VS ジルド②

 翌日、アディル達はジルドに連れられて訓練場に向かっていた。ジルドの様子はいつも通りでありこれから立ち会うという感じは全くない。アディル達もいつも通りなのだが、自分達が現在歩いている場所について話し始めていた。


「ねぇこの辺って官庁街よね」

「うん。何か役人っぽい人達が多いから間違いないわよ」

「……ジルドさんの言う訓練場って国の施設という事?」

「と言うことはジルドさんは国の関係者と考えて良いわよね」


 ヴェル達は自分達が歩いている場所からジルドの正体について推理を始めたのだった。


「ねぇ、アディルはどう思う?」


 ヴェルの問いかけにアディルは笑顔を見せると返答する。


「その辺りの事も終わったら教えてくれるさ」

「それもそうなんだけどね。気になるじゃない」


 二人の会話にエリスが割り込んできた。


「そうだ、折角だからジルドさんが何者か賭けない?」


 エリスの提案にアディル達は頷くとそれぞれの持論を展開し始めた。


「俺は元傭兵で王族に雇われていると思う」

「アディルは元傭兵っと……ヴェルは?」

「私は治安維持関連のお偉いさんかな」

「ヴェルは治安維持のお偉いさん……と、エスティルは?」

「私は軍の情報将校だと思うわ」

「エスティルは情報将校……っと、アリスは?」

「う~ん……私は元凄腕ハンターで王族に雇われてる……かな」

「アリスは元凄腕ハンターっと……私は王族の密偵かな」


 全員の意見が出そろった所で、アディルが口を開いた。


「見事に全員の意見が割れたな。ところで当たった人にはどんな特典が?」


 アディルの言葉に女性陣は考える。


(ねぇ……勝ったがアディルとデートってのはどう?)

(ありね!!)

(よし!! いいわよ)

(わ、私は別にアディルとデートしなくても良いけど負けるのは嫌だから当然参加するわ!!)


 ヴェル達の声は小さくアディルとジルドには聞こえない。


「なぁ、お前ら何を賭けるか決めたのか? 俺だけ知らないのは不安にしかならないんだけど」


 アディルの言葉に慌ててエリスがアディルの質問に答える。


「銀貨一枚ずつはどうかなと思ったのよ。幸い全員答えがバラバラだから、一人正解で銀貨四枚ゲットよ」

「そんなに賭けるのか? 意外と大金を賭けるんだな」


 アディルの言葉にエリスは腰に手をやり宣言する。


「も、もちろんよ。生活費はあるから飢え死にするわけじゃ無いわ」

「ちょ、ちょっと……エリス」


 エリスの宣言にヴェルが小声で囁く。


(ねぇ、そんな大金を賭けるの?)

(もちろんよ。アディルとのデート資金にすればいいじゃない)

(な、なるほど)


 エリスはあっさりとヴェルを言い含めるとさらにエスティルとアリスにも囁く。


(もし、アディルが勝っても私達全員で食事すれば良いんじゃない?)

(((その手があったわ♪)))


 エリスの言葉にあっさりと三人は納得するとアディルに視線を移すとニッコリと笑う。アディルも真っ当な男子である。この四人のような美少女達に笑顔を向けられて嬉しくないはずは無い。


「「「アディル、銀貨一枚賭けるわよ!!」」」

「お、おう」


 三人の気合いの入った言葉にアディルは若干引きつつも了解する。エリスが背後でかなり黒い笑顔を見せており掌の上で上手く全員を転がした事に満足したような表情を見せていた。


「ふはは、エリスちゃんはやっぱりやり手じゃのう」

「えへへ♪」

「アディル君、精進せいよ」


 ジルドの言葉にアディルは首を傾げる。ヴェル達も同様であった。エリスが頼りになることは全員同意しているのだが、どうもそれだけではないものを感じたのだ。


「さて、見えてきたの」


 ジルドがそう言いながら指し示したのは広大な敷地を持つ建物である。その敷地の門に二人の門番が立っている。その服装はこのヴァトラス王国の軍服である事をアディル達は察する。ヴァトラス王国の軍服は黒を基調としたシンプルな軍服であるが袖口、襟などに生地と同じ黒色の糸で飾り付けをしており中々渋い感じの軍服である。

 ジルドの姿を見た門番は直立不動の体勢をとると頭を下げた。門番達は明らかにジルド相手に緊張しており、アディル達はそれがジルドの階級によるものなのか、それとも実力によるものなのかそれとも両方か判断はつかない。つかないがジルドがただ者で無い事だけは十分に確信できることであった。


 ジルドに連れられて中に入ったアディル達はそのままジルドの後ろを着いていくと簡単な手続きを済ませるとそのまま訓練場と思われる場所に向かった。


 訓練場は一辺が約七十メートル程の正方形の形であり、その周囲に一メートルほどの高さの壁がぐるりと取り囲んでいた。かなりの広さの訓練場であるが中で訓練を行う者は誰もいない。だが、その周囲にかなりの数の見物客が詰めていた。


「え~と……この人達は?」


 アディルの質問にジルドは苦笑しながら返答する。


「近衛騎士団じゃのう……あそこに見える偉そうな男がおるじゃろう」

「はい」


 ジルドの視線の先には綺麗に揃えられた髭を持つ三十後半の男がいる。身につけているのは一般的な騎士服であるが放たれる威圧感は遠く離れたアディルも感じる事が出来る。


「あいつは近衛騎士団団長のギュネイ=アルゼイルじゃよ」

「騎士団長自らが俺達の立ち会いをわざわざ見に来るんですか?」

「そういう事じゃのう」


 何でもないようにジルドは答える。


(いや……正確に言えば俺じゃなく……ジルドさんを見に来たというわけか。本当に楽しみだ。こんな凄い人が俺と立ち会ってくれるなんて何てついてるんだ)


 アディルはそう結論づけるとニヤリと笑う。わざわざ近衛騎士団のトップが見に来るほどの相手が手合わせをしてくれる事にアディルは喜びを禁じ得ない。


「うわぁ……思った以上に大事になっちゃってる」


 ヴェルの言葉に女性陣達が頷いた。エリスも頷いた所を見るとここまで大事になっているとは思っていなかったらしい。


「さて、アディル君。この訓練場はこの壁が結界になっておってな。相当な結界じゃから安心して良いよ」


 ジルドの言葉の意図は“遠慮はいらない”という事でありアディルは笑って頷くとジルドも意図が通じたと判断したのだろう同じくニヤリと笑った。

 アディルとジルドの二人が訓練場に入ると見物人の近衛騎士団の団員達が歓声をあげて二人を迎え入れた。そして中央まで二人が進み始めるとそれに応じて歓声が小さくなっていく。どうやらアディルとジルドの発する闘気を感じ緊張感を高めたようであった。


 アディルとジルドが中央まで到着すると近衛騎士団長のギュネイが片手を上げると四隅に配置された術者が結界を形成した。形成された結界は高さ三十メートル程の高さまで形成されると訓練場を覆った。


「それじゃあ……始める前に確認じゃ」


 ジルドはアディルに向け口を開く。


「はい」

「決着は相手が戦闘不能になった場合と負けを認めた時という事でどうじゃな?」

「そうですね、それで大丈夫です」

「そうか。それじゃあその条件でやろうかの」


 アディルが了承した事でジルドも頷く。


「あ、そうじゃ。もう一つ確認しておきたい事があるんじゃが」

「はい、何でしょうか?」

「アディル君の言動を見とると大丈夫じゃと思うんじゃがの」

「はい?」

「戦いに関するひきょ……」


 ジルドは言葉の途中で動くと一瞬でアディルの間合いに踏み込むと右拳を放った。完璧なタイミングで放たれたジルドの右拳であったが、ジルドは咄嗟に左手でガードを固めた。


 ビシィ!!


 ジルドの左手に軽い衝撃が走る。音はジルドの左手から発せられていた。その音が消え去る前にジルドは後ろに跳ぶとアディルから距離をとった。アディルが抜刀しジルドの足に斬撃を放っていたのだ。


「やるのぉ……不意を衝いたつもりじゃったが口からつぶてを放つとは思わなんだ」


 ジルドの左手には直径一㎝程の鉄球が握られている。ジルドが咄嗟に左手でガードしたのはアディルが口から鉄球を噴き出したからである。アディルの放った鉄球は真っ直ぐにジルドの左目に向かっていたはずであったがジルドはそれを難なく受け止めたのだ。


「抜け目のない爺さんだな。言葉で誘導して先手を打つとは思わなかったよ。目つぶしからの斬撃……しかも、右拳突きを即座に修正して躱すなんて一体どんな体の使い方をしてるんだ?」


 アディルの声にはジルドを責めるものは一切含まれていない。それよりもあらゆる手を使おうという戦いに対する姿勢に感銘を受けたようであった。


「勿論内緒じゃよ」


 ジルドは好々爺然と笑った。


 アディルとジルドの戦いの幕が切って落とされたのだ。



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