拠点確保②

 アディル達の視線に入った六人の男達を見てアディル達はすかさず事情を悟った。


(要するにこういつらが嫌がらせをしているから借り手がいないわけだ)


 アディルがそのような事を考えていると六人の男達は嫌らしい嗤い顔を浮かべながら近付いてくる。アディルは反射的にこの男達の顔面に拳をめり込ませてやりたい気持ちを抑えるのに苦労した。


「おいおい、ジルドさんよ。これ以上ここにいるとろくな事にならないぜ」


 一人の男が嫌みたらしくジルドに言う。ジルドというのがお爺さんの名前である事をアディル達は察した。


「とは言ってもここは儂らがやっと手に入れた店なんじゃから売りたくないんじゃよ」


 ジルドは男の嫌味に真っ向から拒否する。ジルドの態度は虚勢でも何でもなく飄々としており六人の男達に対して余裕の表情を見せている。ジルドの態度に男は不愉快そうな表情に変えるとジルドに怒鳴り声を発する。


「なんだぁ~ジジイ!! いつまで調子に乗ってんだ? 俺達がいつまでも優しくしてやると思うなよ!!」


 男はそう言うと店の商品を蹴倒した。野菜が飛び散り店の床に転がった。周囲の人達はヒソヒソと言葉を交わしているが止めに入るものはいない。


「なんか文句あんのか!?」


 男達のうちの一人が周囲を見渡しながら言うと周囲の者達はさっと目を逸らした。ジルドは困ったような表情を浮かべている。


(ん? このお爺さんこいつらを全く恐れていないな……)


 アディルはジルドの反応に興味が湧いてきた。この状況でジルドがまったく恐れていないのはこの人物が強者故では無いかと考えたのだ。


「実はこの店の二階をこの人達に貸すことが決まったからさらに明け渡す事が出来なくなったんじゃよ」


 ジルドの言葉に男達の視線がアマテラスに集中する。


「はぁ? おいガキ共、お前らこの部屋を借りるつもりか?」


 男の一人が首を斜めにして凄んでくる。アディル達を脅しているつもりなのだろうがアディル達の中には誰一人としてこの男達に恐怖を感じている者はいない。むしろ不愉快さが際立っている。


「はい、先程借りることが決定しました」


 アディルが代表して答えると男は明らかに気分を害したようでアディルに向かって顔を近づけてくる。これだけでアディルとすればこの男が戦闘に対してど素人である事がわかる。相手がどのような攻撃手段を持っているかわからない状況で不用意に近付くなどアホの極みと言える。実際にアディルがその気であればすでにこの男の首は胴体から斬り飛ばされているだろう。


「おい、ガキぃ~舐めてんのか?」

「は?」

「は?じゃねぇだろ。てめぇは俺達に喧嘩売ってんのか?」


 男の言い分にアディルは目を細める。アディルにしてみればこの男の態度の方がよほそ喧嘩を売っている。アディルは基本礼儀正しい少年であるがそれは無制限なものではない。当然ながらこのような言動を向けてくる者に対して礼儀を守るつもりは微塵もない。


「三下が偉そうに吠えるな。喧嘩を売ってる? 当たり前だろう。その程度の事を確認せねばならん程度の知性しかないとは限りなく惨めな生き物だな。俺は喧嘩を売ってる、でいくらで買ってくれるんだ?」


 アディルに何を言われたか男がその意味を理解するのに少々時間がかかった。数秒の自失の後、怒りの表情が男の顔に浮かんだがその瞬間にアディルの指が男の指のわずか一㎝程手前で止まっている。


「これがどういう意味か察する事が出来ないなら実演してやるぞ」


 アディルの言葉に男はゴクリと喉を鳴らした。男はアディルの目を見て本当に目を抉るつもりである事を確信する。だが他の仲間達はアディルの行為をただのハッタリと見たのだろうすぐさま行動に移そうとした。


「てめぇ!!」

「舐めやがって!!」

「お前達はこいつの目がいらないというのだな。良い仲間をもったな。一人だけ目を抉られるのは可哀想だから全員の目をえぐり取ってやるから安心しろ。不幸は分け合えよ」


 男の仲間達がいきり立ちアディルに掴みかかるとした瞬間にアディルが言い放つ。その言葉の温度は男達が今まで聞いた事の無いほど冷たいものである。

 アディルの言葉に男達は凍り付く。アディルの言葉がハッタリとはとても思えなかったのだ。アディルの言葉の一つ一つは、まるで氷水を背中に流し込まれたような感覚を男達に与えた。


「おや? どうしたんだ? かかってこないのか?」


 アディルの嘲弄を受けても男達は動けない。もはやこの場を支配しているのは完全にアディルであり男達は強者の前で縮こまっているだけの哀れな生贄でしかない。


「おいおい、お前達が襲ってこなければお前達の目をえぐれないじゃないか」

「ひ……」

「こ、こいつ、やべぇよ」


 アディルの言葉を聞くと男達はジリジリと後ずさりを始めた。


(もう少しだな……)


 アディルはそう判断すると口を開く。


「まさかお前ら逃げるつもりじゃないだろうな? このまま逃げ帰ればどのような目に遭うかわからないのか?」


 アディルがそう言うと男達は一様に困った様な表情を浮かべた。アディルの言葉は男達にこのまま逃げると言う選択肢を潰してしまったのだ。このまま成果なく戻って男達がただで済むはずがない。だからといってアディルに向かって行くだけの度胸もない。まさしく進退窮まったと言った感じなのだ。

 アディルがこのような事を言ったのはもちろん嫌がらせのためである。もちろんアディルは男達が暴発して襲いかかれば容赦なく男の目を抉るつもりであった。


「もう、あんまりいじめちゃ駄目よ」


 そこにエリスが割って入る。エリスの言葉にアディルは嗤う。


「そうか? こいつらはあそこまで勇ましく俺を脅してくれたんだからそれに答えてやるのが礼儀だろう。とりあえずこいつらを半殺しにしたら大物が出てくるだろうから構わないだろ?」


 アディルの言葉にエリスは静かに首を横に振る。


「それは駄目よ。こいつらを半殺しになんかしたらアディルが官憲に捕まるわ」


 エリスの言葉にアディルはニヤリと嗤う。


「それもそうか……じゃあ証拠を残さないようにここではないどこかでこいつらには消えてもらおう」


 アディルの言葉と殺気に男達の顔が凍る。アディルの殺気は男達の心を折るどころかすでに砕きに来ていたのだ。ガタガタと震える男達に対してアディルは放っていた殺気を抑えると男達に言い放つ。


「とりあえず俺達はこのお爺さんから部屋を借りることを決定した。俺達の邪魔をするなら潰すとお前達の雇い主に伝えておけ。次はお前達が派遣されなければいいな。次はうっかり加減を間違えるかもしれん」


 アディルの言葉に男達はコクコクとまるで下手な人形遣いに操られた人形のような動作で頷くとそのまま踵を返すと走り出した。まさに脱兎の如くという表現そのままの逃走にアディル達は皮肉気に嗤う。


「さて、お爺さん聞いての通りです。俺達は部屋を借りることにしました」

「ほっほっ、いやいやお前さん若いくせに大した迫力じゃな」

「お爺さんこそ、あの連中をまったく恐れてなかったみたいですね」

「ああ、お前さん達がここにおったでな。あいつらを追い払ってくれると思ってたんじゃよ」


 アディルの言葉にジルドはカラカラと笑う。その言葉にアディルは少しばかり違和感を感じるが、ここではその事に触れなかった。


「なるほど……それじゃあ、俺達はハンターチームの『アマテラス』です。俺はアディルと言います」

「私はヴェルティオーネと言います。ヴェルと呼んでください」

「私はエリスです」

「エスティルと言います。よろしくお願いします」

「アリスティアよ。アリスって呼んでね」


 アマテラスのメンバー達が名乗るとジルドもニコニコとして名乗る。


「儂の名はジルド=カーグじゃよ」


 ジルドもにこやかに名乗る。


「それじゃあ、事情を聞かせていただきますか?」


 アディルの問いかけにジルドは表情を引き締めると頷いた。


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