移動①

 アディル達がハンターギルドに到着した時にはまだ灰色の猟犬グレイハウンドの面々はいなかった。


「待ち合わせの時間までもう少しあるし、みんなに確認しておきたい事がある」


 アディルがそう言うと全員の視線がアディルに集まった。


「今回は灰色の猟犬グレイハウンドが一緒だから俺達も徒歩にした方が良いと思う」


 アディルの言葉にヴェルがすかさず答える。


「どうして?と言いたい所だけどエスティルの術をバラすのは止めておいた方が無難よね」


 ヴェルの言葉にアディルも頷く。


「そういう事だ。灰色の猟犬グレイハウンドがどのような人達か不明だからな」


 そこにエスティルが納得の表情を浮かべながら返答する。


「そうね。何と言っても今回の件は灰色の猟犬グレイハウンドから持ってきたものね」

「あからさまに妖しいわよね」

「私達の能力を探りに来てるのか……それとも、私達の誰かを狙ってるかも知れないわね」

「もしくは単に私達と組むつもりなのか……」


 四人もアディル同様に灰色の猟犬グレイハウンドを警戒していたのだ。今回の任務は洞窟が自然物か人工物かを確かめるというそれほど難しいものでは無い。にも関わらずアディル達を誘うのは妖しいと思わざるを得ない。

 増しては灰色の猟犬グレイハウンドは黒い噂のあるチームである以上、警戒するのは当然であった。


「それじゃあ、みんな警戒を怠らないという方向で行こう。ただし相手が俺達に危害を加えようとした場合は容赦はしない。優先するのは俺達だ」


 アディルの言葉にヴェル達も頷く。これはアディル達の基本原則の一つである。ここを間違えると仲間が死ぬ事を全員が知っているのだ。


「ん……来たみたいよ」


 エリスが言うとエリスの視線の先にアディル達の視線が集中すると四人の男が歩いてくるのが見える。アディル達に話をもってきたムルグが四人の中に含まれている事から灰色の猟犬グレイハウンドであるのは間違いないだろう。


「遅れてすまんな」


 ムルグは開口一番にアディル達に謝罪してきた。


「いえ、時間通りですよ。俺達の方が早く来すぎたみたいです」

「ははは、そう言ってくれると助かるよ。改めて自己紹介させてもらうよ。俺はムルグ、灰色の猟犬グレイハウンドのリーダーだ」


 ムルグはそう言うと右手をアディルに差し出してきた。会うのは二度目であるが丁寧な物言いにアディル達は少しばかり意外な印象を受ける。ムルグの頬に入った刀痕が凶悪な印象をアディル達に与えていたのだが、言葉などは至極穏やかなものだったのだ。


「あ、ご丁寧にどうも。俺はアディルと言います」


 アディルが名乗りながら差し出されたムルグの手を握る。アディルが名乗ると四人も自己紹介を始める。


「私はエリスといいます。プラチナランクの治癒術士です」

「私はヴェルティオーネと言います。シルバーランクの魔術師です」

「エスティルと言います。シルバーランクの剣士です」

「アリスです。私もシルバーランクの魔術師です」


 アディル達が自己紹介すると灰色の猟犬グレイハウンドの残りのメンバーも自己紹介を行う。


「俺はネイスだ。みりゃ想像つくだろうが俺は前衛だ。戦いになればまず俺が前線に立つからお前らは迂闊に俺より前に出るなよ」


 ネイスと名乗った男は自分の身長ほどの巨大な盾を持った男である。短く刈り込んだ頭髪に筋骨逞しい堂々たる体躯を持つ大男であった。


「俺はオグラスっていうんだ。よろしくね。それにしてもみんな可愛いな。どうだい俺と一晩付き合ってみないかい?」


 オグラスと名乗った男はニコニコと笑いながらアディル達に挨拶する。アディル達は苦笑しながらオグラスに頭を下げる。オグラスは腰に双剣を差しており俊敏そうな印象であった。


「まったく……オグラス、いつも言っているだろう。あんまり軽い挨拶をすると俺達も軽く見られると……」

「うるせえよ。小言は後にしてこの子達に自己紹介しろよ」

「……まったく。すまんな君達、私はアグードだ。魔術師と治癒術士を兼任している」


 アグードはため息交じりにアディル達に自己紹介を行う。黒いローブに身を包み、魔術師の持つロッドを持っている。魔術師というイメージそのものの格好をしている。


「それにしても皆さんは荷物が少ないようですが、ひょっとしてみなさんにも神の小部屋グルメルが使える人がいるわけですか?」


 アディルが灰色の猟犬グレイハウンドに尋ねるとアディルの言葉にリーダーのムルグが返答する。


「も……と言うことは君達も神の小部屋グルメルが使えるのか?」

「はい。俺とアリスが使えます」


 アディルの返答にムルグ達は感心したような表情を浮かべる。


「二人もいるのか。それは心強いな。俺達はアグードが使える」

「そうですか。さすがにミスリルクラスのチームともなると、やっぱり神の小部屋グルメルは必須なんでしょうか?」


 アディルはムルグに尋ねるとムルグは頷く。


「もちろんだ。ミスリルクラスのハンターになれば任務の難易度は桁違いに上がるからね。少ない労力で大量の荷物を持ち運びできる神の小部屋グルメル持ちは重宝されるよ」


 ムルグの返答にアディルは頷くと仲間達を振り返ると妙に弾んだ声で言う


「なるほど、よし俺達もミスリルクラスになれるように頑張ろうぜ!!」

「もう、アディルったらいきなりテンション上げないでよ。みんなビックリするじゃない」


 アディルの言葉にエリスが呆れたように言うと灰色の猟犬グレイハウンドのメンバー達も笑い声を上げる。


(お前らがミスリルになることはねぇよ。今のうちにヘラヘラと笑ってろ)


 ムルグ達は表面上は好青年のように笑っているが心の中ではアディルを嗤っている。


 その一方で……


「え~だってよ。ミスリルクラスの人達が組んでくれるって中々無いことだからさ」


 アディルが妙にテンションを上げて言う。その様子にヴェル達は苦笑を浮かべている。しかしその表情はまったく声とは異なっている。アディルは指でアグードを指差しているのだがアディルの体の死角になっているため灰色の猟犬グレイハウンドからはその様子が見えていない。


(みんな……こいつらが牙をむいた場合は魔術師からだ……)

((((わかってるわ))))


 アディルが指を差している事の意味をヴェル達は全員正確に察していた。アグードは魔術師、治癒術士、神の小部屋グルメル持ちとここまで揃えば間違いなく|灰色の猟犬の生命線である事は間違いない。もし、実力及ばず撤退する場合にまずアグードを始末する事で追跡を困難にしておく事を確認したのだ。


 アマテラスと灰色の猟犬グレイハウンドは表面上は誠に穏やかにしかし裏ではまったくそうでない。

 ただ、この状況はアディル達が少しばかり不利なのは間違いない。なぜならアディル達は灰色の猟犬グレイハウンドが自分達の事を殺そうとしているのを疑惑、いや用心しているという段階だからだ。それに対して灰色の猟犬グレイハウンドは殺そうとしているのは確定している。これは似ているようで大きな違いがある。


 この意識の差がどのような結果になるかはこの段階では誰にもわからなかった。

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