黒幕③

 メイノスの言葉にアディル達は立ち上がるとそのままメイノス達の前に立った。


「十二名か……報告では十四……代用品ガーベルンは七十程であったはずだが、二名しか討ち取る事は出来なかったと言うことか」


 メイノスは馬上からアディル達を見下ろしながら興味深げに言う。近くで見るメイノスの灰色の髪を持つ二十代後半といった所のすっきりとした容貌を持つ男であった。


代用品ガーベルンね……と言うことはあいつらの元締めがお前か……お前もまた何者かの意図に従って動いているのか?」


 アディルはメイノスに尋ねる。アディルとすればせっかくの情報を得る機会である以上無駄にするわけにはいかない。それをヴェル達も理解しているためにメイノスとの会話はアディルに任せ、ヴェル達はメイノス達を観察する側に回っていた。


「良いから答えろよ。それぐらいなら話しても何も問題無いだろう? お前の所属、背後にいる者の名前を話さなければ問題はないさ」


 アディルの言葉にメイノスはニヤリと嗤う。


「確かにな。その程度なら話しても何の問題もないな……」


 メイノスは一端そこで言葉を句切ると一拍おいて言葉を続けた。


「だが断る」

「ケチだな。それぐらいの事を言っても何の問題もないだろう」

「確かにそうだ。だが何となくだがお前相手には伝えない方が良いような気がしてな」


 メイノスの言葉にアディルは心の中で舌打ちする。感覚で話さない方が良いと思ったというのは論理によって導き出されたものではない。ならば論理によって突き崩すというのはかなり困難なのだ。


「そうか……感覚的なものであるならば仕方ないな。それじゃあアプローチの方法を変える事にしようか」


 アディルの言葉にメイノスは訝しがるような視線をアディルに向ける。その視線を受けてアディルは動いた。アディルが狙ったのはメイノス本人ではなく周囲の騎士の一人である。間合いを詰めたアディルは跳躍し騎士の眼前に手をかざし視界を覆うと同時に抜刀し喉に天尽あまつきを刺し込んだ。


「が……」


 喉を刺し貫かれた騎士の口から苦痛の声が発せられるがアディルはそれを無視して天尽あまつきを横に薙ぎ払うと傷口から血が噴き出すとメイノスの顔面に血がかかった。


「ち……」


 メイノスの目に部下の騎士の血が入った事でアディルへの注意が一瞬であるが逸れてしまう。アディルにはその一瞬だけで十分であった。アディルは着地すると同時にメイノスとの間合いを詰めると飛び上がり斬撃を放った。


 キィィィィン!!


 アディルの斬撃をメイノスは長剣を抜き放ち受け止める。だが、アディルにとってこの斬撃は本命ではない。アディルの行動は次の行動の布石であった。そしてそれはアディルからではなくヴェル達からの行動であった。エスティル、アリスがそれぞれ間合いを詰め騎士達・・・へと斬りかかる。

 アディルの行動に全員の意識が集中するという事は逆に言えば他への意識が逸らされた事を意味する。エスティル、アリスほどの実力者はそれだけで十分だった。一足飛びで騎士の間合いに踏み込んだエスティルとアリスはそれぞれの相手をあっさりと切り伏せることに成功する。


 エスティルは騎士の騎士の右足を斬り落とし、苦痛が発し混乱する騎士を引きずり落とすと喉を刺し貫いた。

 アリスは跳躍し騎士の首を一振りで斬り飛ばした。隙を衝いたとは言え手練れの騎士二人を何の消耗もなく斬り伏せた事は非常に大きい。


「貴様らぁ!!」


 仲間がやられた事に激高した騎士が叫んだ瞬間に喉を穿かれた騎士は傷口と口から血を撒き散らしながら落馬する。騎士は自分がどのように斬られたかまったく理解することはなかったがアディル達にはわかっていた。ヴェルが手にしていた薙刀を一瞬で伸ばし、騎士の首を穿ったのだ。

 最後に残った騎士はアリスが斬り伏せる。アリスは一人目の騎士を斬り伏せた跳躍から着地すると同時に再び騎士に向かって駆け出すと騎士を馬から引き釣り下ろすとそのまま首を斬り落としたのだ。


 これはわずか三十秒ほどの出来事でありメイノスを守るはずの騎士達はあっさりと全滅したのであった。


「ほう……これは驚いた。まさか人間ごとき・・・・・がここまでやるとはな。いや、そっちの二人は魔族と竜族……か。だが、それを差し引いても驚くべき事だな」


 メイノスの言葉には素直な賞賛があるのは事実である。だが、その賞賛は余裕から来るものである事をアディル達は察している。


(この状況でこの余裕……この場をくぐり抜ける自信があると言うことか)


 アディルが警戒感をあらわにするとヴェル達も同様に緊張感を高めていく。


「ふむ……良いものを見せてもらった礼に私も応えるとしよう」


 メイノスはそう言うと馬上から跳躍する。何の予備動作も示すことなく跳躍したメイノスにアディル達は驚く。


 メイノスが降り立った先にはレムリス侯爵家の騎士二人がいた。


 ヒュン……


 メイノスが長剣を振るうと澄んだ風切り音がアディル達の耳に届く。


 ゴト……ゴト……


 次いで騎士達の首が落ちる。まるで最初から繋がっていなかったような錯覚を覚えるほど静かにそして自然に騎士達二人の首が落ちたのだ。首を失った騎士の体は崩れ落ちてから血が噴き出し地面を濡らした。


「く……」


 シュレイは抜剣するとメイノスに構えをとるがメイノスはシュレイではなく灰色の猟犬グレイハウンドに斬りかかった。


 メイノスが斬りかかったのはやはりアグードであった。メイノスはアグードの服装などから魔術師の類である事を察し、まず斃すべき相手であると狙いを定められたのだ。

 メイノスの剣が一閃されるとアグードの首が宙を舞う。アグードの首は地面に落ちるまでの短い間は事情を察していないようであったが地面に落ちたときに自分の首が落とされた事に気付いたのだろう。恐怖の表情を浮かべたまま視点が定まらなくなり動かなくなった。


「アグード!!」

「くそがぁぁぁ!!」

「てめぇぇ!!」


 アグードの死に灰色の猟犬グレイハウンド達は激高しメイノスに斬りかかった。彼らが冷静さを失ったのは仲間であるアグードを殺した怒りが当然あるのだが、恐怖があったのは否定できない。メイノスの剣閃は彼らにメイノスが自分達が到底及ばない高みに立っていることを本能的に刻み込んでいたのだ。


 オグラスが腰に差した双剣を抜き放とうとしたときにメイノスの長剣がオグラスを頭頂部から両断した。頭部を両断されたオグラスはそのまま崩れ落ちる。

 ネイスがオグラスがやられた事に気付いた次の瞬間にはネイスの顔面にメイノスの長剣が突き刺さっていた。しかもメイノスの長剣はネイスの大盾をまるで紙のように貫いている。


「そ、そんな……」


 ムルグの口から呆然とした言葉が発せられる。元々は楽な仕事のはずだった。シルバークラスのハンターチームを殺すだけで多額の報奨金と四人の美少女を陵辱する事が出来るというものであったはずだった。だが蓋を開けてみれば不意を衝いたはずのシルバークラスにあっさりと返り討ちにされ、妙な怪物と戦い、ゴブリン達に追い立てられ、凄まじい剣技の持ち主と戦わされる事になったのだ。


(ちきしょう……こんな仕事うけなけりゃ良かった)


 ムルグの後悔はメイノスの剣閃により音声化する事なく消えていった。


 灰色の猟犬グレイハウンドはここに消滅したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る