聞き込みという名の蹂躙③

「さて、ここまでやってまだ話す気にならないか?」


 アディルにそう問われた男達は全員一斉に首を横に振った。男達の顔は一様に腫れており何があったかは想像するのは容易すぎるだろう。十人全員がアディル達五人の前に座らされており、街の住民達がニヤニヤしながら男達を見ている。この男達がどのような事をやって来たかこれだけで十分に理解できるというものであった。


「そうか、それじゃああおのメンバーの所に案内しろ。聞きたい事がある」

「あ、あの……」

「なんだ?」

あおの所に案内すれば俺達は見逃してもらえるんで?」

「ああ、お前らのような連中と必要以上に関わるつもりはない」


 アディルの言葉に男達は少しばかり気色が戻る。アディルという恐ろしい相手から逃れられるとなれば安堵の空気が流れるのも当然であった。


「それじゃあ案内しろ」

「ちょっと待って、こいつらを信用するの?」

「そうよ。こいつらは罠を張って仕返しする可能性があるわよ」


 ヴェルとエスティルがアディルに注意を促してきた。アディルは二人の注意喚起を受けると思い切り人の悪い表情を作ると男達を見渡して口を開く。


「それもそうだな。こいつらはアホだから自分達の立場を理解していない可能性がある。よし、理解させるためにも全員の両腕をへし折っておくか」


 アディルの言葉に男達は一斉に顔を青くした。アディルは表情は柔らかく微笑んでいるが目が一切笑っておらず、男達にはアディルが冗談を言っていない事を嫌が応にも理解させたのだ。


「さて、そっちの男から左腕を出せ」

「ひ……」

「人の骨をへし折った事ぐらいお前達もやった事があるだろう? その報いを受けると思えよ」

「ひ、お願いします!! 勘弁してください!!」

「怖がることはない。きちんと蒼の所に案内した後にはちゃんと治癒魔術で完治させてやるから」


 指名された男はガタガタと震えだし、仲間に助けを求めるが仲間達も顔から色を無くしガタガタと振るえ始める。恐怖は伝染するという事例がここにはあった。


「許してください!! 罠になんか嵌めるわけありません!!」

「信用できないな。お前達は俺達に良からぬ事を考えて絡んできたような連中だ。保険のために痛めつけておくのは当然だろう?」

「あんた達のような恐ろしい連中を罠に嵌めるなんて出来るわけ無いだろう!! 俺達はさっさとあんた達から解放されたいんだ!!」


 男の叫びにアディルは頷く。アディルは四人に目を移すとそれぞれ頷いた。


「よし、それでは案内しろ」


 アディルの言葉に男達は恐怖に顔を引きつらせながら立ち上がるとアディル達を先導し始めた。完全に心が折れた事で力なくトボトボと歩く姿は幽鬼の群れを思わせるものであった。



「こ、ここです」


 しばらく歩いてから酒場の前で男達は立ち止まると一人がアディル達に向けてオドオドしながら声をかけた。


「そうか、おいお前とお前、中にいる蒼の連中を呼んでこい」


 アディルがランダムに指摘した男は緊張の面持ちで頷くと小走りで酒場の方に駆けていった。


「もしあいつらが逃げたらお前達の中の両腕と両足をへし折るからな」


 アディルの言葉に男達は顔を強張らせた。罠を張ったつもりは一切無いのだが、呼びに行った二人が逃げ出さないという保証などどこにもないのだ。もし、上手くいかなかったとして逃げ出した場合は自分達がどのような目に遭うか考えるだけで恐ろしかった。

 残った男達は両手を合わせ酒場に向かった仲間達に成功するように祈るしか無かった。そしてしばらくすると男達二人が出てきて後ろの人物に話しかけているのが見えた。


「おや……どうやら上手くいったようだな。お前達の役目はここで終わりだな」


 アディルの言葉に男達はほっと安堵の息を吐き出した。中に入った二人の男に連れられて蒼の構成員と思われる男は二十になるかならないかの若い男達でありふてぶてしい表情を浮かべながらアディル達の元にやって来た。


「あんたら蒼に所属しているのか?」

「ああ、なんだよてめぇは?」


 アディルの問いかけに男はふてぶてしい表情を浮かべながら返答する。するとアディルは最初に絡んできた男達を見るとニッコリと笑って言う。


「お前らご苦労だったな。もう行って良いぞ」


 アディルの言葉に男達は露骨に安堵の表情を浮かべるとそのまま回れ右して駆けだしていった。アディルの気持ちがいつ変わるかわからないために一刻も早く離れようという気持ち故の行動である。


「てめぇら一体……」


 男達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく様子を見て蒼の構成員の青年達は明らかに警戒の色を強めた。男達の様子は尋常では無く目の前にいるアディルと仲間の美しい少女達がいかに危険な相手か察するには十分であったのだ。


「俺達の事はどうでも良い。聞きたい事があるんだ。何、ちゃんと答えてくれれば暴力を振るうような事はしないから安心してくれ」


 アディルの言葉に男二人はゴクリと喉をならした。いや、喉を鳴らしただけではなく額から汗を流し始める。男達はアディル達が見かけによらずとんでもない恐ろしい存在である事を本能が察したのだ。その様子を見てアディルは二人に問いかける。


「商業区画にあるジルド=カーグという老人の店に嫌がらせを依頼した人物の名前を教えてくれないか?」

「ジルド=カーグ?」

「ああ、お前らの中で嫌がらせを行っている者がいるのは既にわかっている。というよりも現場に居合わせた」

「じゃあそいつに聞けば良いだろ?」

「まぁ確かにそうなんだが、そいつらの居所がわからん。というわけで吐け」

「な……」


 アディルの言葉に男達は二の句が継げないという表情を見せる。もちろん、アディルの問いかけはわざとである。いくらなんでもジルドに嫌がらせを行っていた人物にすぐに会えるとは思っていない。


「なぁ、協力してくれるよな? 俺達はすぐにでもこの問題を解決したいと思っている。だから本来敵であるあんた達に頼んでいるんだ」


 アディルはそう言いながら男の首を掴むと片手でそのまま持ち上げた。同時に腰にあるカタナの柄に空いた手を置いている。持ち上げられた男は苦しさもあったが、命の危険を感じており、反抗の意思を手放している。


「わ、わかった!! とりあえず下ろしてくれ」

「快く引き受けてくれてありがとう」


 アディルは顔を綻ばせて男を地面に下ろした。ゴホゴホと男は咳き込みながら恐怖に満ちた目をアディルに向けている。


「それで、そいつはどこにいる?」

「俺は知らないから俺達のボスに聞いてくれ」

「ボスの名は?」

「エリン=ゴーガン」


 男がエリン=ゴーガンと言ったとき少しばかりアディル達に“さぁ驚け”という態度であるがアディル達はエリン=ゴーガンという男が今までどんな事をしてきたかまったく知らないためにまったくリアクションがとれなかった。そのため男達はアディル達の態度に明らかに落胆したかのような表情を見せる。


「そんなやつは知らん。それじゃあ案内しろ」


 アディルの言葉に男達は顔を青くして頷くと先導を始めるとエリン=ゴーガンの元へと案内されることになった。

 案内されたエリンの家は、貴族の屋敷よりかは小さいが一般市民の感覚からすればかなり大きなものであり、この貧困者が多い区画においては明らかに浮いていた。


「ここか?」

「は、はい」

「よし、それじゃあお前達はここまでで良いよ」

「え?」


 アディルの言葉に男達は呆けた表情を浮かべると次に安堵の表情を浮かべる。どうやらエリンと会う手はずまで整えさせられると思っていたのだ。しかし同時にどうやってエリンに会うつもりなのかそちらの方が気になってくる。


「それでどうやってボスに会うつもりなんですか?」


 男の質問に対してアディルはニヤリと嗤うと返答する。いつの間にか男達のアディルに対する言葉遣いが敬語になっている事にヴェル達四人はおかしさを禁じ得なかったがここでは触れない事にした。


「もちろんこのまま乗り込んで邪魔する奴を蹴散らせばボスの所に辿り着くことが出来るだろ」

「な……」

「まぁ気にするな。お前ら如き半端者なんぞ大した事無いからな」


 アディルはそう言い捨てるとそのままエリン邸に向かって歩き始め、そこに四人の少女も着いていく。その様子を男達は呆然と見送るのであった。


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