VS ジルド③

「さて……いこうかの」


 ジルドは小さく呟くとまたもアディルの懐に一瞬で潜り込んだ。


(速い……いやこれは単純な速度の問題じゃ無い)


 アディルは懐に潜り込まれた事に対して戦慄する。ジルドに懐に潜り込まれるのは単に速度の問題では無かった。ジルドは初動の気配を極限まで消しており、どうしてもアディルはワンテンポ反応が遅れてしまうのだ。その一瞬の反応の遅れが懐にすんなり入られてしまう理由だったのだ。


「ち……」


 アディルはジルドの右拳を最小の動きで躱すとそのまま天尽あまつきの柄頭をかち上げジルドの顎先を狙う。ジルドはそれを読んでいたように躱すと空いた右脇に左正拳突きを放ってきた。

 放たれた正拳突きをアディルはかち上げた柄頭を振り下ろして迎撃する。アディルはわざと隙を作る事でジルドにそこを狙わせたのだ。ここまではアディルの狙い通りでありジルドは左腕を柄頭でしたたかに打ち付けられるはずであった。

 だが、ジルドはアディルを上回る行動に出る。左正拳突きを止めるとそのまま右肘をアディルの顔面に放ったのだ。


 ガギィィィ!!


 アディルは咄嗟にジルドの右肘を受け止める事に成功するがジルドはそこからさらに踏み込むと頭突きをアディルの顔面に叩き込んできた。ジルドの頭突きはアディルの左頬にめり込むとアディルはその威力に吹き飛ばされると地面に転がった。


「く……」


 アディルはすぐに立ち上がると追撃を行おうとしたジルドに向けて斬撃を放つ。ジルドはアディルの斬撃を背後に跳んで躱した。


(くそ……厄介だな……気配が一切無いから余計に速く感じられる)


 アディルは立ち会いが始まってから二回の攻防において二回ともジルドに後れを取っている。


(当然だがジルドさんはまだ本気じゃ無いな……様子見というところか……)


 アディルはそう判断すると今度は先手を取るためにジルドに斬りかかる。アディルもまた気配を極限まで消した上での斬撃であり、ジルドの表情が強張る。アディルが放った斬撃は二段突きだ。

 一段目は喉への突き、二段目は腹部への突きである。上下への振り分けは受ける側にとって避けづらいのは言うまでもない。しかもアディルの放った突きは気配を消してからのもの、そしてその速度も凄まじいものである。

 だが、ジルドはその凄まじい突きを躱す。一段目の喉への突きを最小の動きで躱すと二段目の腹部の突きも横に避けて躱した。


(まだまだ……)


 必殺の二段突きを躱されたアディルであったがアディルは動じること無く次の一手を打つ。その一手は足への斬撃である。足への斬撃は二段突きを躱している最中での斬撃でありアディルは今度こそ躱しきれないと思っていた。


(もらった!! 入る!!)


 アディルの斬撃はジルドの右太股を捕らえ斬撃が入る。


 ガギィィィ!!


「な……」


 しかし、ジルドの右太股に入った斬撃はアディルの考えていたものとは違う感触をアディルの手に伝えてきた。アディルの手に生じた感触は金属のものである。ジルドはズボンの布地の裏側に鎖を縫い付けており、魔力を通して強化していたのだ。


(鎖か……)


 アディルがそう感じた瞬間にジルドの前蹴りがアディルの腹部に決まった。斬撃が決まったと思っていたのに不発であったのとアディルが一瞬そちらに意識を向けた瞬間であり躱す事が出来なかったのだ。吹き飛ばされたアディルは先程同様に地面を転がった。

 本来であればここでジルドは追撃を行うはずであるが何故か思いとどまると倒れ込むアディルに声をかける


「今ので決まらんとは頑丈な子じゃのう」


 ジルドの驚嘆したような言葉にアディルはニヤリと嗤うと即座に立ち上がった。アディルの様子からは先程のジルドの前蹴りのダメージを伺うことは出来ない。その様子に周囲の近衛騎士団の団員達からも驚きの声が発せられた。


「ジルド様のあの蹴りを食らったのにダメージを受けてないのか!?」

「信じられん……」

「ああ、あの少年……ジルド様と互角に戦っているぞ」

「いや、互角では無いぞ。ジルド様にはあれ・・があるだろ」

「確かに……」


 騎士達の言葉を横に聞きながらヴェル達はアディルとジルドの戦いを見ている。


「アディルがここまで押されているのをみるのは始めてね」

「うん。ジルドさんが強いとは思っていたけどここまでの使い手とは思わなかったわ」

「でも騎士さん達の話だと、まだジルドさんには何かあるらしいわよ」

「アディル……」


 ヴェル達の声には不安が含まれている。四人ともアディルの強さを知っているがジルドの強さもまた凄まじいというべきものである。


「こんなに強い人間がいるの現実を私達はきちんと把握するべきよね」

「うん。明らかにここまでの使い手がいるという現実を無視するべきじゃ無いわよね」


 エスティルの言葉にアリスが即答する。エスティルもアリスも種族的には人間よりも強い魔族と竜族という種族であるが人間を見下す事は一切しない。それはアディルという自分達と互角に戦える存在、ヴェル、エリスのように急激に実力をつけ始めている仲間の存在が大きな影響を与えていることは間違いない。


「見て……ジルドさんの雰囲気が変わったわ」


 ヴェルの言葉に全員の視線がジルドに集中する。ジルドはアディルに向け口を開いた。妙に楽しそうな様子にヴェル達は二人の戦いはこれからが本番である事を察する。


「アディル君は強いな……儂が君ぐらいの時にはパワーとスピードで闘う事しか考えなかったもんじゃがな」

「俺の親父様の教えでしてね。パワーとスピードだけ・・に拘って闘うのはアホのする事だと教えてもらいました」

「ふむ……良い師匠じゃな」

「未だに及ばないので何とかあと三年で追いつかないといけないから困ります」

「あと三年?」

「はい、俺が旅に出たのは父を越えるためですよ」

「なるほどの……その一環として儂と立ち会いたいと言ったわけじゃな?」

「まぁそういう事です」

「ふはははは、そうかそうか。そういう事なら儂も協力してやらねばな」


 ジルドは嬉しそうに笑うとジルドの足元に魔法陣が顕現した。顕現した魔法陣から一体の傀儡くぐつが姿を現す。傀儡は二メートル程の尻尾があるが人型のものであり、関節部分には球体があり傀儡という印象を強くさせている。


「ジルドさんは傀儡使いドールマスターだったんですか……」


 アディルの問いかけにジルドは顔を綻ばせる。好々爺然とした表情こそ浮かべているがアディルはその奥底にある実力者の余裕を感じ取っていた。


「そういう事じゃ。まぁ古いタイプの傀儡じゃが中々の働きをしてくれるもんじゃて」

「でしょうね」


 ジルドは顔を綻ばせながら左手の五本の指から魔力で形成した糸を傀儡に繋げると傀儡の目が妖しく光る。


「ひょっとして片手で操るんですか? 傀儡使いドールマスターは傀儡を両手で操ると聞いた事があるんですけどね」

「儂はこうみえても器用なんじゃよ」


 アディルの言葉にジルドは返答する。その声には自信というものがみなぎっていた。


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