VS ジルド①

 ジルドは店を閉めて奥で伝票整理をしていると気配を感じて手を止めた。


(ふむ……この気配はみんな戻ったようじゃな。じゃが……一人増えておるの。これはエリンか?)


 ジルドはアマテラスの気配を察すると同時に、もう一人他の人物が同行している事にも気付いていた。


(あの子達は儂が考えている以上に優秀じゃの……楽しくなりそうじゃな)


 ジルドはこれからどのような展開が生じるのか心が沸き立ち始めているのを感じていた。エリンが同行している理由はいくつか考えられるが、どの状況であってもジルドにしてみればどれであっても大した問題では無い。


「ただ今戻りました」


 アディルが鍵を開けてからすぐにジルドに挨拶を行う。その声には警戒は含まれておらずエリンを連れていることで自分の正体がバレているという証拠では無い事の可能性を考える。


(ふむ……バレたのかそうでないのか……悩むのう)


 ジルドは一瞬そう考えるがすぐに頭を振る。それは明らかに希望的観測に基づく考えでであるのだ。


「ああ、お帰り」


 ジルドはまったく動じた様子もなくアディル達を迎える。その時である。


(ん?……殺気? 儂に向けられてるな)


 ジルドはアディルから放たれる僅かな殺気を感じ取った。一流の武人であっても気付くことが困難なほどの微量な殺気にジルドは気付いたのだ。そして一瞬にも満たない時間で戦闘態勢を整える。


「流石ですね……ジルドさん、あなたは何者なんです?」


 アディルの言葉にジルドは自分の失敗を悟った。アディルの微量な殺気はジルドが気付くかどうかを試すためのものであったのだ。一流の武人でさえ察するのが困難な微量な殺気を一介の商人、しかも老人が気付くことは不可能だ。それに気付き一瞬で戦闘態勢を整えたジルドが只者であるわけが無い。


「はて……何の事かの?」


 ジルドはまったく動じた様子も無く、また一切の敵意も察する事無く泰然とアディルに問いかける。


「まぁいいや。そんな事よりもジルドさんにお願いがあるんですよ」

「何かの?」

「俺と立ち会ってください」

「儂と君が?」


 アディルの言葉にジルドは虚を衝かれたような表情を浮かべる。ジルドはてっきりアディルとの間で腹の探り合いが始まると考えていたのにアディルからの要望はこれ以上無い単純なものだったのだ。そして単純故にジルドはアディルの意図を図りかねてしまったのだ。


「ええ、あなたは強い。間違いありません。俺の目的は強者と戦い、強くなる事です。みんなもそれを納得済みです」


 アディルの言葉にジルドはヴェル達に視線を移すとヴェル達は苦笑を浮かべており、アディルの言葉が正しい事を裏付けていた。


「ふむ……嫌だと言ったら?」

「斬りかかります」

「中々強引じゃな」


 アディルの返答にジルドはニヤリと嗤う。先程までの好々爺然とした雰囲気はそのままに強者の雰囲気が漂い始める。


「エリン……ヘマをしたの」


 ジルドの言葉にエリンは顔を青くするがエリンを救ったのはアディルの次の言葉であった。


「まぁ、エリンさん自身はそれほどミスをしたわけじゃありませんよ。偶然が重なった結果、ジルドさんが怪しいという事に思い至ったんですよ」

「どのような偶然じゃな?」

「ゴーディン商会のヘルケンさん達と任務先で偶然出会ったんです」


 アディルの言葉にジルドは小さくため息をついた。アディルは全てを語ったわけでは無いがジルドにしてみれば十分すぎるヒントであった。


「なるほどの……ヘマをしたのは儂というわけか」

「まぁヘマと言うほどの事じゃありませんよ。俺達とヘルケンさん達が出会った偶然がこの流れを作ったわけですよ」

「そうか……」

「それで立ち会っていただけるんですか?」


 アディルの言葉にジルドはニヤリと嗤う。


「そうじゃのう。ここまで来たら仕方ない。儂自ら確かめることにしようかの」

「よし!!」


 ジルドの返答にアディルは顔を輝かせる。その表情からはジルドと手合わせできる事に対する喜びしか読み取る事は出来ない。


「ただし、今夜すぐに立ち会うのは勘弁してくれんかの。明日改めてということでどうじゃな?」

「もちろんです!!」

「そうじゃのう……昼に立ち会うに良い場所があるからそこでやるとしようかの」

「それってどこです?」

「訓練場じゃよ」

「訓練場……ですか?」

「うむ、事が終わったら事情を全て話すからの」

「わかりました」


 アディルがそう答えるとジルドも頷く。ジルドの表情も明るいものであり、どこか吹っ切れたような様子であることをアディルは察した。


(潔いな。まぁ悪意は感じないからそんな変な事にはならないだろうな)


 アディルがそう判断したのは、やはりジルドに対して悪い印象を持っていなかった事がその大きな理由であった。自分達を試すような事をしているのは事実ではある。アディルはその事に対して悪いとは思っていない。問題は試すことで何を見極めようとしているのかが問題であった。


「聞いての通りじゃ。儂はこの子と明日立ち会うことにする。ここまで状況が整えられれば受けた方がお互いのためじゃ」


 ジルドの言葉はアディル達に向けて発したものでは無い。だが誰に向けて発した言葉かどうかは理解していた。アディル達も外で何者かがこちらを伺っているのを察していたのだ。


「それから聞いておったじゃろうが今回の件にエリンは何もヘマをしておらん。そう伝えよ」


 ジルドが続けて言った言葉にエリンは深々と頭を下げた。その顔には安堵の表情が浮かんでいることをアディル達は視界の端にとらえていた。


「あ、そうだ。ジルドさんに一つ確認しておきたいことが……」

「なんじゃな?」

「息子さんが亡くなったという話は?」

「ああ、あれかあれはもちろん嘘じゃよ。儂には息子はおらん。ばあさんに嫁に行った娘が一人、孫が二人じゃよ」


 ジルドは片眼を瞑りアディルに返答する。それを見てアディルは安心したように笑顔を見せる。


「あ、やっぱりそうなんですね」

「この件が終わったら紹介するとしよう」

「はい」


 ジルドの言葉にアディル達は顔を綻ばせた。


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