聞き込みという名の蹂躙④

 アディル達はゴーガン邸のドアをノックする。ノックをしてからしばらくするとドアが開き、二人の男が顔を覗かせた。

 二人とも身長が一九〇㎝を越えており、いかにも暴力の世界で生きているというような恐ろしげな風貌であった。


「なんだ。お前らは?」


 アディル達を見た男の一人の第一声がこれであった。実際にアディル達を知らない以上、男達の反応もそれほど不思議なものでは無い。


「こちらにお住まいのエリン=ゴーガンさんに聞きたい事がありまして、ご在宅でしょうか?」

「はぁ? お前らここが誰の屋敷かわかってるんだろうな?」

「ええ、エリン=ゴーガンさんでしょう? あおとかいう半端者を集めて調子に乗っている恥ずかしい人生観をお持ちの方ですよね?」


 アディルの口撃に男二人は呆気にとられる。自失の時間は二~三秒と言うところであったが自分達が侮辱された事に気付いた男二人は一気に憤怒の表情を浮かべた。


「てめ……うっ」


 叫ぼうとした瞬間にアディルが抜いたカタナの天尽あまつきが喉元のわずか一㎝程手前で止まっていた。喉元に刃を突きつけられた男はいつアディルがカタナを抜き、しかも喉元に突きつけたのかまったく気付かなかったのだ。

 目の前の少年が自分など及びもつかない業の持ち主である事を男は察した。男もそれなりの腕前であることが余計に、自分との差に察してしまったのだ。


「エリン=ゴーガンさんに会わせてもらいませんかね? あ、嫌なら別に構いません。勝手に押し入りますから」


 アディルの言葉に男達はゴクリと喉を鳴らす。アディルの言葉は自分達など何の障害にもならない事を宣言した事に他ならない。

 もちろん、アディルとすればいつもならこのような反社会的な行動を選択しないのだが、この件を早期に片付けるためには常識には引っ込んでもらおうと考えたのだ。


「わ、わかった」

「お、おい」


 喉にカタナを突きつけられた男が承諾した事にもう一人の男が制止しようと声を上げる。


「お前もこいつらは俺達がどう足掻いたところでエリンの場所まで辿り着く事はわかっているだろう。それにこいつらは俺達が持っている情報が欲しいだけだ。それだけ知れば帰るはずだ」

「正気か?」

「もちろんだ。結局の所それがエリンを守る事につながる」

「……」


 反対意見を述べた男は沈黙するが心の中では大きな葛藤があることは容易に想像できる。


「わかった……こっちだ」


 ついに男は折れるとアディル達を先導し始める。アディル達はそれに黙って付いていくが周囲に気を配り突然の襲撃に気を配っている。


(ふむ……エリンという男は単なる力だけの男では無いようだな。悪党かも知れないが少なくとも卑しくはなさそうだな)


 アディルはまだ見ぬエリンという男の評価を二人の部下から少しばかり引き上げる。部下が安全を願うというのはそれなりに人望がある事を示しているのは間違いないだろう。


「ここだ……」


 男は扉の前で立ち止まるとノックを行う。入室を促す言葉が聞かれると男はまず中に入る。その間、アディル達は黙って廊下で待つことにする。しばらくして男が出てくるとアディル達に向けて言う。


「エリンが会うそうだ。中に入ってくれ」

「どうも助かりました」


 男の言葉にアディル達は堂々と中に入ると、エリンという男が真っ正面に座っているのが見えた。エリンは三十代後半といった容貌の眼光鋭い男で、片眼鏡モノクルをかけている。

 

「随分と不躾な小僧共だな。だがそっちの小娘共はみが……くっ」


 エリンはアディル達に向けて早々に挑発してきたが、アディルから凄まじい殺気が放たれると口を閉ざす。アディルが殺気を放ったのは四人への侮辱の気配を感じたからであった。エリンとすれば挑発することで会話の主導権を握ろうとしたのだろうがアディルから放たれた殺気に挑発を納めざるを得ない。


「あまり軽口を叩かない方がいいぞ。どんな言葉が俺の逆鱗に触れるかどうかお前はその境目を知らないだろう?」

「く……わかった」


 アディルの言葉にエリンは冷や汗をかきながら了解の意を示した。


「わかってくれて嬉しいよ。さて早速だが、ジルド=カーグさんに嫌がらせを依頼したのは誰だ?」

「……それは言えない」

「それは依頼人を言うわけにはいかないという意味からか? それとも身の危険があるからかどっちだ?」

「……依頼人を言うわけにはいかない」

「そうか。身の危険が及ぶと考える相手か」


 エリンの返答にアディルは自分の解釈を言うとエリンは目を見開いた。その反応を見てアディルはニヤリと嗤うとエリンに向けて言う。


「何を驚いている? お前の反応からお前が嘘をついていると考えるのは当然だろ? まぁ演技の可能性もあるが身の危険が及ぶと考えるのが自然なんだよな」

「な、なぜ……?」

「俺達がどこまでの情報を掴んでいるかをお前に教えるか? まぁゴーディン商会の人から話を聞いたとだけ伝えておこうかな」

「ゴーディン商会……だと?」

「ああ、王族と関係があるまでは聞いている」

「な……」


 アディルの言葉にエリンは顔を僅かに引きつらせていく。アディルがゴーディン商会の事をエリンに告げるのはもちろん揺さぶりをかけるためである。アディルは当初、蒼という半端者集団のトップは単なる粗暴で暴力的なだけの男と思っていたのだが、実際にあったエリンも部下の二人も現状認識は確かであり、柔軟な思考を持っていると察したのだ。 そして頭の良い人ほどこういう揺さぶりには弱い。少しの情報の裏を読もうとして話を大きくしてしまうのだ。


「さて……あんた達はジルドさんに何を頼まれた?」


 アディルはさらにエリンに揺さぶりをかける。その揺さぶりにエリンは明らかに動揺を示した。アディルの揺さぶりに後ろで聞いていたヴェル達も実は驚いているのだが、表面上では事情を知っていますという表情を続けている。


「何を驚く? 俺達がゴーディン商会から聞いたと言ったろ。ちなみに会長から聞いたわけじゃ無い。事情を知らない商会の従業員から聞いた。その従業員はこの一ヶ月は王都を離れていたから事情を知らなかったんだろうな。ちなみにその従業員の名前はヘルケンさんだ」

「な……」


 アディルのヘルケンからの話は、実の所なんの証拠にもならないし、惚けられてしまえばそこまでなのだが、その前の揺さぶりによりエリンはその事を失念していた。それは同時にアディルの蒼の雇い主はジルドである可能性が一気に高まったことを意味する。


「さて……聞きたい事はこれで終わりだ。これ以上はあんた達に聞いても知らなさそうだ」

「……どうするつもりだ?」

「簡単さ。次はジルドさんに直接問い質すつもりだ。それじゃああんた達にもう一つ協力を頼もうかな」

「なぜ俺達が……お前達に協力しなければならない?」


 エリンの言葉にアディルは嗤う。エリンはその嗤顔えがおを見た時に自分が食われる立場である事を嫌が応にも理解させられた。


「ジルドさんに便宜を図ってやるぞ。そうすれば蒼は存続決定だ……どうする?」


 アディルの言葉にエリンはゴクリと喉を鳴らした。アディルの提示した見返りにエリンは心をさらに揺さぶられた。一分程経ってからエリンはゆっくりと口を開く。


「……わかった。何をすれば良い?」


 エリンの返答を受けてアディルはニヤリと嗤う。まるで掌の上ですべてを動かしているような表情にエリンは完全に屈したのだ。だが、この事でエリンを責めるというのは酷というものだろう。凄まじい殺気で脅され、一見関係の無いところからの揺さぶり、何もかもお見通しというアディルの態度でエリンは終始ペースをアディルに握られていたのだ。


(ふぅ……何とかハッタリで乗り切ることが出来たな。さてジルドさんは何者なのかね)


 一方でアディルも心の中で冷や汗を大量にかいていたのであるが、それは表に出さなかったためエリン達は気付いていないようであった。

 ただアマテラスの女性陣達はアディルが心の中で大量の冷や汗をかいていることを何となく察していたのであった。

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