擬態④

 すっかり日が暮れ、アディル達は部屋の中で干し肉と水という悲しい食事をとった。この村の安全性が確認されない以上、仕方のない事である。まぁ仕方がないとは言え下の食堂から漂ってくる美味しそうな匂いに心が動かされ無かったと言えば嘘になるが安全性を重視したのだ。

 灰色の猟犬グレイハウンド、騎士達は下の食堂で食事をきちんととったようで、楽しそうな声が二階にいるアディル達の耳にも入ってくる。アディルの術により行動が制限されているとはいっても基本的に“敵対行動をとらない”というものであり、食事を摂ることは敵対行動に含まれることはないので拘束力はなかったのだ。

 シュレイが灰色の猟犬グレイハウンド、騎士達に注意喚起を行ったのだが、一笑に付されてしまったのだ。また、シュレイで安全性を考慮して同僚と一緒に食事をとった様子は無かった。

 そして食事を終えた一行が部屋に戻り就寝しアディル達も休むことになった。アディル達は三つのベッドを一つにするとそこに五人で寝る事にしている。最初はアディルはこの事にかなり難色を示していたのだが、約半年も寝食を共にしていれば流石になれるというものである。

 アディルが部屋の入り口側、そしてアリス、エリス、ヴェル、エスティルの順番である。今回はこの順番になったのは襲撃があった場合に入り口側ならばアディルが、窓側からならばエスティルがまず戦う事になるためである。


「ん?」

「……来た?」


 アディルが何者かの気配を察知し、目を覚ますと隣で寝ていたアリスが即座に答える。アリスも同様に気配を察知したのだろう。アディルとアリスに僅かに遅れてエリス、ヴェル、エスティルも体を起こした。全員が武装して横になっており即座に行動できる体裁を整えていたのだ。


「ああ、どうやら来たようだ」


 アディルの言葉にエスティルは窓に移動すると少しだけ窓を開け外を確認する。


「当たりね。村人っぽい人達が宿屋を取り囲んでいるわよ。手にそれぞれ武器を持っているわ。老若男女関係無しよ」


 エスティルからの報告にアディル達は頷く。夜中に武器を持って宿屋を取り囲むという意図は狙いはアディル達であることは明らかだ。


 コンコン……


 そこにアディル達の部屋をノックする音が響く。アディルが扉に近付くと扉の外にいる何者かに声をかける。


「誰だ?」

「シュレイだ」


 扉の外にいるのはシュレイでありアディルは即座に扉を開ける。扉を開けた時にシュレイは驚いた表情を浮かべる。アディル達がすでに完全武装でいたからである。シュレイは革鎧などを外しており剣だけを帯びているという状況であった。


「剣を帯びているところを見るとすでに囲まれている事に気付いているようだな」


 アディルの言葉にシュレイは我に返ったように頷く。


「……あ、ああ。その通りだ」

「見ての通り俺達はいつ襲われても大丈夫だ。お前は同僚を灰色の猟犬グレイハウンドの連中を起こしておけ」


 アディルの指示にシュレイは顔を曇らせる。


「それが同室の同僚達を起こそうとしたんだが一向に目が覚めない」

「……睡眠薬と言うわけか」

「ああ、おそらく夕食に入れられていたと思う」

「警告はしたんだよな?」

「ああ、だが聞き入れられなかった……」


 シュレイの悔しそうな声を聞き、アディルは口を開く。


「それなら問題無い。警告を聞き入れる入れないは本人の選択だ。その責任は自分で取るべきさ。それよりもお前はさっさと自分の荷物などを用意しておけ。この状況ではこの村を抜け出す事になるからな」

「……了解した」


 注意喚起を受けた以上それを受け入れるか入れないかは本人の選択に委ねられている。灰色の猟犬グレイハウンド、騎士達がそれを選択した以上、その責任は本人達が取るべきである。おそらく灰色の猟犬グレイハウンド、騎士達は自分だけが術をかけられていないシュレイに対しての反発からシュレイの注意喚起を無視したのだろう。そう判断すれば誰が責任を負うかなど分かり易すぎるくらいである。

 アディルの言葉を受けたシュレイは小さく返答するとそのまま自分の部屋に戻っていく。状況が逼迫している以上、迷うような贅沢は後で楽しむしかない。


「エスティル、外はどんな感じだ?」


 アディルが外を警戒しているエスティルに尋ねるとエスティルが振り返るとアディル達に伝える。


「今にも踏み込んできそうよ」

「そうか……みんな構えろよ。当然相手は毒を用意している可能性があるからな」

「わかったわ」


 アディルの注意に全員が頷く。実際に睡眠薬を盛っている可能性が高い以上、毒を使うのは当然想定すべき事であった。


「とりあえず……あのアホ共に最後の情けをかけてやるか……」


 アディルがそう呟くと周囲に殺気を放ちだした。灰色の猟犬グレイハウンド、騎士達も闘争に身を置く男達である以上、睡眠薬を盛られた可能性があったとしても目が覚めることを期待しての行動であった。

 どうやらその効果はあったらしく周囲の部屋から物音がし出した。


 そこに剣と盾を身につけてシュレイが部屋に入ってくる。その表情は緊張しており、アディルの放った殺気に反応してやってきたのだ。


「敵が襲ってきたのか!?」


 シュレイの言葉にアディルは静かに首を横に振ると返答する。


灰色の猟犬グレイハウンドとお前の同僚に向ける最後の情けだ。これで起きなければそこまでだ。そこまで無能ならそのまま死んでくれって話さ」

「そ、そうか……感謝する」

「別に構わん。生き残るかどうかはあいつら次第だ」


 シュレイの謝辞にアディルは素っ気なく答える。そのアディルの態度にシュレイは反抗ではなく静かに頷いた。


「撃ってくるわ!!」


 そこにエスティルが叫ぶ。外を伺っていたエスティルは取り囲む村人達のうち数人が魔術を展開しているのを見たのだ。そのままエスティルは後ろに跳ぶとアディル達の前に立つと魔力で壁を形成する。

 そして、次の瞬間に凄まじい数の魔矢マジックアローがアディル達の部屋へと一斉に放たれる。


 カカカカカカカカカッカカ!!


 放たれた魔矢マジックアローはエスティルが形成した魔力の壁に弾かれると消滅していく。魔矢マジックアローの雨が途切れるとエスティルは壁を解除すると壁は粉々に砕け散った。壁が砕け散った時に部屋の惨状が目に入る。一斉に放たれた魔矢マジックアローのために壁は砕け散っていたのだ。


「凄いわね。何の躊躇もなく一斉に放ったわね」


 アリスが呆れた様に言う。すでにアリスの右手には“竜剣ヴェルレム”が握られている。もちろん左腕には籠手ヴィグレムを装着している。アリスが呆れた声を声を出し終えた時に二つの人影が現れる。


「この高さを……」


 アリスがそう言ったのも当然で現れた人影は二階までの高さを軽々と跳躍して入ってきたのだ。

 二人は四十代前半の男女でありとてもそこまで驚異的な身体能力を持っているようには見えない。


 二階に着地した男女はニヤリと嗤うと腰に差した剣を抜き放った。その瞬間に男は左肩から血を撒き散らすとそのまま倒れ込んだ。ヴェルが薙刀を振るい長さを変え男の左肩から斬り裂いたのだ。

 突如仲間が倒れ込んだ事に女は視線をそちらに移した。その隙をアリスは見逃すことなく間合いを詰めると竜剣ヴェルレムを一閃すると女の腹部を斬り裂いた。腹部を斬り裂かれた女はそのまま倒れ込んだ。


「ふぅ……」


 アリスが息を吐き出すとそこにアディルが叫んだ。


「アリス!! まだ終わってない!!」

「え?」


 アディルの言葉にアリスが視線をたった今斬り伏せた女を見ると女の皮膚を破って奇妙な生物が姿を現した。


「何こいつ!?」


 アリスの声に隠しようもない嫌悪感が満ちる。女の皮膚を突き破って現れた生物の頭部は球体で目、鼻、耳はなく大きく裂けた口だけがある。そのアンバランスさは嫌悪感を抱かせるには十分すぎるだろう。体の大きさも平均的な成人であり肌が青黒い事を覗けば人間と何も変わらない。

 奇妙に痩せた体からアリスに向かって拳が放たれる。凄まじい速度で放たれた拳であったがアリスは焦ることなく拳を躱すと同時に竜剣ヴェルレムを一閃する。アリスの斬撃は怪物の左肩から入りそのまま右脇腹に何の抵抗もなく抜ける。怪物の上半身はそのまま斜めの斬り口に従って床に滑り落ちた。床に落ちた怪物はそのまま動かなくなった。


「男の方も……」


 エスティルがそう言うと魔剣ヴォルディスを抜くとたった今男の皮膚を裂いて現れた怪物の首を刎ね飛ばした。

 エスティルはそのまま再び魔力で壁を形成して蓋をするとアディル達に視線を移した。


「こいつらは何だ……?」


 アディルの言葉に全員が静かに首を横に振る。


「わからないわ。でも首を落とせば死ぬみたいだし何も手を打てないというわけじゃない事がわかっただけでも今は十分じゃないの?」


 エリスの言葉にアディルは頷く。首を落としても死なないというのなら厄介極まりない話であるが首を落とせば死ぬというのはアディル達にとって幸いであった。


 ガシャァァァァン!!


 その時アディル達の部屋の両隣に窓を突き破る音が鳴り響いた。アディル達の長い夜が始まったのだ。

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