擬態⑥

 アディル達が村人達に襲撃されてすでに一時間が経過している。エスティルの物質化能力で壁と天井を覆っている事で一階への侵入は階段を下るしかないという状況のために数で大いに劣るアディル達であったが、階段で防衛をすれば容易に食い止められるためにアディル達は互角以上の戦いを展開していた。階段は二人分の人間がすれ違うぐらいの幅しかないために防衛は容易であったのだ。

 灰色の猟犬グレイハウンド、騎士達は前線で命を張っているために心穏やかではないし、少しずつ体力的にも精神的にも消耗していっているだろうがアマテラスの面々はまったく消耗していない。


「エスティルどうだ?」


 アディルが尋ねるとエスティルは二階にいたときのように窓を少し開けて外の様子を伺うとそのまま返答する。


「そうね……見た所大体十人前後いるくらいね。しかも全員が二階を見ているところを見るともう少し時間が経てばもっと減るわよね」

「そっか……結構あいつらってアホなのかな?」

「というよりも私の作った壁が思いの外強固だから手詰まりになったというところじゃないかしら」


 エスティルの返答に全員が納得の表情を浮かべる。エスティルの作った壁の強固さはアディル達も十分に知っており村人達が破れないのは十分に納得する事が出来る。


「さて……一応仕掛けをしておくかな」


 アディルはそう言うと一階の各柱に懐から取り出したを貼り付けていく。ヴェル達はそれについては何も言わない。この状況でアディルがやろうとしていることは十分に想像がつくというものであった。


「ヴェル、俺がやつらの相手をするから灰色の猟犬グレイハウンドと騎士達をここに集めてくれ」

「わかったわ」

「作戦は大丈夫か?」


 アディルの問いにヴェルは頷いた。


「私とエスティルに声をかけた事からアディルがどんな作戦を立ててあいつらを潰そうとしてるかわかってるわ。でも情報は集まらないかも知れないわよ」

「それは仕方がない。情報を得るのは大切だがそのために俺達が命を失うのは避けたい」

「それもそうね。まずは敵の殲滅が第一ね」

「そういう事だ」


 アディルはそう言うとヴェルは続けて言う。


灰色の猟犬グレイハウンドを先に行かせることにするわ。次は私達、騎士達は殿しんがりにするわ」


 ヴェルの言葉にアディルは頷く。エスティルが外の様子を伺っているとは言え相手が罠を仕掛けていない可能性は十分にある。その危険を自分達ではなく灰色の猟犬グレイハウンド、騎士達に引き受けてもらうのはアディル達にとって当然の結論であった。

 ヴェルの言葉を聞いて他のメンバーに視線を向けると他のメンバー達も同様に頷く。どうやら意思の統一はきちんとなされているようである。

 アディルは仲間との意思確認が終わると階段の所に行き灰色の猟犬グレイハウンド、騎士達の元に行き声をかける。


「交代だ。ヴェルの所に行って指示を仰げ」


 アディルの言葉に灰色の猟犬グレイハウンド、騎士達は黙って頷くとヴェルの所に駆けだした。その空隙を狙って村人が踏み込んで来るがそこにアディルが立ちふさがる。村人はニヤリと嗤うと剣を突き込んできた。アディルが少年という事で実力を侮ったのだろう。

 アディルは顔面に放たれた突きを首を傾けて躱すと同時に天尽あまつきを一閃すると村人の両足首を斬り裂く。両足を斬り裂かれた事でバランスを崩した村人は苦痛に顔を歪めながら階段を落ちてきた。

 アディルは落ちてきた村人の顔面を無造作に掴むとそのまま押し込みながら階段を駆け上った。それは村人達にとって想定外の事であった。なぜならアディルが階段を駆け上がる際に後ろにいた村人達もそのまま押し込んでいったからだ。自分達が攻めているおいう印象であったためにまさか押し戻されるとは思っていなかったのだ。すでにアディルに押されて下がる村人達の数は十人を超える。

 アディルはそのまま二階に上がると顔面を掴んでいた村人の心臓の位置に天尽あまつきを刺し込んだ。刺し込まれた天尽あまつきはその背後にいた村人ごとまとめて貫いた。


「がはっ……」

「ぐっ……」


 貫かれた村人の口から苦痛の声が上がるがアディルは構うことなくそのまま天尽あまつきを振り下ろすと村人の胸から腹まで一気に斬り裂くとそのまま二人は倒れ込んだ。


「なんだ貫けばそのまま中の奴も死ぬのか……二度手間だったな」


 アディルの言葉に村人達は立ちすくむ。アディルの桁外れの実力を目の当たりにした村人達は自分達の前にとんでもない壁が現れた事を悟ったのだ。そして自分が斬りかかったところでただ斬り伏せられて終わるという結果まで察してしまったのだ。


「何やってる!! かかれ!!」

「さっさと進め!!」


 事情を知らない後ろの者達が声を上げるが最前列に立っている者は動くことが出来ない。


(それじゃあ……この辺りで良いか)


 アディルは懐からを取り出すとそこから式神を生み出す。生み出された式神は一体の鎧武者となり村人達の前に立ちはだかった。


「じゃあがんばってくれ」


 アディルは嫌みったらしく村人達に言い放つと背を向けて歩き出し階下へと消えていく。それを見ていた村人達は怒りに燃えた目で鎧武者に襲いかかった。再び激しい剣戟が始まり鎧武者は村人達と激戦を繰り広げることになったのであった。


「お帰り、どんな感じ?」


 一階に降りてきたアディルにアリスが首尾を尋ねてくる。アディルはニヤリと笑うと親指を立てることで返答する。それを見たアリスは顔を綻ばせた。


「十分怒りを煽っておいたからしばらく式神相手に頑張るだろうさ」


 アディルはそう言うと灰色の猟犬グレイハウンドに言い放った。


「それじゃあ、始めよう。お前達がまず出ろ。当然だがバカみたいに雄叫びをあげて飛び出すような事はするなよ」


 アディルの言葉に灰色の猟犬グレイハウンドの四人は一斉に首を縦に振った。


「お前達が出た瞬間にやる・・から遅れるなよ」


 次いでアディルは騎士達に言うと騎士達もこれまた一斉に首を縦に振った。


「よし……それじゃあ始めるか」


 アディルはそう言うと何かを念じはじめた。すると二階の方から鎧武者が降りてくる。その鎧武者を一呼吸してから村人が追ってきた。村人の剣が鎧武者を背後から貫くと鎧武者は塵となって消え去った。


「行け!!」


 アディルがそう叫ぶとエスティルは覆っていた壁を解除する。その瞬間に灰色の猟犬グレイハウンドが外に飛び出す。三秒ほど待ってヴェル、エスティル、エリス、アリス、アディルの順にそしてシュレイと残りの騎士二人が宿屋から飛び出す。

 アディルは騎士達が外に出たのを確認してから素早く印を結ぶと先程、一階の各柱に取り付けたが一斉に爆発し柱を吹き飛ばした。柱を同時に失った宿屋は当然その姿を保つ事は出来ない。一階部分が崩壊し二階部分が落下する。


 ゴゴゴォォォォ!!


 宿屋が倒壊したとほぼ同時にエスティルが宿屋の敷地を覆うと一気に十メートル程の高さまで壁を形成する。


 作戦は成功し村人達は塀の中に閉じ込められたのだった。そこにヴェルが容赦なく塀の中に十数発の爆発エクスプロージョンを放った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る