移動④

 アディル達がレシュパール山への移動を再開し、チーム毎にまとまって歩いていた。灰色の猟犬グレイハウンドが三メートルほど前を歩き、その後ろをアディル達アマテラスが歩いているという図式だ。これは混合するとチームの連携に支障が出る可能性があるとムルグからの提案からであった。

 王都近くで亜人種が抗争を行う等という事はここしばらく無かった事だ。大規模な亜人種の移動があった可能性があるため警戒の意味でこの隊形を取ることになったのであった。

 その隊形で移動をしていてしばらくした時に、ヴェルがアディルの脇腹あたりの布地を引っ張ってきた。


「ねぇアディル……気付いていると思うけどどうする?」


 ヴェルがアディルに囁いてくる。ヴェルの言う“気付いている”とは自分達を追ってきている者達の存在であった。


「わかってる。みんなも気付いているだろう?」


 アディルがそう言うと他の三人も即座に頷く。自分達を追っている者が五名いることをアマテラスの面々は気付いていたのだ。五人の追跡者は尾行の能力が低いのかアディル達に容易に気配を察知されている。


「さて……一悶着ありそうだな。みんな大丈夫と思うけど用意はいいな?」


 アディルの問いかけに全員が頷いた。アディルに言われるまでもなくヴェル達は常に襲撃に備えており何の問題も無い。

 それを互いに確認したアディル達は灰色の猟犬グレイハウンドに声をかける。


「ムルグさん!! 誰かが俺達をずっとつけてきてます!!」


 アディルの声に灰色の猟犬グレイハウンド達は振り返る。


「何? 俺達をつけているだと?」


 ムルグの返答にアディル達は神妙な表情を浮かべて頷く。


「はい、敵かどうか不明ですが間違いなくつけられています。俺達が少し速度を落とせば相手も落としますし、俺達が速度を上げれば相手も上げます。一定の距離を保ちつつつけてきてます」

「なるほど……」

「それからかなり訓練された感じはしますが隠密行動はさほど得意でないようで、簡単・・に気配を掴む事が出来ました」

「そうか」


 アディルの言葉にムルグは少し思案を巡らしているようであった。


「なぁムルグ、そいつらが何者か確認した方が良いんじゃないか?」

「同感だな。何者かは知らんが敵かもしれん連中がつけてくるのは精神衛生上良くない」

「そうだな……アグードはどう考える?」


 ムルグはアグードに意見を求める。アグードは顎に手をやり思案をしているようであった。そしてムルグに視線を向けると口を開く。


「俺も二人の意見に賛成だ。敵かそうでないかを確定させるだけで心構えがまったく違うからな」


 アグードの意見で灰色の猟犬グレイハウンドの中で反対意見はなくなり方針が決定された。

 

「アディル君、聞いての通りだ。ここで相手が敵かどうかの確認をすることにする」


 ムルグの意見にアディルは少々不安な表情を浮かべるとムルグに尋ねる。


「確認……どうやるんです?」


 アディルの質問にムルグはニヤリと嗤って答える。その表情は肉食獣が獲物を見定めたようなものである。


「簡単な話さ。実際にあって話をするだけだ」

「え? それだけなんですか!?」

「ああ、単なる野党の類ならハンターである俺達に近付いてくることはないだろう。待ち構えているという様子を見せれば勝手に離れていくさ。もしこの中の誰かに怨みがあるなどの怨恨の場合は構わずに近付いてくることだろう」

「そして近付いてくればそれに対処すれば良いだけだ。俺達はミスリルだし、君達もシルバーのハンターチームだ戦闘にまったく未経験というわけではないだろう」

「ここで決着をつけるというわけですね」

「そういう事だ。不確かな状況ほど精神を削るものはないからな」


 ムルグの言葉にアディルは頷くと振り返りヴェル達に言う。


「みんな、ムルグさんの言葉通りここで決着をつけることになった。十分注意してくれ」


 アディルの言葉にヴェル達は即座に頷く。アディル達にしても敵か味方か判断のつかないあやふやな状況は好ましくなかったのだ。


「わかったわ。エリス達は近接戦闘は不得意だから気を付けてね」


 エスティルの言葉にヴェル、エリス、アリスはそれぞれ不安そうな表情を浮かべて頷く。その不安そうな表情を見てオグラスがにこやかに笑いながら女性陣に声をかけてきた。


「まぁ安心してくれていいよ。基本は俺達が戦うし君達が戦闘に参加する可能性は極端に低いと思ってくれれば良いよ」

「は、はい。よろしくお願いします」


 オグラスの言葉にエリスが返答する。エリスの表情も雰囲気も庇護欲を大いに掻き立てるものである事は間違いない。エリスの様子を見てオグラスは顔を綻ばせた。


「オグラスも彼女たちの護衛についた方が良いだろう。近接戦闘が不得意だという彼女たちが人質にとられてしまうと厄介なことになる」

「わかった」

「アディル君達はいつも通りの君達の行動に出てくれれば大丈夫だ。一応念の為にオグラスを後衛組につけるという事でいいかな?」

「もちろんです!! ありがとうございます」

「アグードはいつでも魔術を放てるようにしておいてくれ」

「了解だ」


 ムルグの指示にアグードは即座に魔術を形成していく。


(ほぉ……さすがにミスリルクラスの魔術師だ。魔術の形成が段違いに早い)


 アディルはアグードの魔術の形成を心の中で称賛する。アグードの実力が一流の魔術師である事を再確認したところである。


(さて……あの魔術は果たして誰に放つためのものかな……)


 アディルは皮肉気にそう考えるとアグードの魔術への対応を始める。念には念を入れるのがアディルの行動原理である以上当然の事であった。同様にエスティル、アリスもアグードの魔術への対応として防御壁形成している。二人は一切防御陣を形成した気配を発していない。

 ヴェルとエリスは防御陣を形成していなかったがこれは自分達の魔術の腕前では気配を発することなくアグードの魔術を防ぐだけの防御陣を形成することが出来ないからである。その事を察しているアリスがさりげなくアグードに近い位置に移動した。


「来たぞ」


 ネイスの言葉に全員の視線がこちらに向かってくる男達に向かう。数は四名で装備に統一感は見られない。一見すると傭兵かハンターのようにも見える。男達は待ち構えているアディル達に向かって真っ直ぐに歩いてくる。


(余裕の表情だな……数は圧倒的に不利……にも関わらずあの余裕)


 アディルは心の中で呟くとチラリと視線をムルグに向けるがムルグもまた同様に余裕の表情を浮かべている。


(俺が察した気配の数は五……という事はあと一人は伏兵と言うところだな)


「あ、あいつら……」


 そこにヴェルの小さな声がアディルの耳に入る。アディルはヴェルのその言葉だけで男達の正体を察する。

 男達は立ち止まると口元を歪ませてヴェルに向け言い放った。


「ヴェルティオーネ様……ここであなたには死んでもらいます」


 先頭の男の言葉に灰色の猟犬グレイハウンドの面々はヴェルに視線を移す。灰色の猟犬グレイハウンドが問いかけるよりも早く先頭の男がアディル達全員に視線を向けるとまたも口元歪めて言い放った。


「お前達は可哀想だがここで消えてもらう。目撃者を残すわけにはいかんのでな」

「九対四だが勝てるつもりか? しかもこの人達はミスリルクラスの灰色の猟犬グレイハンドだぞ」


 アディルの返答に男達はニヤリと嗤う。アディルの言葉は僅かながら震えが入っていることから虚勢を張っているという印象を男達に与えたのだろうアディルを見る目には嘲りの感情が一気に含まれた。


「ははは、残念だが八対五なんだよ!!」


 男がそう言った瞬間にムルグ、ネイスがアディル達に顔を向ける。その表情は予想通りアディル達を嘲るようなものである。そして同時にアグードのかざした右掌からアディルに向けて雷撃が放たれた。


 不意を衝いた一撃に本来であればアディルの戦闘力は奪われ、その動揺はエスティル達に反撃の機会を与えることなく制圧する事が出来るはずであった。灰色の猟犬グレイハウンド達にとって制圧した後は四人の美しい少女達を陵辱するという楽しい時間が始まるはずであった。


 だが、それはアディル達に不意討ちが決まった事が前提の妄想に過ぎない。アディル達は灰色の猟犬グレイハウンドが自分達を裏切ることを最初から想定していたために構えを怠るような事は一切無い。


 アグードから放たれた雷撃をアディルは左腕をかざして受け止めるとアグードの雷撃はかき消えていく。


「……へ?」

「……え?」


 アディルが雷撃をかき消した事にアグードとムルグが呆けた声を出す。他の男達もアディルがアグードの雷撃をかき消した光景が信じられなかったのだろう。思考が停止したような表情を浮かべている。


 もちろん、これはアディルが金気きんきを持ってアグードの雷撃をかき消したのだ。すでにアマテラスのメンバーでは当たり前になっている事であるがカラクリを知らない面々にとって信じられない光景であることは間違いない。


 ショックで固まるアグードの懐にアディルは潜り込むと手を鞭のように振るいアグードの顔面に一撃入れる。その際に指がアグードの目に入るとアグードの口から苦痛の声が発せられた。

 アディルはその声を完全に無視すると肝臓の位置に強烈な打撃を叩き込むとアグードの体はくの字に折れ曲がった。アディルはアグードの耳を掴むとそのまま固定し膝蹴りを顔面に容赦なく入れる。

 アディルの膝蹴りの威力によりアグードの体は宙に舞い引力に引かれて地面に落ちる。もちろん気絶していることで受け身を取るような事は出来ない。


「ぎゃああああああああ」


 アディルがアグードを無力化した瞬間に男の一人が絶叫を放った。そちらにアディルが視線を向けると男が左膝を斬り落とされ苦痛に呻いているのが見えた。

 

「さ……始めましょう」


 ヴェルの手にある薙刀が黒い光を放っていた。

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