移動②

 アディル達“アマテラス”と灰色の猟犬グレイハウンドは連れだって王都ヴァドスを出発するとレシュパール山へと向かう。

 レシュパール山までは片道五日ほどかかり、それから一日かけて目的の洞窟に向かう事になっていた。かなりの長旅であるのだが、アマテラスも灰色の猟犬グレイハウンド神の小部屋グルメル持ちがいることで全員は手荷物程度であった。


「それにしてもアディル君はこんなカワイイ子達と一緒で羨ましいな。どうだい俺を君達のチームに入れてくれないかい?」


 オグラスがアディルにそう言うとアディルは苦笑を浮かべる。冗談という事はわかっているがこういう冗談は意外と返しが難しいのだ。その様子を見ていたネイスがオグラスの頭をぽかりと叩いた。


「何しやがんだ!!」

「お前は恥ずかしい真似は止めろと常日頃から言ってるじゃないか!!」

「何を言う。この子達はまだ若いが絶対にすごい美人になる!! 今のうちにお近づきになっておくべきとはネイス君は思わないのかね?」

「アホか完全プライベートなら注意なんかしないが今は仕事中だ。真面目にやれ」

「何だよ~なぁ酷いとは思わないかい?」


 オグラスはアディルに話をふってきた。アディルとすれば軽口で返すかどうか一瞬躊躇したが、困った表情を浮かべることを選択する。


「え、え~と」


 アディルがしどろもどろになるとネイスが再びオグラスの頭をはたく。


「まったく後輩に示しがつかんだろうが」

「まず注意しろよ。普通は警告が先だろ」

「お前には警告するよりも行動に移した方が余程早い」


 ネイスのにべもないという返答にオグラスは憮然とした表情を浮かべる。その様子を見てアディル達はもはや何度目かの苦笑を浮かべる。王都を出発してから何度もこの類のやりとりを灰色の猟犬グレイハウンドはくり返していたのだ。

 苦笑を浮かべながらもアディル達は灰色の猟犬グレイハウンドへの警戒を解いてはいない。


(なんか……嘘くさいんだよな)


 アディルはオグラスやネイスのやり取りについて、ややわざとらしさを感じていたのだ。まるで他の感情を隠すためにおちゃらけているようなそんな印象なのだ。アディルにしてみれば確信があるわけではないので警戒を解くわけにはいかないのだ。


(ん? 何か来る……)


 アディルがこちらに向かってくる何者かの気配を感じるが、アディルはそれをおくびにも出さない。灰色の猟犬グレイハウンドに対して実力を見せるのは現時点ではデメリットの方が大きいという判断からだ。ヴェル達もアディルが反応しない事から同様に気付かないフリをする事にしていた。


「ん? ……右側から何か来るぞ」


 ムルグの声が発せられるとネイス、オグラス、アグードの雰囲気が一瞬で変わる。先程までの緩い雰囲気は一瞬で消え去り代わりに張り詰めた雰囲気へと変わる。


「ムルグさん、魔物ですか!?」


 アディルの声にはやや緊張の成分が含まれていた。もちろん演技であるが、どうやらムルグは違和感を感じなかったようですぐさま仲間達に指示を飛ばした。


「いつもの通りやるぞ。前衛は俺とネイス、オグラスは遊撃、アグードは牽制を頼む。アディル君達はアグードをガードしてくれ」

「「「「「わかりました!!」」」」」


 ムルグの言葉にアディル達は即座に返答する。アディル達としてもこちらの手の内を晒すことなく灰色の猟犬グレイハウンドの実力を測ることが出来るので願ったり叶ったりであった。


「来たぞ!! ゴブリンとオーガ……いや、オーガロードか」


 ムルグの言葉に全員の視線がそちらに向かうとゴブリンが十数匹、オーガが五匹程現れた。正確に言えばゴブリン達を追ってオーガ達が現れたと言う感じだ。


「あいつら……殺し合いの真っ最中か……」


 ムルグの言葉通りオーガ達はゴブリン達を背後から襲い次々と命を奪っている。ゴブリンとオーガは、魔物の中でも亜人種に分類される。亜人種は場合によっては共闘もするが利害の不一致により戦いに発展することは多々ある。その辺りは人間と全く変わりない。今回のゴブリンとオーガの戦闘もその一例であろう。


「無駄な戦闘を避けるために逃げるか?」


 ネイスの問いかけにムルグは首を横に振ると返答する。


「いや逃げても追いつかれるし、ここで消耗したオーガを斃した方が良いだろう。オーガロードもいることだしな」

「了解だ」


 ムルグの返答にネイスは簡潔に答えると盾を構える。


(この陣営ならオーガの一体は俺達が引き受けることになりそうだな。それともオーガロード込みのオーガの群れ五体ぐらいは簡単に相手取れるのか?)


 アディルがそう考えてる間にもオーガ達はゴブリンを次々と屠っていく。このオーガ達の戦法は恵まれた体格を活かして強大な膂力で敵を粉砕するというものである。亜人種にも個性があり、投擲武器が得意な者、俊敏な動きで戦う者、魔術師タイプすらいるのだ。


「アグード!! 頼むぞ」

「任せてくれ!!」


 ムルグの言葉にアグードが魔術の詠唱に入る。アグードが魔術の詠唱に入った時、最後のゴブリンがオーガに地面に叩きつけられて、そのまま手にした棍棒を振り下ろされるのがアディル達の目に入った。

 ぐしゃりという音が聞こえそうな一撃をくらったゴブリンの頭が潰され、血なまぐさい戦闘が終わった。ここでオーガ達が引いてくれれば何の問題もなかったのだが、オーガの一体が一回り大きなオーガロードに向かってこちらを指差しながら何やら声をかけるとオーガロードはこちらを向いて咆哮するとオーガ達はアディル達に向かって駆け出してきた。


(来たな……)


 アディルはチラリとヴェル達に視線を移すと全員がアディルの意図を察したように頷いた。四人もアディルのように灰色の猟犬グレイハウンドの実力をきちんと見分けるつもりだったのだ。しかも、自分達の手の内を晒すことなくである。ヴェルとアリスが自分達を“魔術師”と名乗ったのはその現れであった。


「ヴェル、アリスも魔術をいつでも放てるようにしていてくれ!!」

「「了解!!」」


 アディルの言葉にヴェルとアリスが即座に答える。アディルは次にエスティルに言う。


「エスティルは俺と一緒にヴェル達三人とアグードさんの護衛だ」

「うん!!」

「エリスも俺達の後ろに控えてくれ」

「わかったわ!!」


 アディルの指示に四人は快諾するとアディル、エスティルが後衛組の前に出て後衛組を護衛する。


「【火球ファイヤーボール】!!」


 向かってきたオーガ達にアグードが火球ファイヤーボールを放つ。放たれた数個の火球ファイヤーボールは成人男性の頭部ほどの大きさの火球となりオーガ達に向かって行く。

 放たれた火球を先頭を走るオーガが手にしていた棍棒で一つの火球を刎ね飛ばそうとした瞬間に火球が爆発しオーガの右腕は炎に包まれた。


『ガァァァァァァァ!』


 腕を炎に包まれたオーガが絶叫を放ち地面を転がって炎を消そうと試みるが炎は中々消えなかった。他の火球も地面に着弾すると一斉に炎を上げる。炎が立ち上った事でオーガ達の勢いは減殺された。


「「【魔矢マジックアロー】!!」」


 そこにヴェルとアリスの魔矢マジックアローが放たれる。放たれた魔矢マジックアローはヴェルとアリスを合わせて二十本に満たない。もちろん手加減した本数を放ったのである。シルバークラスの魔術師であれば一度に放てる魔矢マジックアローの平均は六~七本である。二人はそれを考えて平均よりも一~二本多いぐらいの魔矢マジックアローを放ったのだ。

 放たれた魔矢マジックアローはオーガ達に命中したがオーガ達の命を奪うには至らない。流石に無傷とは言えなかったがそれでも致命傷には程遠い状況である。もちろんこれも威力を意図的に弱めた結果であった。


 だが、オーガ達の勢いは完全に失われた。そこにムルグ、ネイス、オグラスの三人が斬り込んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る