王都での初任務①

 アディル達がジルドの部屋を借りてから三日が経ったがあおの連中が嫌がらせを仕掛けてくることはなく。アディル達、ジルドの店を手伝いながら必要な家具を購入していた。といってもその主なものは寝具であり、ベッドは購入した材料を使ってアディルが作った物であった。

 アディルの作ったベッドは本職の家具職人からすれば鼻で笑われる程度のものでしかなかったが、なんとか実用に耐えるものであり、費用は職人が作った物の三分の一ですんだのだ。とりあえずアディル達は資金を貯めてから快適なベッドを買うことを心に誓った所にアディルの作ったベッドの出来映えがわかるというものであった。


「さて、三日経ったが俺達は今深刻な状況に陥っている」


 アディルの言葉にアマテラスのメンバー達は頷く。アディルの言う深刻な状況を当然彼女たちも知っているのだ。


「金がない」


 アディルの言葉に全員が一斉にため息をつく。


「まずいわね。出費がかさんじゃって、このままじゃあと五日で資金が尽きるわ」

「ジルドさんのお店で食料品を買い込むからまだ出費が抑えられてるけど……」

「それがなかったらとっくに資金が尽きてるわ」


 エリスの言葉に全員が再び深いため息をついた。


「ある程度、王都で生活する上で必要なものは準備できたという事で明日からギルドで任務を受注することにしよう」

「そうね。出来るだけ実入りの良い任務にしましょう」

「でも、私達がいない間に蒼の連中が来たらどうするの? それどころかもっと過激な奴等が出てきたらどうするつもり?」


 エスティルが心配そうな声で仲間達に尋ねるとアディルは返答する。


「その辺については考えてある。アリス、お前は転移魔術の拠点をここに設けていてくれないか?」


 アディルの意見にアリスは頷く。だがその表情には手放しで納得しているわけではないようであった。


「でも、確かに拠点を設けておけばすぐにここに戻ることは出来るけど、肝心のピンチのタイミングがわからないわ。その辺はどうするの?」


 アリスの意見はもっともである。たとえ転移魔術で即座に戻ってこれるとしても危機に陥っている事を知らなければ意味がないのだ。


「それは大丈夫だ。エリスの符術で危険が発生したら即座に知らせが来るようにしておいてくれないか?」


 アディルはエリスにそう伝えるとエリスは少し考え込むと頷いた。どうやらエリスの符術の腕前は警告装置としても使用できるレベルに達しているらしい。アディルとエリスは式神からの情報を即座に受け取る事も出来るのであるが、それには限界がある。アディルの限界は二十㎞程であり、エリスの方は五㎞ほどである。それでは警告装置として役に立たない。そこで異変を察知したらエリスの式神が発動しアディル達に飛んでくるようにする事にしようとしたのだ。


「エリスの式神が俺達の所に到着するまでは俺の式神で持たせるつもりだ」


 アディルが符を取り出すとそのまま放った。床に落ちた符からいつものように黒い靄が発生すると一つの人間へと形を変える。形成された人型のものは今までヴェル達が見ていた鎧武者ではなかった。


「ねぇ、この式神って今までのやつとはかなり形が違うわね」


 ヴェルの意見に他の仲間達も頷く。今回アディルの出した式神は軽装で腰の後ろに短いカタナを差しており、顔は布でまかれ目だけが出ているという容貌であった。


「ああ、これは“クサノモノ”と言うらしい。別名は“シノビ”とも言うらしいが細かい事は俺もわからないんだ。ただ、今まで出してた式神が兵士なら、このクサノモノは暗殺者と言える。こいつを仕掛けておけば俺達が到着するまでの時間は稼げるだろうし、場合によってはジルドさんを連れて逃げることも可能だ」


 アディルの説明に四人は納得したように頷く。もちろん完全にジルドの安全を保障するものではない。だが完璧なものを作り上げないとまったく動けないというのであれば永遠に動くことは不可能である。動けなければ資金が先に尽きてしまう事は確実な以上、あるものだけで動くしかないのだ。

 そしてその事をアマテラスの全員が理解しているため、“それで確実か?”などという事を誰も言わないのだ。


「それじゃあ、ギルドに行って仕事を取ってくることにましょう」


 ヴェルの言葉全員が頷くと全員が立ち上がりギルドに向かった。


 今回、ギルドでアマテラスが受注したのは、王都から二日離れた所にあるガルアング森林地帯にあるゴブリン達の巣穴を討伐することである。規模的にはゴブリンロードなどのゴブリンの上位種数体、ゴブリン達三十程でありそれなりの規模であった。

 報酬は金貨5枚であり、報酬のうち銀貨四枚をギルドに納める事になっているので金貨四枚、銀貨六枚の手取りという事になっている。割合的にはかなり実入りの良い仕事であると言えるだろう。

 

 アマテラスはジルドの店で食料品を買い込むと翌日、ゴブリン討伐に向け出発することになったのであった。




  *  *  *


 アマテラスを見送ったジルドはそのまま開店準備に入る。嫌がらせのために遠のいていた客足が幾分戻ったため、開店の準備をするのは当然であったのだ。


「カジネ」


 ジルドが品物を並べながら突然声をかける。


「は……お呼びでしょうか」


 するとジルドの背後から一人の男が姿を現す。年齢は三十代半ば、容姿に特徴的なものはない。どこにでもいそうな容貌の男性であった。


「あの子達は今朝方、ハンターとしての任務に向かった。場所はゴブリンロード討伐と五日ほどかかると言っておったからガルアングのゴブリン討伐じゃな。そう伝えよ」

「は……」

「それから尾行は止めておけ。あの子達は常識を遥かに超える探知能力を持っておる。尾行はまず成功せんし、態度を硬化させる可能性の方が高い」

「しかし……」


 ジルドの言葉にカジネは言い淀む。その声にはジルドの判断に異を唱える事への恐れが含まれている。


「わからぬか? あの子達は今までの相手とは明らかに違う。もし失敗すればあの方達にも迷惑がかかる事になるやもしれぬ」

「は、はい。差し出がましいことを申し上げてしまい申し訳ありません」

「わかれば良い。だが、ここでお主を脅しても意味はないな。儂からの進言である事をアルダードに確実に伝えよ」

「は」


 ジルドとカジネの会話は表面上はにこやかな表情で行われている。傍目には楽しく世間話をしているようにしか見えない。


「それでは……」

「うむ」


 カジネはそう言うと手を振り店を出て行く。その姿はあまりにも自然で通行人は誰一人その姿に興味を持つ者はいない。


 カジネはジルドの元からしばらく進み二百メートルほど離れた所でやっと息を吐き出した。


(はぁ……緊張した。あの方は相変わらずおっかなさ過ぎる。頼むからアルダード様はジルド様の進言を聞き入れてくれよ)


 カジネは心の中でジルドへの恐怖に身を震わせている。カジネはジルドにバレないように気配を極限まで消していたにもかかわらず察知されていたのだ。そしてあの距離まで近づけたのは単にジルドがそれを許してくれてたに過ぎない事もカジネは察していた。


「世の中には……化け者が多いな」


 カジネはそう呟くと雑踏の中に消えていった。


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