王都篇 エピローグ

 ヴァトラス王国の王城の一角にある王家の居住区で四人の男女が茶会という名目で会議を行っている。表面上は和やかなものであるのだが、話の内容との乖離は凄まじいものである。


「さて、ジルドからの報告では悪食王ガリオンドを斃した者の正体が確定したのだな」


 ヴァトラス王国国王のレグレスが息子の第一王子であるアルトに問いかけるとアルトが書類を読み上げる。


「はい。ジルドからの報告によると悪食王ガリオンドを斃したのは“アマテラス”という新人のハンターチームだそうです」

「新人?」

「ええ構成人数は五人、ゴールドクラスの冒険者が一人、ブロンズ二人、スチール二人という内訳になっています」

「ふむ……そのような者達が埋もれていたとは」

「はい、全員が十五か六という若いチームらしいですので実力とランクが離れる事もあるのだと思います」

「まぁそれは仕方がないか」


 アルトの報告にレグレスは納得の表情を浮かべた。特殊な事例をあげて制度を構築するのは不可能な以上、仕方の無い事である。


「父上にもアルゼイルから報告が上がっていると思いますが、ジルドが近衛騎士団の訓練所でアマテラスのメンバーと立ち会ったらしいです」

「うむ、その件は把握している。そのアマテラスのメンバーはジルドと互角に戦ったらしいな」

「はい、辛うじてジルドが勝利を収めたと言う話ですが、その後ジルドも倒れ込んだという話です」

「末恐ろしいな……そのジルドと戦った者は、ヴァトラス王国を探してもジルドとそこまで戦える者など五人とおるまい」


 レグレスの言葉に頷いたのはアルトだけではなく、妹のベアトリス、王妃のヴィクトリスもであった。ジルドは引退した身であるがその実力の高さは王族達も認めている。特にアルトとベアトリスにしてみれば武術の師という一面もありその実力を侮る者など誰もいないのだ。


「それほどの実力者が他の貴族に囲われるのは避けたい所だな」


 レグレスの言葉にアルトは首を横に振る。


「それは心配ないようです。ジルドの報告によると彼らアマテラスの目的は権力、金ではないようです」

「それではその者達の目的は?」

「はい、“強い者”と立ち会うことらしいです」

「強者との立ち会いだと?」

「はい、ジルドの報告では現段階で強い者と立ち会うという事が行動原理とのことです」

「なんだそれはまるで……いや、まさかな……」

「父上?」

「いや、何でもない」


 レグレスの反応にアルトは首を傾げるが、先を促された以上そのまま続ける事にする。


「また、ジルドの報告では無理矢理力で押さえつけようとすれば反発するというのがジルドの見立てです。権力には阿ることはしないという性格のメンバーが集まったみたいですね」


 アルトの報告にベアトリスが口を開く。その声には隠しきれない興味がある。


「ねぇアルト、そのアマテラスというチームに会いに行かない?」


 ベアトリスの言葉にアルトはため息をつく。


「駄目に決まってるだろ。お前はもう少し立場を考えろよ」

「だってそんな面白い人達に会いたいというのは人の性でしょう?」

「人の性と言うよりもお前の性だろう。あんまり自分を基準に人間を語らない方が良いと思うぞ」

「本当の所はアルトだって興味はあるでしょう?」

「そりゃ……ジルドと互角に戦えるような人材と聞けば興味もわくだろ」

「ねぇ……ちょろっと抜け出してからその人達に会いに行こうよ」


 二人の会話を聞きながらレグレスとヴィクトリスは苦笑を浮かべる。


「二人とも今は・・止めときなさい」


 ヴィクトリスの言葉はやんわりとしているが二人はバツの悪そうな顔をして素直に頷く。アルトとベアトリスにとって母ヴィクトリスは恐ろしい人物であったのだ。そんな恐ろしい女性に無策で突っ込むような愚かな事は二人はしない。

 それにヴィクトリスの“今は”という言葉から時期が悪いというだけの事であり、会いに行くこと自体は否定していないのだ。そのため二人はヴィクトリスの言葉に素直に従ったのだ。


「それでは悪食王ガリオンドの件はこれで終わりだな。ジルドには今後何か起こった場合には連絡を入れるように指示をしておくように」

「「はい」」


 レグレスの指示をアルトとベアトリスは素直に頷いた。もとよりそのような方法をとるつもりであったのだ。


「それでは、次は私の話ですね」


 ヴィクトリスが次の話題を提供する。ヴィクトリスの言葉に全員の視線がヴィクトリスに集中する。


「レムリス侯爵家が最近おかしいわよ」


 ヴィクトリスの言葉にレグレス達は目を細める。


「おかしいとは?」

「各パーティーにヴェルティオーネ嬢が一切顔を出してないのよ」

「ヴェルティオーネ嬢? ああ、あの綺麗な令嬢ね」

「そう、レムリス侯が政略結婚の道具にしようとしていた令嬢よ」


 ヴィクトリスの声はレムリス侯への嫌悪感に満ちており、レムリス侯への好意は一切感じられない。家族を愛する王妃ヴィクトリスにとって娘を道具として扱おうとするレムリス侯に嫌悪感を持つのはある意味当然であった。

 もちろんヴィクトリスも貴族社会を生きる女性であるために政略結婚は容認せざるをえないのだが、感情がどうしても嫌悪感を持ってしまうのだ。


「そのヴェルティオーネ嬢が二ヶ月ほど前から一切姿を見せない……そして、闇ギルドですね?」


 アルトがヴィクトリスに言うとヴィクトリスは静かに頷く。


「その通りよ。ヴェルティオーネ嬢が姿を見せなくなって闇咬やみかみに何かしら依頼をしたのは間違いないわ」

「闇咬はすでに毒竜ラステマによって壊滅してます」

「闇咬に生存者は?」


 ヴィクトリスの言葉にアルトは静かに首を横に振る。


毒竜ラステマと戦った者達の末路はどれも同じね。あの変態サディストが大層嬲ったのでしょうね」


 ヴィクトリスの言葉に三人の同席者達は小さく頷く。ヴィクトリスの言葉通り、闇咬のメンバー達が苦しみ抜いて死んだのは間違いないだろう。不幸を撒き散らす闇ギルドの最後はろくなものでは無い。今までの行いの報いを受けているという認識なので闇咬に同情するようなものは今羽には誰もいない。そしてレグレスが口を開く。


「ふむ……毒竜ラステマは今後我らに牙をむく事も想定しておかねば成らんな」


 レグレスの言葉を三人は黙って聞いている。


「アルト、ベアトリス……お前達は毒竜ラステマが我々に牙をむかないように何らかの手を打て」

「「はい!!」」


 レグレスの言葉にアルトとベアトリスは即座に返答する。次いでレグレスはヴィクトリスに視線を移すと静かな声で言う。


「ヴィクトリスはレムリス侯爵家に目を光らせておいてくれ。よからぬ行動を取る可能性がある。それが外国勢力と結びつくような事があれば厄介な事になる」

「わかりましたわ」


 ヴィクトリスも顔を綻ばせながらレグレスに答える。


 そこで今回の国王一家の茶会は終わった。

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