王都での初任務⑤
“ゴーディン商会”という名前を聞いたとき、アディル達は咄嗟に表情を曇らせてしまった。それはもちろんジルドに嫌がらせを行っている黒幕である“アーノス=ゴーディン”が会長を務めている商会だからだ。
アディル達の反応を見てエラムが不満気な表情を浮かべる。
「あなた達も噂を真に受けているわけですね?」
エラムの言葉には棘がびっしりと生えておりエラムが怒ってることは容易に察する事が出来る。そしてその反応こそがエラムがいかにゴーディン商会を大切に思っているかの証拠でもあった。
「エラムよさないか!!」
ヘルケンがエラムを制止するがエラムはどうやら事をなあなあで済ませるのは嫌な性格をしているらしい。引くつもりは無い事はその表情から容易にアディル達は察する事が出来た。
「俺達は構いませんよ。俺達がゴーディン商会に対して良くない噂がありそれを知っているのは事実です。もちろん、護衛に手を抜くような事はしませんから安心してください。今、エラムさんは俺達に噂を真に受けているという表現をしました。事実とは違うのですか?」
アディルの言葉にヘルケンは頷く。そして質問に答えようとした時にエラムが先にアディル達に言う。
「会長は本当に素晴らしい人だ!! あの人のおかげで俺の村は助かったんだ!!」
エラムの言葉をヘルケン達は止めなかった。ヘルケン達の表情にもエラムの言葉を裏付けるように同意の表情が浮かんでいる。
「具体的にはゴーディン会長はどんな手を差し伸べてくれたんです?」
「俺の村が大水によって半壊状態になった時に領主の貴族は俺達を助ける事は一切無かった。ところがゴーディン会長が指揮する商会の方達が俺達に支援物資を持ってきてくれたおかげで俺達は助かったんだ。それに復興のために私財をなげうってまでやってくれた」
エラムの言葉にアディル達は考え込む。エラムの話が真実だとすると巷で流れているという噂とはほど遠い人物のように思われたからだ。そしてエラムは続けて言う。
「もちろん会長は商人だ。俺の村を助けたのも商売気がないわけじゃない」
「?」
「俺の村の特産品である“エルキュロイ”という生地だ」
「あ、そういえば……何年か前にエルキュロイをゴーディン商会が取り扱うようになってから流通が安定したわね」
エラムのいうエルキュロイに反応を示したのはヴェルであった。貴族令嬢という過去を持つヴェルは当然、生地についての知識はアマテラスの中で最も有していると言って良かった。
「会長は村を復興させてエルキュロイを独占的に扱い王都に流通させた。確かに俺達の村を復興させたのはその目的があったかもしれない。だが、実際に手を貸さないような連中と手を貸してくれた会長のどちらを信頼するかは当然考えなくてもわかるだろう」
エラムの言葉を受けてアディルは頷く。確かにエラムの立場からすればゴーディン商会は救いの手を差し伸べてくれた恩人だ。その恩人を悪く言われれば気分を害するのも当然である。アディルはそれを理解した上でさらにエラムに尋ねる。
「しかし、現実には“アーノス=ゴーディン”という人物は評判が悪い。人身売買に関わっているとか違法薬物を扱っているとかの噂がある」
アディルの言葉にエラムの表情は一気に怒りのものに変わる。アディルはそれを手で制すると続けて言う。
「この噂についてゴーディン会長は何と言ってるんです?」
アディルの質問はエラム達にとって思いがけないものであったのであろう一瞬言葉に詰まった。
「会長は……放っておくように……」
エラムは本当に悔しそうに言う。会長の言葉故に従っているが本当は納得してないのだろう。
「そうですか……ゴーディン商会にそういう黒い噂が流れ始めたのはいつ頃です?」
「え?」
「少なくともエラムさんの村が災害に襲われた時には無かったんじゃありませんか?」
「え?」
「大事な事です。エラムさんよりもヘルケンさん達の方が詳しいでしょうね」
アディルはヘルケン達を見て言うとヘルケン達は顔を見合わせるとヘルケンがアディルの質問に返答した。
「噂が流れ始めたのは王族とのご縁が出来てからだよ」
「王族?」
「ああ、エラムの村などは貧しく、領主もほとんど関心を示していなかったぐらいだ。被災しても領主が支援しなかったのはそのためだ。だが、会長がエルキュロイに目をつけて少しずつ販路を広げ始めた時に災害が起こったんだ。当然会長は領主に直談判して支援を求めたが相手にしなかった」
「そこで王族に後ろ盾になってもらい支援を行ったというわけですね?」
アディルの言葉にヘルケンはこくりと頷くとさらに言葉を続ける。その声にはエラム同様に納得出来ないという感情が含まれている。
「それからしばらくして……君達が聞いているような噂が流れ始めた。だが、誓って言うがゴーディン商会はそのような行為には一切関わっていない。私達も商人の端くれだ。帳簿だって読める。不確かな金の流れなど一切無い!!」
「なるほど……しかし、それを証明できますか?」
「もちろんだ。我々には一切後ろ暗い事はない。実際に会長が国の機関に調査を依頼して潔白を証明した」
ヘルケンの言葉にアディル達は他の従業員に視線を向けると全員が頷く。
「そこまでやっているのですから噂は立ち消えになるのではないですか? でも噂は一行に無くならない……」
アディルは小さく呟く。アディルは何かしら疑問を感じ始めた。何かが引っかかるのだ。そしてジルドに対して感じていた小さな疑念が確かに芽吹くのを感じる。
「どうしたの?」
考え込み始めたアディルに対してヴェルが尋ねる。
「ああ、ちょっと引っかかるところが出てきてな」
「え?」
「ジルドさんとの話とこの人達の話がかみ合わない所が出てきた」
「?」
「つまり俺達はジルドさんからの情報を元にゴーディン商会に対して悪い印象を持ったわけだがその前提が崩れ始めている」
アディルの言葉に全員の目がアディルに集中する。そこにエリスがヘルケン達に尋ねる。
「すみません。ゴーディン商会の取引のある貴族で刀剣マニアの方はいらっしゃいませんか?」
「え? 刀剣マニア?」
エリスの言葉にヘルケン達は顔を見合わせながら首を傾げる。
「そ、その刀剣マニアが何だと言うんだ?」
エラムのやや戸惑ったような質問に対してアディル達はジルドの言葉への疑念をさらに強めていく。
「あなた方が知らないだけの可能性は?」
「も、もちろんその可能性は否定しない。だけどもしそんな貴族様と取引があるというのなら俺達だって噂ぐらい知ってるよ」
「……王都で食料品店を営むジルド=カーグという老人を知ってますか?」
「ジルド
エラムの言葉にアディル達は視線をヘルケン達に向けるとヘルケン達も同じように頷く。だが、アディル達アマテラスが受けた衝撃は大きかった。
「つかぬ事をお聞きしますが皆さんは王都を離れてどれぐらい経ってます?」
「え? 俺達は一ヶ月ぐらいだよ」
「一ヶ月……」
エラムの言葉にアディルはポツリと呟く。アディルの様子をエラム達は不思議そうに眺めていた。
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