拠点確保①

 王都ヴァドスに到着したアマテラス一行は拠点となる宿選びを行っていた。昨日到着した時はすでに夕刻であり、そのまま宿に入ったのだが思った以上に宿泊費が高かったために拠点を探すことになったのだ。宿選びの基準は低価格、五人一部屋で泊まれることである。王都の物価が著しくエイサンよりも高いために自然と節約することになったのだった。


 しかし、低価格の宿屋が置かれているところは基本的に治安があまり良くないためにアディル達は慎重に場所を選んでいるのだ。確かに現在のアマテラスのメンバー達の実力であれば街のゴロツキなどものの数ではないのだが、わざわざ近付く必要はないだろう。


「いっその事部屋を借りようか……」


 アディルの言葉に残りのメンバー達は難しい顔をする。確かにアディルの言う通り部屋を借りた方が長期的に見れば支出を抑えられるのだ。


「う~ん……そっちの方が良いかもしれないわね」

「私もそっちの方が良いと思う」


 ヴェルとアリスがすかさず賛成するがエリスとエスティルは難しい顔をしている。


「部屋を借りる事自体はいいんだけど。私達って結構訳ありだから足枷になる可能性はないかしら……」

「エスティルの言う通りよ。あと私達のようなハンター相手に部屋を貸す人は少ないわよ」


 エスティルとエリスの言葉に賛成派の三人も考え込む。アディル達アマテラスは、レムリス侯爵家、エスティルを狙う魔族勢力、そして詳しい事情を伝えていないがアリスを付け狙う者達という問題が山積みなのだ。

 それらの勢力は間違いなく暴力的な手段の使用を躊躇うことはない。そうなったときに、部屋を借りるというのはアディル達にとって大きな足枷になる可能性もあるのだ。

 またハンターという職業は命がけの職業であり、任務(ミッション)中に命を失う事も多々あるため家賃の取りっぱぐれが多い事から、家主があまりハンターに部屋を貸したがらないという現実もあったのだ。


「一理あるわね」

「でしょう? 費用の件は確かに問題だけどそれ以上に足枷となる可能性があるわ」

「う~ん……でも資金の面では借りた方がいいわよ。貸してくれるのは簡単には行かないだろうけど」

「それも一理あるのよね。アディルはどう?」


 アリスがアディルに尋ねるとアディルも悩む。どちらの言い分にもメリットとデメリットがある。


「そうだな。どちらにもメリットとデメリットがあるのは確実だな。それを吟味した上で俺は部屋を借りる事を提案したい」


 アディルの言葉に全員の視線がアディルに集まる。それはアディルに理由を話すように促していた。それを察したアディルは理由を伝える。


「確かに足枷になるという部分はあるけど資金面から考えてもメリットの方が大きいし、帰る場所があるというのは俺達の精神の安定にも繋がる」

「アディルのいう事も一理あるわね」


 アディルの言葉にエリスが賛同を示す。


「確かに帰る場所があるというのは……大きいわね」


 エスティルも同様に賛同の意を示し始める。帰る場所があるとないとではその精神の安定にやはり差がある。ハンターのように任務で各地を回るような人々であっても本拠地を設けるものなのだ。


「どうだ? いっその事部屋を借りるという方向で動かないか?」

「私は賛成よ」

「私も」

「そうね、足枷とか言ったけどマイナス面だけでなくメリットの方に目を向けるというのも大事よね」

「部屋を探すのは大変だけど全くないというわけじゃ無いから探すだけの価値はあるわね」


 全員が賛成したと言う事でアマテラスの基本方針は部屋を借りるということに決定した。


「さて、それじゃあ。俺達の部屋を借りるといったけど理想としては一軒家を借りるという方向にしないか?」

「それは確かに魅力的ね。でも私達の資金の事をきちんと考えれば自然と一軒家という選択肢は消えるわよ」


 アディルの言葉にエリス以外のメンバーは目を輝かせるが、エリスはピシャリと否定する。チームの資金管理を一手に担うエリスはその辺の妥協は一切無い事はアディル達を理解しているので反論を控えた。


「わかってくれて嬉しいわ」


 ニッコリと笑うエリスにアディル達は即座に頷く。エリスの目は本気の光を宿していたためにアディル達は頷くしかなかったのだ。


「とりあえず商業区域なら便利そうだからまずはそこで探そう」


 アディルの言葉にメンバー達は頷くと商業区域へと向かって歩き出す。アディルが商業区域を指定したのは買い物に便利だなというだけの単純なものである。だが、意外と単純さは物事を決める理由となるのだ。


「どうせならハンターギルドの近くが良いんじゃないの?」

「それもありね。でも休暇の時の事を考えればハンターギルドの近くじゃない方が良いような気がするわ」

「あ、ちょっとそれわかる」

「でしょう? 仕事とプライベートは私はきちんと分けたいのよ」


 メンバー達はそれぞれ思い思いの事を言いながら歩いて行く。そんな話をしながら歩いていると商業区域に到着する。そこの賑わいはアディルが見た事のないレベルのものである。アディル達が王都に到着してから一日しか経っていないために商業区域には始めてきたのだ。


「とりあえず歩くとしようか」

「「「「うん♪」」」」


 アディル達は各店を覗きながら空いている部屋がないか探していく。しばらく歩くと一階が商店で二階に空き部屋があるという張り紙があるのを見つけた。


「ねぇ、アディルあれ」

「ああ」


 アディル達が張り紙を見て喜び勇んで向かうと六十代半ばのお爺さんがいる。扱っている品物は食品類であるが他に客はいない。それを知ったアディル達は互いに視線を送ると早速声をかける。


「あのすみません!!」

「いらっしゃい!!」


 お爺さんは愛想良くアディル達にあいさつを行う。ニコニコと愛想良く笑うお爺さんにアディル達はほっとした感じを受ける。


「あの、そこの張り紙を見たんですが、部屋を借りたいんです」


 アディルの言葉にお爺さんは驚いた表情を浮かべるがすぐに笑顔を浮かべる。


「ほっほっ、ひょっとして借りてくださるのかな?」


 お爺さんの言葉にアディル達が頷こうとしたときにエリスが先に口を開く。


「そのつもりと言いたいところですが、家賃や様々な条件を確認してから決めたいと思います」


 エリスの言葉にお爺さんはニヤリと笑う。アディル達はエリスの言葉に少しばかりお爺さんが気分を害する可能性があり心配したのだがお爺さんの反応からそれが杞憂である事を察した。


「うんうん……カワイイ顔をして中々抜け目ないお嬢ちゃんじゃな」

「カワイイという褒め言葉は有り難く受け取りますけどズバリお聞きしますが……家賃は一月いくらですか?」

「金貨一枚!!」

「高い!! 銀貨二枚!!」


 お爺さんの出した条件にエリスは即座に値切り交渉に入る。アディル達はその光景を黙って見ており口出しするような事はしない。お金に関する事はエリスに任せた方が確実だったからだ。


「そりゃいくら何でも安すぎじゃわい。銀貨九枚と銅貨九枚でどうじゃ?」


 お爺さんは値引きに応じたように見せかけているがまったく応じていない。ヴァトラス王国の貨幣制度では、鉄貨十枚で銅貨一枚、銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚、金貨十枚で白金貨一枚という交換比率に定められている。中流家庭の一ヶ月の生活費が大体金貨三~四枚である。

 お爺さんの値引きはある意味値引きの意思無しという宣言に等しかったのだ。


「確かに安すぎだったわね。銀貨五枚でどうです?」


 エリスの言葉にお爺さんはニヤリと嗤う。


「お嬢ちゃんには儂の意図が伝わっていないようじゃな」


 お爺さんの言葉にエリスもまたニヤリと嗤う。エリスとお爺さんの間に火花が散るのをアディル達は確かに見た気がした。両者の間の散る火花にアディル達はゴクリと喉を鳴らす。


「そちらこそ、私の意図が伝わっていないみたいですね」

「ほう……儂の提示した額は王都の相場からしたら安く設定しているのじゃがな」

「相場なんて関係ないですよ。これは私とお爺さんとの勝負です」

「ほう、勝負と来たか。面白いのぉ……受けて立つ!!」

「ふふふ、すでに勝負は決してるんですよ」


 エリスとお爺さんがなにやら盛り上がり始めるのをアディル達はゴクリと固唾を飲んで見守っている。アディル達は視線を交わすと全員が首を横に振る。エリスの“すでに勝負は決している”という言葉の意味をエリス以外はわかっていないのだ。


「まぁよかろう。そうじゃな銀貨八枚でどうじゃな?」

「何言ってるんです? 銀貨六枚です!!」

「いや八枚以上下げるつもりはないぞ?」

「さっきも言いましたよね。勝負は決してるって……どうします? 私はすでにそちらの弱味を握っているんですよ」

「ふむ、迂闊じゃったの」

「まぁ私達のような小僧、小娘がいきなり値切りに走るとは思いませんからね」

「銀貨七枚じゃな。それ以下ではこっちも利益がでないのでな」

「ふふ、それじゃあ銀貨七枚で大丈夫ですよ。元々、銀貨七枚で貸すつもりだったんでしょう?」

「なんじゃ、バレておったのか」


 エリスの言葉にお爺さんはカラカラと笑う。二人の会話について行けてない他のメンバーはエリスに尋ねる事にした。その役目はヴェルであった。このような時、ヴェルがまず質問する事が意外と多いのだった。


「ちょ、ちょっとエリスどういうこと? このお爺さんは元々銀貨七枚で貸すつもりだったって」


 ヴェルがエリスに尋ねるとエリスはニンマリと笑って答える。


「事情はよくわからないけど、このお爺さんから部屋を借りる人はほとんどいないのよ」

「どうしてそんなことがわかるの? それに弱味って何の事よ?」

「アディルが部屋を借りたいと言ったときにお爺さんは驚いた顔をしたじゃない。ここから部屋には何か事情があって借り手がいないという状況にあると思ったのよ。そしてこの店だけ客足が異常に悪いわ。立地条件だって悪くないし店内も清潔にしてる。品揃えだって悪くないわ。でも客足が悪いのは他に理由があるのよ」


 エリスの説明にアディル達はお爺さんを見るとその通りとばかりに頷いた。


「その理由まではわからないけど、お爺さんにしてみれば私達に部屋を貸せば普通に固定客をゲットできるでしょう?」


 続くエリスの説明にアディル達は頷く。確かに自分の借りる部屋の下の階が食料品店であればアディル達は普通にそこで購入するだろう。


「しかもこのお爺さんの強かな所は私達に家賃を大幅に値切られたという意識を植え付けることでさらに品物を購入すると踏んでいるところよ。実際にみんなも私が値切るのを見て悪いなと思ったんじゃない?」


 エリスの言葉にアディル達は頷く。確かにアディル達は人の良いところがあり、確かに申し訳ないという意識が生じたのだ。


「それを考えればどう考えても銀貨三枚分ぐらいすぐに回収できるわよね」


 アディル達はエリスの言葉に驚きお爺さんに視線を向けるとお爺さんは感心したようにエリスを見ている。それを見てエリスの言葉が当たっている事をアディル達は悟る。アディル達は戦闘において相手の心理を読み、利用する術に長けているのだが商人との交渉の経験が乏しいために気付くことが出来なかったのだ。


「よくわかったの。ついでに言えば嬢ちゃん達に勝ったと思わせて利を取ろうとしたんじゃがな」


 お爺さんは悪びれること無く断言する。どうやらこの人物も一筋縄ではいかない人物らしいとアディル達は察する。


「ところでお爺さん。どうして部屋を借りる人がいないの? ここまで条件が揃っていれば引く手数多でしょう?」


 エリスがそう聞いた時、下品な大声が響き渡った。


「ジルド!! ここから出て行く決心はついたか!!」


 アディル達が振り返ると六人の男がニヤニヤと嫌らしく嗤っていた。 

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