擬態⑧

 アディルと灰色の猟犬グレイハウンドの四人の計五人は村長宅に向かって駆け出した。シュレイを含む騎士達はそのままヴェル達の元に残しておいた。アディルがもしもの時は灰色の猟犬グレイハウンドを使って足止めするように、ヴェル達も騎士達を足止めに使う事にしたのだ。


 アディル達が村長宅に到着した時、村長達は家の前でエリスの式神である獣たちと戦闘中であった。


 エリスの式神達はアディル達が村長宅に到着するまで足止めをしていたのだろう。


「お前達はそのまま雑魚共を始末しろ。俺は村長をやる」


 アディルは灰色の猟犬グレイハウンドに指示を飛ばすと天尽あまつきを抜き放つとそのまま斬り込んでいった。

 斬り込んでくるアディルの姿を見つけた男の一人がアディルに斬撃を放つために剣を振り上げた。アディルは斬り込む速度を下げるのではなくむしろ速度を上げるとすれ違い様に男の左脇腹を斬り裂き、そのまま返す刀で首を刎ね飛ばした。一分の淀みもない攻撃でありアディルの技量の高さを怪物達は察したようであった。


「お前達の目的を話せ」


 アディルは首を落とした怪物に目を向ける事なく村長のエイクへ言い放った。


「な……お前達こそ村人を殺して何の目的だ」


 エイクはアディルを指さしアディルの殺人を責め立てる。アディルにとってこのエイクの行動は予測の範囲内のことだ。エイクもアディル達が村人に襲われた事は当然わかっているが、この場にいる村人達の正体が怪物であるという確信が持てない以上、殺人を攻めるのは効果的だと思ったのだろう。


「それはこちらのセリフだ。お前達は何のために村人になりすましてる?」

「……」

「くだらん嘘をつくな。お前は黙って俺の質問に答えれば良いんだ。お前らの正体が奇妙な生物である事ぐらいはすでにわかってる」

「……あいつらはどうした?」


 エイクが頬を引きつらせながらアディルに尋ねる。エイクの言うあいつらとはアディル達を襲撃してきた村人に分した怪物達の事であろう。


「直接殺したのもいるが大部分は焼き殺した。襲撃者を生かしておく理由など無かったからな」

「な……」

「不満か?お前達こそこの村の人達を殺してしかも皮を剥ぎ、子ども達は皆殺しにしただろう。自分達はやっておいてやられるのは嫌だとでも言うのか?」


 アディルの視線の温度が一気に下がる。その視線を受けてエイクは喉をゴクリとならした。


「どのみちお前達はここで終わりなんだから情報を吐いてから死ね。拷問は好みじゃないんだからいらない手間をかけさせるなよ。目を抉り、鼻を削ぐという拷問はお前達に目と鼻が無かったように見えるから出来ないがな」


 アディルは言い終わると一歩進み出るとエイクは一歩下がった。アディルの言葉は苛烈さに加えて嘲りの成分がふんだんに盛り込まれている。あからさまな侮辱であったがエイクの心には反発心よりも恐怖が勝ったようであった。それは心理的にもはやエイクがアディルに破れているという証拠でもあった。


「さて……あいつらは“ミスリル”クラスのハンターだ。お前達を討ち取るのも時間の問題だな」


 アディルの言葉にエイクはぐっと言葉を詰まらせた。


(ミスリルクラスがどれほどの強さかどうかの基準がこいつらにはあると言うことか)


 アディルはエイクの反応から人間社会の情報について怪物なりの基準があることを察する。アディルは相手の反応、言葉などから物事を推測する。これは鬼衛流の修行において父アドスから教え込まれた事であった。


(まぁ、ハンターギルドに依頼を出したという事で人間社会について一定の知識があるのはわかっていたがな……この反応からこいつらは“ミスリル”クラス、もしくはそれに近いハンターランクの者と戦った事があるというわけか。そして言葉を詰まらせたという事は“ミスリル”クラスには及ばないと見るべきだな)


 アディルはそう考えると一歩さらに踏み出す。ミスリルクラスのハンターである灰色の猟犬グレイハウンドはアディル達にまったく及ばなかったし、先程の怪物達の戦いにおいても後れを取ることはなかった。ここまで来ればエイク達残党をアディルが恐れる必要はもはやない。


「それでお前らの黒幕は何だ?」

「黒幕だと?」


 アディルの言葉にエイクはまたも頬を引きつらせる。アディルとすれば言ってみただけでありその反応で実際にいるかどうかを判断しようとしていたのだ。そしてそれを知らないエイクは頬を引きつらせるという事でまたもアディルに情報を与えてしまったのだ。


(黒幕がいると言う事か……)


 アディルは判断するとエイクからこれ以上の情報を手に入れる事は難しいと判断すると天尽あまつきを一振りして威嚇する。アディルの剣閃は鋭くエイクは恐怖に顔を引きつらせる。


「ま、待て!!俺を殺せば情報は手に入らないぞ!!」


 エイクの言葉にアディルは冷たい笑みを浮かべると言い放った。


「お前がそのセリフを吐いたと言うことはお前の中で、こいつを俺が躊躇いなく斬ったことに対してのショックから立ち直ったと言うことだ。となると今後お前の口からもたらされる情報が正しいかどうか判断する術が俺にはない、と言うことはお前とこれ以上言葉を交わしたところで意味は無い。お前の背後に何者かがいて、人間社会の情報を一定以上有し、ハンター達との戦闘経験を持っているという事が理解できただけでも十分だ」


 アディルのたたみかけるような言葉にエイクはゴクリと喉をならした。


「とりあえず、これからお前の言った洞窟の方に言ってみることにするか。そこに行けば何かの手がかりは見つかるさ」


 アディルはそう言うとエイクに向け嗤う。


「と言うことでお前はもう用無しだ。非道の報いを受けて死んでくれ」


 アディルはそう言うとエイクに斬りかかる。アディルはまるで瞬間移動のようにエイクの間合いに踏み込むと両太股を斬り裂こうと斬撃を放った。エイクは瞬間的に後ろに跳んだが完全に躱しきる事が出来ずに鮮血が舞う。背後に跳んだことで少々傷は浅く済んだのだがエイクの技量がアディルに及ばないことをエイク自身が悟ってしまう。


「く……」


 エイクは剣を抜くとアディルに鞘を投げつけ、斬りかかってきた。アディルは投げつけられた鞘を天尽あまつきで弾く。アディルが投げつけられた鞘を弾いたのは最小限度の動きであり隙を全く生じさせるような動きではなかった。エイクはアディルに斬りかかるがまったく隙を生じさせなかったことに絶望の表情を浮かべる。

 アディルは天尽あまつきを一閃させエイクの両腕を斬り飛ばした。斬り飛ばされた両腕は血を撒き散らしながらあらぬ方向へと飛んでいった。


 ゴギャァァァッ!!


 呆然とした表情を浮かべたエイクにアディルは即座に追撃を行った。アディルはエイクの右膝に乗るとその勢いを利用して膝を顎に容赦なく蹴り入れた。アディルの膝にエイクの顎骨が砕ける感触が伝わった。その一撃に力を失ったエイクはそのまま倒れ込んだ。アディルはエイクの喉を鷲づかみするとそのまま天尽あまつきの柄で顔面を殴りつけた。


 ガッ!! ゴッ!! ゴゴゴッ!!


 一度だけでなくアディルは容赦なく数度天尽あまつきの柄で殴りつけると打ち付ける度にエイクの体が痙攣する。

 動かなくなったエイクの首をアディルは容赦なく斬り飛ばした。斬り飛ばされた首はそのまま地面を転がり地面を赤く染めた。


 動かなくなったエイクを見てアディルはちらりと他の村人と灰色の猟犬グレイハウンドの戦いを見ると斬り伏せているのを確認する。どうやらオグラスが宿屋で不覚をとったのは怪物が現れた時に動揺した故らしい。本来の灰色の猟犬グレイハウンドならば勝てない相手では無かったと言う事であった。


 その時エイク達を斬り伏せた所で、アディルの隣に突如何者かが転移してきた。アディルは天尽あまつきを構えるが誰が転移したかを気付くと構えを解く。アディルの元に転移してきたのはアリスだったのだ。


「アリスどうした?」

「新手が来たのよ。この村をゴブリンの大群が取り囲んでいるわ!!」


 アリスの知らせを受けてアディルはため息をつく。アディル達の長い夜はまだ終わりを迎えたわけではなかったようであった。


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