説明①
アディルとジルドの立ち会いはジルドの勝利で幕を閉じた。だが勝利者であるジルドも決して無傷というわけにはいかなかった。アディルの放った左掌の一撃のダメージは相当なものであり、立ち会いが終わるとジルドもまた倒れ込んだのだ。
その様子に驚いた近衛騎士達も騒然とし、アディルとジルドをすぐさま救護室に運び込まれ治癒術士により手厚い治療が行われた。
もちろんアディルの方はエリスが治癒を行い、近衛騎士団に所属する治癒術士達もエリスの治癒の腕前に感心していた。軍に所属する治癒術士が感心する腕前であるエリスの治療によりアディルは次の日には起き出すことが出来たのだった。
ジルドの方も同様に翌日には起き出すことが出来るようになっていた。アディルとジルドが起き出すことが出来るようになった事でアディル達はジルドに今までの事情を確認することになったのだ。
アディル達はジルドの店で事情を確認するために互いに向かい合っていた。かといってアディル達のジルドを見る目に敵意は一切浮かんでいない。それどころかジルドから事情を聞くのを今か今かと楽しみにしているという状況であった。
アディル達の期待に応えるようにジルドは口を開いた。
「さて、それでは事情を話すとするかの……その前に確かめたいことがあるんじゃが」
「はい」
「お前さん達は一月程前に
「斃しましたよ」
ジルドの問いかけにアディル達は頷く。別に隠すような事も無いためにアディルは正直に答える。その答えを聞いてジルドは“はぁ……”とため息をついた。
「あの……
ジルドの反応にアディルは斃してはいけなかったのかと心配になりジルドに尋ねるとジルドは慌ててそれを否定する。
「いや、そうではない。儂が正直に君達に聞いておけばここまで話がこじれることも無かったと思ってのぅ」
ジルドの言葉にアディル達は顔を見合わせる。ジルドは苦笑を浮かべながら話し始めた。
「実は、今回の件は
「つまり……俺達ですか?」
「うむ……
「「「「「はい」」」」」
ジルドの問いかけにアディル達は頷く。
「ところがハンターギルドに調査をしたが
「えっと……不安になる……ですか?」
エリスが自信なさげに答えるとジルドはその通りとばかりに頷いた。どうやらエリスの答えは及第点に達していたらしい。
「そういう事じゃ。不安になった儂の雇い主は
ジルドの言葉にアディル達は納得の表情を浮かべる。確かに強力な魔物を斃せるような実力者が犯罪行為に及んだ場合は被害が凄まじいものになる。そのために雇い主が正体を探ろうとするのは納得のいくことであった。
「それじゃあ、ジルドさんは国家に雇われているというわけ?」
アリスの言葉にジルドは頷くと少しばかりの訂正を行う。
「まぁ“元”じゃな。今は引退して妻とこの店を切り盛りしている店の爺じゃよ。今回の件は臨時的に受けただけじゃよ」
ジルドの言葉にアディル達は苦笑する。ただの爺というにはジルドの実力はマリにも高すぎるというものであったからだ。
「ジルドさん、あなたの雇い主はやはり王族なんですか?」
ヴェルの言葉にジルドは頷く。
「まぁ今までの話の流れ、連れて行った場所が近衛騎士団の訓練所となれば王族とのつながりを考えられても仕方ないの」
ジルドは続けてアディル達に向けて言う。
「当然じゃが、ハンターギルド、王都中の宿屋にも人員を配置し、この一ヶ月の間にこの王都に来た者達はチェックしておる」
「……ひょっとして、ジルドさんのように部屋を貸そうとしている人達の中にも同じような命令を受けている人がいるわけですか?」
アディルの言葉にジルドは頷く。
「それはもちろんじゃ。儂の家は張り巡らされた網の一つにすぎんよ」
ジルドの言葉にアディル達は納得する。いくら何でもピンポイントでアディル達を網にとらえるなどというのはあり得ない。数ある網の中に一つにアディル達は引っかっただけであり、ジルドの部屋を借りたのは単なる偶然に過ぎないのだ。
「でも、それならどうして
ヴェルは首を傾げながら言うとアディルがジルドの代わりに答える。
「多分、ジルドさんは部屋を借りに来る連中を調査していたんだと思う」
「どういうこと?」
アディルの意見にヴェルは首を傾げる。
「つまりな。
「なるほどね……ん……ということは私達が来た時に蒼の連中が来たのって……」
「近くで見ていたんだろうな。じゃないとあそこまでタイミング良く現れるはず無い」
アディルがそう言い終わると全員の視線がジルドに集中するとジルドは満足そうに頷いた。
「まったくその通りじゃよ。ついでに言えば君達がまともな社会生活を営むことが出来るかの確認も兼ねておった」
ジルドの言葉に全員が首を傾げる。ジルドの言葉の意図するところがわからなかったのだ。
「まぁ社会生活などというと大げさじゃが、例えば蒼の連中を追い払う時に実力で追い払うとしてどこまでやるかという事じゃった。蒼の連中は粋がっているが実力的にはそう大した事はない。そんな連中を追い払うのに刃傷沙汰を引き起こすような場合は危険人物と断定するのは当然じゃろう」
「なるほど……もし刃傷沙汰になった場合はジルドさんが止めたと言うわけですね。それじゃあ、ゴーディン商会を黒幕として名指ししたのはどうしてです?」
アディルはもう一つ不思議だったゴーディン商会について尋ねる。会長のアーノスという人物は商会員の人達の反応から考えると相当な人格者だ。それを黒幕扱いしているのはやり過ぎだと非難の気持ちが少なからずあった。
「察しの良い君達ならわかってるのでは無いかな?」
「それはアーノス=ゴーディンという方もジルドさんと同じ人に雇われている。つまり同僚であると?」
アディルの言葉にジルドは笑う。その表情は何となく教師が出来の良い生徒を褒めるような印象であった。
「その通りじゃよ。アーノスもまた儂と同じように王族に雇われておる」
「でもそんなゴーディン商会にとって悪い噂が付きまとうのは何故なんです?」
「理由は二つ。一つはライバル商会が陥れるために流した噂、もう一つは王族が敢えてそれを放置しているのだ」
「どうしてそんなことを?」
アディルは首を傾げながらジルドに問う。ヴェル達も同様の視線をジルドに向けておりその理由を知りたいという表情を浮かべている。
「ゴーディン商会に黒い噂があればどのような連中が近付いてくる?」
「え?」
「同じ穴の
「つまり……犯罪者達を釣り上げるため?」
「そういう事じゃよ。その見返りとしてゴーディン商会にはいくつかの特権が与えられておる。それは黒い噂など些細な事と割り切れるほどの大きなものじゃ」
ジルドの説明ではゴーディン商会は王族の諜報機関の側面を持っているとの事だ。しかし、それでは身の潔白を証明するために関係機関に調査を依頼した事と矛盾を生じることになる。そこでアディルはジルドに尋ねる事にした。
「でも商会員の方が身の潔白を証明するために調査を依頼したと聞きましたが?」
「それは対外的なものではなく。商会内の者達に示すために行った調査じゃな。アーノス自身は高潔な男じゃ。元々、王族と関係を持ったのもどこかの村の救援を行おうとして領主と揉め、その対策として王族に近付いたと言う話じゃったからの」
ジルドの返答にアディル達は理解を示す。ジルドの言う救援しようとした村こそエラムの故郷の村というわけだろう。領主としては価値のない村の救援をゴーディン商会が行う事自体は構わなかったのだろうが、それが自分への批判に繋がることを避けたかったのだろう。領主と商人ではその力関係は明らかでありゴーディン商会は泣き寝入りするしかないはずであった。
しかしゴーディン商会は王族を味方につけると領主の反論を封じたわけだ。ひょっとすると王族の方でも領主の政治に口出す機会を狙っており、これ幸いとゴーディン商会を支援したのかも知れない。
「想像以上にやり手だな……この国の王族は……」
アディルの口から自然と王族に対する印象が発せられる。その声には賞賛と畏怖が混ざり合ったものである。アディルの意見にヴェル達も同様に頷く。
「ジルドさん、一つ質問があります。答えられなければ答えなくても結構です」
「なんじゃな?」
「ジルドの雇い主の王族というのは誰です?」
「そうじゃな……ゼロ、一、二、番外とだけ伝えておこうかの」
ジルドの言葉にアディルは頷く。二人のやりとりを見てヴェル達は首を傾げる。ジルドの解答は何の事か今一わからなかったのだ。
(何かの暗号かしら?)
(さぁ?)
(アディルはわかったみたいだから。後で聞くとしましょう)
(((うん)))
「さて、事情はわかりました。それじゃあ、これからも俺達に部屋を貸していただけるんですか?」
アディルの問いかけにヴェル達も視線をジルドに向ける。実の所王族云々は話がでかすぎるし、強者と戦う事を望むアディルにしてみればどうでも良い事だ。それよりも王都での拠点をもう一度作り直す手間暇を考えれば、ジルドから部屋を借りれるかどうかの方がよほど大切であったのだ。
「それはもちろん大丈夫じゃよ」
「「「「「やった~♪」」」」」
ジルドの返答にアディル達は喜びの声を上げる。その様子を見てジルドは顔を綻ばせた。
「儂の事情はこんな所じゃな。それじゃあアディル君に教えて欲しい事がある」
「なんでしょう?」
次にジルドがアディルに質問を始める。
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