擬態⑤

 アディル達の両隣から発せられた音は間違いなく窓を破って奇妙な怪物達が侵入したのだろう。


『なんだてめぇら!!』

『貴様らこんなことして只で済むと思っているのか!!』


 両隣から威嚇の言葉が壁を越えて聞こえてくる。オグラスと騎士と思われる声である。だが威嚇の意味はほとんどなかったのだろうすぐさまアディル達の両隣で剣戟の音が聞こえ始める。


「本格的に始まったな。とにかくここを出ることにしよう。俺なら膠着状態が続けばこの宿屋に火をつけて追い立てるからな。そうなってからだと自分で出るよりも罠にかけられる可能性が高いからな」


 アディルはそう言うと扉を開けて廊下に出る。まず彼が動いたのは安全確認をするためである。


『な、なんだこいつ!!』


 扉の向こうでオグラスの動揺した声が聞こえてきた。おそらくオグラスが村人を切り伏せたが、中から先程の怪物が姿を見せたのだろう。


『ぐぁぁぁぁぁぁ!!』


 その動揺が戦闘の結果にも反映されたのだろう。オグラスの絶叫がすぐに響いた。


『オグラス!! くそ!!』


 アグードの声も聞こえてきたので前衛のオグラスがやられた事はかなり状況的に不味いだろう。


『ぐぁぁぁぁぁっぁ、止めろぉぉぉ!! 食わないでくれぇぇぇ!!』


 そして反対側から騎士の絶叫が放たれる。どうやら騎士達も新たに現れた未知の怪物に敗れてしまったようである。

 その声を聞いて向かいの部屋から騎士達とムルグ、ネイスが現れる。一様に動揺した表情を浮かべている。


「呆けてる場合か自分達の仲間だろう救いに行け!!」


 アディルの言葉に弾かれたようにムルグ達は仲間を救いに部屋に踏み込んでいく。すぐに激闘が始まったようで怒号が飛び交った。それを尻目にアディルは階段を降りていき、ヴェル達も後に続いた。

 階段を降りた所で村人達が六人待ち構えている。もちろん手にはそれぞれ武器を持っている。これから二階に上がり襲いかかろうとしたのは明らかでありアディル達は相手の虚を衝いた形となったのだ。


 アディルは村人達が体勢を整えるよりも早く村人達に斬りかかった。このアディルの行動に村人は対処する事は出来ずにそのままアディルに斬り伏せられた。六人の村人達はそのまま倒れ込む。倒れ込んだ村人達の中から例の怪物達が現れたがすでにタネがバレている以上、アディル達は慌てる事なく六体の怪物を斬り伏せた。


「エスティル、壁をつくって入り口を塞いでくれ!!」

「了解!!」


 怪物達を斬り伏せた後にアディルはエスティルに指示を出しエスティルはすぐさま指示を実行した。エスティルはすぐさま魔力で壁を形成するとドアと窓を一気に防いだ。


「ここを塞いでも最終的には二階に上がって……そういう事か」


 ヴェルがアディルに危険性を告げる途中でアディルの意図に気付いたヴェルが一気にトーンダウンする。


「ああ、二階から上がってくれればその分だけ包囲が緩まる」

「上ではあいつらが頑張ってくれるでしょ」

「ああ、非常に助かるな」


 アディルとヴェルの会話を聞き、シュレイは複雑な表情を浮かべる。しかし、反論しないのはアディル達とて危険を負っている事は変わりないのだ。包囲が緩んだと言っても最終的に戦闘は不可避なのだ。


「いや……待てよ……一気に潰した方が良いか」


 アディルの言葉にヴェル達はその内容を聞こうとした時である。


 ゴゴォォォォ!!


 天井に穴が空きそこから村人が飛び降りて来たのだ。エスティルがすぐさま天井の穴まで壁を伸ばして一気に穴を塞いだ。降りてきた村人達の数は五であり、手には剣、手斧なでの武器を握っている。


「おいおい……予定通りに事が進まないな」


 アディルのため息交じりの声にヴェル達も苦笑を浮かべる。正直な所、予定通りに事が進んでいないのは村人達の方なのだろう。当初の予定では数をもってアディル達を押しつぶすつもりだったのだろうが、エスティルの物質化により数の有利を活かす事の出来ない状況になっていたのだ。

 一階に降りてきた村人達は応援が来ない事に対して動揺した表情をわずかに浮かべるがすでに斬り伏せられている怪物達の死体を見て怒りの表情へと急激に変化させた。


(へぇ……こいつらには仲間意識があるというわけか……使えそうだな)


 アディルはそう判断すると村人達に向けて挑発を行う事にした。この怪物達は村人の中に潜み普通の生活を営んでいた事から知性があるのはわかっていた。だが仲間意識があるのならばそこを衝けば激高し、情報を手に入れる事が出来るかも知れないとアディルは考えたのだ。


「この醜い生物の出オチ感は凄いよな。単に物陰に潜んでビックリさせるだけのイタズラと何ら変わらん。つまらない生物だな。まぁ寄生しないと生きていけないという段階で生物的に大した強さじゃないのは確実だな」


 アディルの挑発は安っぽいものであるのは間違いない。だが、こういう安っぽい挑発ほど効果があるのもまた事実である。村人の顔を大きく歪ませて怪物はアディルに反論する。


「人間如きが随分と偉そうな口を利くじゃないか」

「は……その人間如きの体の中に隠れてコソコソ生きなきゃならん程度の小者の分際で俺に説教するつもりか?良いだろうどんなご高説を垂れ流してくれるか楽しみだ。やってみろ」


 アディルはふふんと鼻で嗤うような仕草をしながら村人に言い放つ。アディルの表情は小憎たらしいという表現そのものであり、仲間であるヴェル達ならばともかく村人達からすれば気に入らないことこの上ないだろう。


「人間は「待った!!やっぱりいらない!!」」


 村人が顔を歪めながら言葉を発したところアディルが遮る。自分から言ってきて自ら遮るという行動には怪物の方も気分を害したところを見ると自分のやっている事を遮られるのが嫌なのは種族は関係ないのかも知れない。


「貴様から……ぐっ!!」


 村人が激高した瞬間に村人の顔面に魔力で形成されたつぶてが命中する。もちろん放ったのはヴェルである。ヴェルの放ったつぶては村人のにダメージを与えたらしく村人はその場に蹲った。

 その時、アリスが村人達に斬りかかると容赦なく村人達を斬り伏せていく。倒れ込んだ村人達の中からすぐに怪物が現れる。アディルは現れた怪物の首を容赦なく刎ね飛ばすと一階に現れた五体の怪物達は血の中に沈んだ。


「よし……それじゃあ準備を始めるか」


 アディルが言った所で二階から灰色の猟犬グレイハウンドのメンバー四人が降りてくる。オグラスの左腕にはベットリと血の跡がこびりついているが動き先頭に支障はなさそうだ。アグードが治癒魔術を行った結果だろう。


「上はどんな感じ?」


 エリスの質問にムルグが返答する。


「今、騎士達が頑張っていますがすでに二人やられています。どうか応援を!!」


 ムルグの言葉にエリスは指示を出した。


「それじゃあ、あなた達は階段下まで防衛線を下げなさい。私達は二階に村人達を集めて一気に始末するつもりよ」

「は、はい!!」


 オグラスが階段を上がり戦っているであろう二人の騎士を呼びに行く。


「さて、それじゃあ。エスティルとヴェルは準備をしておいてくれ」


 アディルの言葉に全員が頷いた。

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