王都での初任務④

「みんな、一体も逃がすなよ」


 アディルの言葉に全員が頷く。アディルがゴブリンの殲滅を仲間達に指示した理由は、、“逃げる者は追わない”などという甘い対応をした場合、他の隊商も襲われる事になり、結果的に多くの人が危険にさらされる可能性があるからである。

 そのため人間を襲えばどうなるかを骨の髄まで思い知らせてやる必要があると考えたのだ。もしこのゴブリン達に家族がいたとした場合、人間への敵意を募らせる可能性はあるのだが、それ以上に人間への恐れを植え付けることが出来る可能性が高い。


「あ、みんな私に作戦があるの」


 そこにエスティルの言葉に全員の視線が集まる。そしてエスティルはヴェルを見ると口を開く。


「場は私が整えるからヴェルがトドメを刺してちょうだい。ヴェルは爆発エクスプロージョンは使える?」

「う、うん。使えるけどそんなに大した威力じゃないわよ」

「大丈夫よ。みんなは私達が討ち漏らした連中を頼むわね」


 エスティルの言葉にアディル達は頷く。この段階でアディル達はエスティルがどのような作戦を思いついたのかある程度察している。


 アディル達とゴブリン達の距離は瞬く間に詰まっていく。ゴブリン達はアディル達がわずか五名という事で数で押し切ることが出来ると考えたのだろう。ほとんど何の警戒もなく突っ込んできた。魔獣に騎乗した仲間達が敗れたというのにこの辺りの判断はゴブリン達は甘いと言わざるを得ない。


「いくわよ!!」


 エスティルは魔剣ヴォルディスを構え魔力の増幅を行うと左腕を襲いかかってくるゴブリン達にかざした。ゴブリン達はエスティルが魔術を放つつもりである事を察するがそのまま突っ込んで来た。

 ゴブリン達がアディル達との距離がわずか数メートルという所で突然、両陣営を隔てる壁が形成される。壁の高さは約二メートル程度であった。突如発生した壁はゴブリン達の周囲にのみ発生している。

 もちろんこの壁を発生させたのはエスティルである。エスティルの魔力による物質化で壁を作りゴブリン達を閉じ込めたのだ。エスティルは壁に手を触れているため壁の強度の劣化はない。


 ゴブリン達は突如発生した壁により自分達が捕らえられた事を察すると動揺が広がった。しかし高さはわずか二メートル程でしかないことに気付くと壁をよじ登ろうと壁に向かって走り出そうとした。だが、次の瞬間に壁の高さが同時に一メートル程加算されたのだ。


「ヴェル!! お願い!!」

「うん、わかったわ!!」


 エスティルの言葉にヴェルは壁の向こうに爆発エクスプロージョンを投げ込んだ。


 ドゴォォォォ!!


 投げ込まれた爆発エクスプロージョンが爆発するとヴェルは続けて数発の爆発エクスプロージョンを投げ込んだ。


 ドゴォォォ!! ドゴォォ!! ドゴドゴドゴォォォォ!!


 投げ込まれた爆発エクスプロージョンの爆発音がアディル達の耳に入る。爆発音の大きさがゴブリン達の悲鳴をかき消したのだろう。アディル達の耳には一切入ってこなかった。


「よし、上手くいったみたいね。これから壁を消すからみんな油断しないでね」


 エスティルの言葉に全員が頷く。ゴブリン達の生き残りがいないと断言できない以上、油断をする事は出来ない。


 エスティルが全員が頷いたのを確認するとエスティルは壁をポンと軽く叩くと壁に一斉に亀裂が入ると砕け散った。砕け散った壁の破片は地面に落ちるとそのまま塵となって消え去った。


「うわぁ……」

「生きてる奴っているのかしら……」


 アリスとエリスの言葉にアディルも同様の感想を持つ。それもそのはずで壁が消え去った後にはゴブリン達の肉片・・が散乱しており原型を残している者はほとんどいない。


「ヴェルは大した威力じゃないと言ってたけどこれで大した事ないのか?」


 アディルの言葉にヴェルは首を傾げる。ヴェルが言っていたのは別に謙遜でもなく本気のつもりだったのだ。


「多分だけど壁のせいで爆風が集中したんだと思う。しかも何発も投げ込んじゃったから……相乗効果ってやつで威力が増したんじゃないかな?」


 ヴェルは自分の中で考えて出した結論をアディルに言う。アディルとしてもヴェルの言葉を否定する術を持たないために頷くしかない。


「ヴェルの言った通りだろうな。まぁ細かい所は違うかもしれないがエスティルが壁を使って敵を閉じ込め、ヴェルが魔術を放てば効果的というわけだな」

「そうね。魔力の消費量に比べて効果が大きいわ」

「うん、エスティルが触れていれば壁が壊れる危険性もないしね」


 アディルの言葉にヴェルとエスティルが頷きながら返答する。


「さて……それじゃあ生きている奴がいないか確認することにしよう」


 アディルがそう言うと転がっている死体の中に踏み込んでいく。死臭が酷いのだがこの確認を怠る事は出来ない。アディル達は死臭に苦しみながらもゴブリン達の生き残りを探したが生き残りを見つける事は出来なかった。


「よし、どうやら全滅させることが出来たみたいだな。先を行くか」

「そうね」


 エスティルが再び馬車を作り出し、乗り込もうとしたときに先程猛スピードで追い抜いていった隊商の馬車が戻って来るのが見える。

 戻ってきた馬車はアディル達の隣に止まった。御者台に座っていた三十代前半の男が一礼するとアディル達も頭を下げる。


「助けていただきありがとうございました」

「いえ、俺達は襲ってきたゴブリン達を斃しただけですのでお気になさらないでください」


 アディルの返答に男は恐縮したように頭を下げる。


「そうかもしれませんが、結果助かったのですから御礼を言わせてください」


 どこまでも真面目な男の言葉にアディル達は顔を綻ばせる。


「どうもありがとうございました。おかげさまで俺達命拾いさせてもらいました」


 そこに後ろの馬車の部分からアディルと同年代の少年が顔を見せると御礼を言う。


「いえ、先程も言いましたがお気になさらないでください。俺達はあいつらが襲ってきたから斃しただけです」


 アディルの返答に少年は好感を持ったらしい。三十代の男性に向け話し始める。


「ヘルケンさん、この方達はどうやらハンターの方達みたいですよ」

「ああ、王都まであと二日ほどかかる。また魔物が現れないとは限らないな」

「ええ、この方達に護衛を頼むというのはどうでしょうか?」

「そうだな。あなた達さえよければ王都まで我々を護衛していただけないだろうか?」


 男性はアディル達にそういうと頭を下げる。その様子を見てアディル達は視線を交わすと全員が了承とばかりに頷いた。同時にエリスに視線が移るとエリスは“まかせて”と言わんばかりに頷いた。


「護衛自体を受けるのは構いませんが私達もこうみえてハンターギルドに籍がある身ですから無料というわけにはいきませんよ?」


 エリスの言葉に男性と少年は“心外だ”という表情を浮かべて言う。


「それは当然の事だ。人を雇うのに無料タダというわけにはいかない事ぐらい理解しているよ」


 男の言葉にエリスはニッコリと笑って頷く。


「ところが世の中には自分が困っているから他の者は命をかけて助けるべしとかいう訳のわからない論法を持ち出す人が結構いるんですよ」

「確かにな。勘違いしたアホはどこにでもいるが俺達をそんなアホと一緒にするのは止めてもらいたいな。一日当たり金貨一枚でどうだい?」


 男の出した一日当たり金貨一枚というのは中々の好条件である事は間違いない。


「はい、それで結構ですよ。一日当たり金貨一枚で皆さんの護衛を受けます」


 エリスの返答に男は拍子抜けしたような表情を浮かべる。その表情を見てエリスは続けて言う。


「私達は人の足元見て値段をつり上げるような事はしませんから安心してください。だからあなた達も頼みますよ?」


 エリスの言葉に男は頷く。その表情には少々緊張があった。エリスの言葉は王都についてから値切ろうとしても一切応じるつもりはない事を宣言した事に他ならない。その意図を察した男は緊張感を持ったのだ。


「わかった。その辺は信用してもらうしかないな」


 男の言葉で交渉は締めくくられることになったのだ。


「交渉成立という事ですね。俺達はハンターチームの『アマテラス』です。俺はアディルと言います」

「私はヴェルです」

「エスティルと言います」

「アリスよ」

「私はエリスです」


 アディル達が名乗ると男達も名乗り始める。


「ああ、俺はヘルケン=クラムだ。こっちはエラム、おい商談成立だ。この人達が護衛を引き受けてくれた。みんな挨拶しろ」


 ヘルケンが言うと馬車の中から新たに三人の男女が顔を出した。


「君達から見て右側から、ヘレン、テレーゼ、パウルだ」

「よろしくお願いします」

「引き受けてくれてありがとうございます」

「助かったよ」


 ヘルケンがかるく自己紹介をすると三人もまた簡単な挨拶を行うとアディル達全員が頭を下げる。


「あ、俺達は全員がゴーディン商会に務めてるんだ」


 ヘルケンの言葉にアディル達はつい微妙な表情を浮かべてしまった。


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