後ろに跳ぶことで躱すが完全に避けることは出来なかったようで首筋に薄皮一枚分の傷口がついている。


(速度もさることながらこいつの攻撃は気配が極限まで殺されているから余計に速く感じる)


 メイノスはアディルの実力を高く評価しているつもりであったがここでさらに上向きに修正する必要性にかられた。


(後手に回れば一気に押し切られるかも知れんな……)


 メイノスはそう判断すると今度は自分から動いた。メイノスは動くと同時に左の各指に炎を纏うと同時に火球五発を放った。五指共火フィンガーフレイム……メイノスの放った技の名である。この技の利点は一気に五発の火球を放つ事で一発一発は大した威力でなくてもそれなりの威力となる事である。


水剋火すいこくか!! 水気を持って火気を剋す!!」


 アディルはそう言うと左腕に水気すいきを纏うとメイノスの五指共火フィンガーフレイムを弾くと水気によって五発の火球は相殺され火球は跡形もなく消滅する。


「な……」


 メイノスは予想を超えた事態に流石に面食らった。防御陣などを張り耐える、躱すと言う対処はメイノスは何度も経験したが、アディルの行った事は自分の経験則を上回ったものであったのだ。そしてその動揺をアディルは見逃さない。先程同様に気配を極限まで殺して踏み込むと斬撃を放つ。放たれた斬撃はメイノスの左肩から入る袈裟斬りであった。


 キィィィン!!


 メイノスはアディルの袈裟斬りを何とか受け止める事に成功するが先程よりも動揺した分だけ反応が遅れたため角度が押されるような形になった。


「甘いな……!!」


 アディルはその膂力を込め一気にメイノスに天尽あまつきを押し込んだ。剣の角度が押し込まれた事でメイノスは力が上手く発揮できずに押し込まれていき天尽あまつきがメイノスの肩口にまで到達する。


「舐めるなぁぁぁぁ!!」


 そのまま押し切るように思われたがメイノスは半歩だけ後ろに下がることで何とか拮抗する形に持ち込むとそのまま膂力によってアディルの刀を弾き飛ばした。

 いや、弾き飛ばしたのではない。正確に言えばアディルは鍔迫り合いになった瞬間に剣を引いたのだ。


「く……」


 アディルが自ら剣を引いたことでメイノスは体勢が僅かに乱れた。そしてそれはアディルに手玉に取られた事を意味する。その事を誰よりもメイノス自身が気付いていた。アディルはそのまま膝を抜く事で沈み込むとそのままがら空きのメイノスの胴を薙いだ。


 ギキィィィン!!


 アディルは天尽あまつきに気を通して強化している。メイノスの鎧は相当な名品なのだろうが、アディルの業と気を通し強化された天尽あまつきの合わさった斬撃を防ぐことは出来ずに斬り裂かれた。メイノスの脇腹から血が流れ出し地面に赤い染みをつくる。


 腹部を斬り裂かれたメイノスは片膝をついた。アディルが勝負を決しようとして踏み出そうとした時にメイノスの口から思わぬ言葉が発せられたのだ。


「ふふふ……はははは……はぁはっははははっは!!」


 それは可笑しそうな高笑いである。片膝をついたメイノスは突然高笑いを始めたのだ。追撃を行おうとしたアディルはメイノスの高笑いに追撃を止めると距離をとる。この状況で用に近付くのは危険と判断したのだ。距離をとったアディルを見てメイノスは立ち上がると可笑しそうにアディルに言葉をかける。


「まさか人間如きがここまでやるとはな。一体お前は何者だ? 私の五指共火フィンガーフレイムを消し去った術といい。私と互角以上に戦える剣技といい不思議だ」


 メイノスの感歎の言葉にアディルは訝しがる。メイノスの態度は敗者のそれではない。確かに追撃を行わなかった以上、勝負が決したとはアディルは露ほども思ってはいない。だが、それでもここまで余裕のある態度は訝しがるには十分な理由である。


「お前にはまだこの状況をひっくり返す手段があるという事か?」


 アディルの言葉にメイノスはニヤリと嗤い頷いた。


「もちろんだ。むしろこれからが本番であると言っても過言ではない」

「ならさっさと本番を始めようじゃないか」

「そうだな」


 メイノスはそう言うと左手を天に掲げる。するとアディル達が先程斬り伏せた騎士達の死体が光の粒子になるとメイノスに吸収されていく。


「さて、これからが本番だ」


 メイノスのやけに自信に満ちた声が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る