VS ジルド④

 ジルドの操作する傀儡がアディルに襲いかかる。その速度は凄まじいの一言でありアディルとの間合いを一瞬で詰めると左腕をアディルに振り下ろしてくる。アディルは慌てること無く傀儡の動きに反応するとアディルは横に体をずらして、それをあっさりと躱した。

 第一撃を躱された傀儡であったが、さらに追撃を行い今度は右腕で逆水平を放つ。この一撃の速度も凄まじいものであったがアディルはそれを難なく躱す事に成功する。

 両腕の攻撃を躱したところでアディルは反撃に出る。天尽あまつきを構えるとアディルは傀儡に斬りかかろうとした。


(ん?)


 踏み込もうとしたアディルの首筋にゾワリとした感覚が走った。アディルはそこで踏み込むのを思いとどまった時、傀儡の腹の後ろから折りたたまれた鎌がアディルに向かって放たれた。放たれた鎌はアディルの鼻先を掠めると再び背中の方に折りたたまれて収納された。


(あっぶね!!)


 アディルの背中に冷たい汗が流れる。あのまま突っ込んでいてもアディルの反射神経ならば受け止める事は可能だっただろう。だが、受け止めるという事に一手を使う事はそのまま傀儡の次の攻撃を放つ間を与えてしまう。そうなれば流れが一気にジルドに移ることは確実であった。

 しかもジルドは右腕が完全にフリーとなっている。アディルはジルドの操る傀儡が一体だけという事などまったく思っていない。


(来る……!!)


 アディルが感じた瞬間、傀儡が間合いを詰めるとアディルに先程同様に左腕の打ち下ろしを放ってきた。

 アディルはその討ち下ろしを躱しながら天尽を振るう。アディルの斬撃は傀儡の左腕を斬り落とすとそのまま返す刀で傀儡の胴を両断した。

 両断された傀儡の上半身が地面に落ちた瞬間にアディルの頭部に衝撃が走る。


「つぅ……」


 アディルが衝撃を感じた方向を見ると底には予想通りジルドが立っている。ジルドはアディルが傀儡を斃した瞬間を狙って間合いを詰めるとアディルに一撃を見舞ったのだ。ジルドは楽しそうにアディルに向かって声をかける。


「さて、アディル君……そろそろ君の業をみせてくれんかな? 年寄りばかりに手を晒させるというのは感心せんな」

「いてて、お言葉ですが意識して出さなかったわけじゃありませんよ。披露する間がなかっただけです」


 アディルはジルドの言葉に苦笑しながら返す。実際に戦いが始まってからのここまでの流れは完全にジルドが握っている。アディルは流れをつかむために抗っているのだが、流れを変えるまでには至っていないというのが実情だったのだ。


「そうかのう……? 例えば最初に倒れ込んだ時にそこに小さな釘のようなものを突き刺しておるのは何かの意図があると思うのじゃがな?」

(バレてた……か)


 ジルドの指摘にアディルは心の中で呟く。アディルはジルドとの二度目の攻防で前蹴りを受けて地面に転がったときに立ち上がるまでの時間に小さな釘を打ち込んでいたのだ。アディルの打ち込んだ釘は単に光と音を発するだけのものである。戦いの最中においてジルドの意識を一瞬でも逸らしてくれればという思いから仕掛けていたのだが、バレている以上その効果は期待できない。


「単に音と光を発するだけですよ。ジルドさんの意識を逸らさせようと思ったんですけど不発に終わりましたよ」


 アディルの言葉にジルドは感心したように頷いた。


「なるほどの……だが、そんな小技ではないのも儂は感じるな」

「まぁ、俺も何も備えもなくジルドさんに挑むわけ無いですよ」

「ふむ……それじゃあ期待させてもらおうかの……」


 ジルドは再び魔法陣を展開させると再び傀儡を顕現させた。ジルドは先程と同じように傀儡に魔力で形成した糸を指先から傀儡に繋げた。繋がった傀儡はアディルに襲いかかった。


 アディルは懐からを取り出すと傀儡に向けて放る。放られた符から二体の鎧武者が現れる。


「む……」


 見たことの無い鎧武者の姿にジルドは一声だけ発する。だが取り乱すことはせずに傀儡を二体の鎧武者に向け動かすと拳を鎧武者に叩きつけた。顔面に拳を向けた鎧武者は頭部を破裂させると塵となって消え失せた。

 その瞬間にアディルは傀儡との間合いを詰めると上段から天尽を振り落とすと傀儡を頭部から真っ二つに両断した。


「ぐ……」


 アディルが傀儡を両断した瞬間に右胸に衝撃を受ける。ジルドもまたアディルが動いた瞬間に動いており前蹴りを放ったのだ。アディルはジルドの前蹴りを斬撃への打ち終わりを狙われたために躱す事は出来ずにまともにくらったのだ。

 今度の前蹴りの一撃は一撃目よりも遥かにアディルに深刻なダメージを与えていた。備える事の出来なかったアディルはジルドの前蹴りに胸骨を砕かれたのだ。


「ふむ……勝負ありかの?」


 ジルドの言葉にアディルは顔を顰めながら立ち上がる。アディルの顔を見たジルドはすぐに前言を撤回する。


「まだまだ……気力が衰えておらぬようじゃの。君の年齢でそこまで心が折れないのは素晴らしいの」


 ジルドの言葉には一切の嘲りはなく本心からアディルを賞賛している事を示している。


「心が折れないのは年齢は関係ないでしょう? 大人でもあっさりと心の折れる連中を何人も見てきましたよ」

「確かにそうじゃの。君の年齢云々は撤回させてもらうよ。君は年齢に関係なく心身共に強いな」

「いえ、そんな風に褒められるとこっちも対応に困るんですけど」

「まさにそれが狙いじゃよ」


 アディルの苦笑にジルドは人を食ったような表情を浮かべて言う。


「まぁ、心は折れていないのは確実じゃが、君の胸骨は砕けておるのは確実じゃろう? ここらで降参するというのも兵法としては当然の選択じゃと思うがの」


 ジルドの言葉にアディルはニヤリと笑って返答する。


「いえいえ……ここで終わったら面白くないし、何より俺の業を見せてない」

「それでは見せてもらおうかの。あぁ、当然じゃがケガしてる所を狙わないなどという事は一切せんよ」

「当然でしょう。ケガしている所を狙わないなんてそんな舐めた真似だけは止めてくださいね。一気に冷めてしまう」

「安心したよアディル君が戦いにちゃんと向き合っているようでな。しかし、そこを逆手にとって君のテンションを下げるというのもまた一興じゃな」

「それ言わなければ間違いなく俺のテンションは下がりましたよ」


 アディルはまたもや苦笑するとジルドも笑う。ジルドは笑いを納めながらアディルへと襲いかかる。アディルも同時に動いた。


 アディルが動いた時に少しばかり顔を歪めるのをジルドは目にする。


(やはりアディル君の胸骨は砕けてる……なら少しでも早く終わらせてやらねばな)


 ジルドはアディルの体を気遣うと早期に決着をつけることを考える。それがジルドの攻撃に僅かながら慎重さを失わせたのも事実であった。


 ジルドの右拳をアディルは躱すと同時にジルドのこめかみに向かって柄頭で衝こうと放ったがジルドはそれを左腕で打ち払った。アディルの柄頭の一撃を弾き飛ばしたジルドはそのまま右拳をアディルの顔面に放った。


 ドゴォォォォォ!!


 アディルの顔面に放たれたジルドの右拳がアディルの顔面に直撃すると凄まじい音が周囲に響いた。周囲の観客はアディルの頭部が消滅する姿を幻視したかもしれない。

 だが、アディルの頭部は消滅などしていない。その姿にジルドは驚愕の表情を浮かべる。


「な……ぐっ!!」


 ジルドが驚きの表情と声をあげた次の瞬間にジルドの口から苦痛の声が漏れる。アディルの左掌がジルドの右脇腹に突き刺さっていたのだ。ジルドの放った右拳の死角からの一撃であり躱す事は出来なかったのだ。


(な、なんじゃ……この衝撃は……)


 またアディルの左腕は紫色に変色しておりジルドに放った一撃がただの左掌で無い事は明らかであった。

 ジルドの膝が折れるのを見てアディルは自分の勝利を確信する。だがジルドはそのまま倒れ込むことはせずにそこで止まった。


(違う……これは……ジルドさんは倒れ込もうとしたんじゃ無い。予備動作だ!!)


 アディルがそう感じた瞬間にアディルの胸部にジルドの肘が叩き込まれた。アディルは自分の胸骨が砕けるのを感じる。


「ぐ……」


 ジルドの動きはそこから速かった。一切の淀みなくアディルの顔面に掌を置いた瞬間にアディルの頭部に衝撃が走った。その一撃を受けたアディルは膝から崩れ落ちそのまま倒れ込んだ。


「勝負ありじゃの?」


 ジルドが倒れ込むアディルにそう言うと、アディルは力なく笑顔を見せると小さく言う。


「はい、今回・・は俺の負けです」


 アディルの言葉にジルドは顔を綻ばせる。それを見てアディルは意識を手放した。


 アディルの初めての敗戦であったが、アディルの表情は不思議と満ち足りたものであった。

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