黒幕①

 アリスからの報告を受けたアディルはすぐさま仲間達のもとへと向かって駆け出すとしばらくしてヴェル達と合流する。どうやらヴェル達もアディル達と合流すべく移動していたようである。


「「「アディル!!」」」


 アディルの姿を見たヴェル達は顔を綻ばせると声をかける。


「みんな、無事だったようだな。アリスから聞いたがゴブリンの大群に囲まれてると言う話だが、どういうことだ?」


 アディルの質問に答えたのはエリスであった。


「私が念の為に式神を村の周囲に放っていたんだけどこの村をゴブリンの大群が取り囲んで少しずつこちらに包囲の話を狭めてきてるの」

「そうか。エリス数はどれぐらいだ?」

「大体、五百前後ってところよ」

「五百……こっちは十二……絶望的な戦力差だな」

「うん」


 アディルとエリスの会話にエスティルが割り込む。


「アディルとエリスの式神を使えば戦力差はもっと縮まると思うわ」


 エスティルの言葉にアディル達も頷く。


「エリス、はあと何枚残ってる?」

「え~と……」


 アディルに問われたエリスは自分の懐の符を数え始める。


「大体二十枚ってところよ」

「そうか、エリスは符を使わずに式神を使用することは出来るか?」

「ううん。私の方は符を使わないと上手く形を保つ事は出来ないわ」


 エリスは残念そうに言うとアディルは懐から符を取りだしエリスに渡す。数は二十枚程度である。


「まさか符が足りなくなる可能性を考えてなかったな。エリスにはこれを渡しておくからこれで身を守ってくれ」

「ありがとう。助かるわ」


 エリスはアディルから遠慮無く符を受け取る。エリスは自分の近接戦闘力では五百のゴブリン達と戦えば生き残る事は出来ないことを知っている。そのため、アディル達に庇ってもらう事になるのだが、足手纏いになるのは本意ではない。そのために出来るだけ自分の身を守る事が出来るようにしておくつもりだったのだ。


「でどうやって戦う?村での籠城は難しいわよ」


 アリスがそう言うと全員が頷く。この村は一応柵にぐるりと取り囲まれているが所々が壊れておりそこから侵入は容易であった。まぁ、たとえ柵が万全の状況であってもたった十二人では守り切る事は出来ない。


「ああ、籠城は無理だな……」

「となると突破するしかないわね」

「だな」


 アリスの提案にアディルは即座に返答する。この状況で村に固執すれば間違いなく包囲されるのは間違いない。


「そうだ!! 思いついたわ!!」


 ヴェルがそう言うとアディル達の視線がそちらに向く。全員の視線が集まったところでヴェルは話し始めた。


「エリスとアディルが式神で鎧武者を私達の人数分作成してもらって、村の入り口からゴブリンに向かって正面突破してもらうのよ。そうすればそっちにゴブリン達は集まるだろうからその隙をついて私達は反対方向から脱出するというのはどう?」


 ヴェルの意見にアディル達は即座に頷く。ヴェルの作戦は囮を使うと言うだけのことであるがアディル達にとっては非常に有効な手段と言える。なぜなら普通は囮を誰がやるかという問題が起きるのだ。何しろ今回はゴブリンの大群に囮は突っ込むことになりほとんど生還の可能性はない。だが、アディル達には式神があるために人的損害ははっきり言って皆無なのだ。


「名案だな。みんなはどうだ?」

「賛成よ」

「私も」

「それ以上の案は現段階では無いわよ」


 アディルが尋ねると仲間達は即座に賛同する。


「よし、それじゃあ。そこの家で良いか」


 アディルが指し示した家に全員が入ると中でアディルとエリスは鎧武者を十二体作成するとドアを開けて村の入り口にまで走らせる。あとはそのまま十二体の鎧武者達がゴブリン相手に大立ち回りをしてくれれば良いのだ。


 全員が家の中の物陰に隠れているとゴブリン達の激しい怒号と雄叫びが家の中にいるアディル達にも聞こえて来た。


「ん?」


 そこにアディルが革鎧を着込もうとしているシュレイを見て声をかける。


「おい」

「なんだ?」

「お前……ひょっとして神の小部屋グルメルが使えるのか?」


 アディルの言葉にシュレイは頷く。


(こいつは神の小部屋グルメル持ちか……戦闘力は中々だし、神の小部屋グルメルまで持っているのならハンターにでもなればいいのに)


 アディルは心の中でシュレイについてそう思う。アディルはシュレイについて少なくとも他の騎士等とは違う評価をしていた。もちろん任務遂行のためにアディル達を殺そうとしたことは間違いがない。だがヴェル達を陵辱しようとした気配は少なくともシュレイからはアディルは感じていない。

 

「なんだよ?」


 黙ったアディルにシュレイは訝しがりながらアディルに尋ねる。


「いや……なんでお前、レムリス侯爵家のような家の騎士やってるのかなと思ってな」

「はぁ? さっき言ったろうが、俺はレムリス侯爵領で生まれ育ったって」


 シュレイの言葉にアディルは首を傾げる。


「それは確かに聞いたな。だが逆に言えばそれだけだ。レムリス侯爵家の連中に仕える理由としては弱すぎるな。お前は任務遂行のために自分の感情を押し殺すことは出来るようだが、そこのクズ共と違ってお前は品性はまともな部類に入るぞ」

「……お前は何が言いたい?」


 シュレイは疑いの目をアディルに向けながら尋ねる。どうしてこのような事をアディルが尋ねるのかシュレイには不思議だったのだ。


「いや、クズの仲間として一生を終えるというのは不本意じゃないのかなと思ってな」

「……」

「さっきも言ったがお前はレムリス侯爵家の連中や灰色の猟犬グレイハウンドのようなクズ共と行動を共にするのはさぞかし辛かろうよと思ってな」

「……それがどうした。お前が侯爵家を変えるとでも言うのか?」


 シュレイの言葉にアディルは思い切り顔を歪めてシュレイに言い放った。


「んなわけねぇだろ。あんなクズの一族なんぞ勝手に滅びれば良いだろ。俺はあいつらが嫌いなんだ。目の前で幸せそうな表情を見るのは嫌だから幸せになるのなら地の果てでなって欲しいし、不幸で惨めな姿を見せるときは出来るだけ近くで見せて欲しいと思ってるぞ」


 アディルの言葉にシュレイは目を見張る。アディルのいう事は人間的にかなり歪んでいると言って良いだろう。だがアディルにしてみれば自分達の尊厳を踏みにじろうとしているような連中に好意を持つことなど絶対に出来ないのだ。


「二人とも話は後よ。ゴブリン達が通り抜けるわよ」


 アリスがそう言うとゴブリン達が村の中を走り抜けていく気配がした。相当な数であり、ゴブリン達は式神達を追って移動を開始したと思われる。

 

「おい、この話は後だ」


 シュレイがアディルを睨みつけながら言い放つとアディルもニヤリと嗤って返答する。


「望むところだ」


 アディルとシュレイの間に火花が散った。


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