第45話 幕間①

 ヴァトラス王国の王都『ヴァドス』は国王の居城である王城を中心に三つの城壁に囲まれた大都市であり人口は五十万を越える。

 王城から一つ目の壁の中には貴族、高級官僚の居住地域。二つ目の壁の内部には平民の居住区域、三つ目の壁の内部には商業地域、工業地域が広がっている。三つ目の壁に商業地域、工業地域が広がっているのは、物流の面で都合が良いからである。

 また各壁の通行は基本自由となっている。これもまた商業に都合が良いというのがその大まかな理由であった。


 だが、いくら通行が自由であっても一般市民がおいそれと入る事が出来ない場所がある。いや、貴族であってもそこに入るには厳重な手続きが必要な場所がある。そこは王城の中の王族の居住区であった。

 その王族の私的な場所において四人の男女が茶会を催していた。三十後半の男女と十代の男女である。

 三十後半の男性の名は“レグレス=ジュール=ヴァイトス”、茶色い髪と瞳を持つ男で役職はヴァトラス王国国王、そしてその隣で朗らかに微笑む妙齢の女性の名は“ヴィクトリス=レーナ=ヴァイトス”、レグレスの妻でありヴァトラス王国の王妃である。やや明るい赤毛と茶色い瞳とお穏やかな性格をしており国民に人気のある王妃であった。


「さて、お前達はこの報告をどう見る?」


 レグレスは一枚の報告書をテーブルの上に投げると、その報告書を十代の男子が報告書を手に取り目を通し始める。すると隣の少女も報告書を覗き込んだ。


 報告書を読んでいる男の子は、ヴァトラス王国の王子である“アルト=ヴィレム=ヴァイトス”、年齢は十五で父譲りの茶色い髪と瞳を持つ少年だ。多くの人が美少年と呼ぶであろう整った容姿を持ち、頭脳明晰で武術の腕前も相当なものであると評判の王子である。

 そして報告書を覗き込む少女の名は“ベアトリス=レナ=ヴァイトス”。ヴァトラス王国の王女であり年齢は十五、アルト王子とは双子であり、アルト王子同様に整った容姿をしており美少女にカテゴライズされるのは間違いないだろう。


「ふむ……街道沿いに盗賊と思われる死体……」

「ねぇアルト……悪食王ガリオンドと思われる肉片ってあるわよ」

「ああ……この街道は王都に繋がっている」

「ひょっとして……悪食王ガリオンドを肉片にするような強さを持った者が王都に来ているということ?」

「ああ、これは一刻もはやく対処すべきではないですか?」


 アルトとベアトリスの会話を聞いていたレグレスは満足そうに頷く。王族としてまず第一に考えなければならないのは国益である。そのためには国の害になる可能性のあるものに注意を向けるのは当然であった。


「その通りだ。お前達の言うとおりすでに悪食王ガリオンドを斃したと思われる者への調査は開始しておる」

「……では何故ここで話題に?」


 レグレスの言葉にアルトは首を傾げながら言う。すでに調査を開始しているのならここで話題に上らせる事はないはずだ。調査結果を待ってから話題にすれば良いはずである。


毒竜ラステマの件を掴んでいるだろう?」


 レグレスの言葉にアルトとベアトリスは小さく頷く。アルトとベアトリスは独自の情報網を持っており、その情報網の中に先日、闇ギルド同士の抗争が勃発した事を掴んでいたのだ。


「父上は……毒竜ラステマ闇咬やみがみの抗争と今回の悪食王ガリオンドの件が無関係でないとお考えですか?」

「ふむ……闇咬やみがみとかいう闇ギルドの本拠地はエイサン、そして悪食王ガリオンドの死体が見つかったのは王都とエイサンを結ぶ街道……少々で来すぎているだろう?」


 レグレスの言葉にアルトとベアトリスは沈黙する。実の所、二人も悪食王ガリオンドと盗賊の死体が見つかった場所が王都とエイサンを結ぶ街道である事に関係を考慮したのは事実であった。


「お前達がそれを見落とすとは思えん。そこでお前達に問いたい。悪食王ガリオンドを斃したという者はヴァトラス王国にとって害を及ぼす存在と考えるか?」


 レグレスの言葉にアルトとベアトリスは少し考えるとアルトが口を開く。


「私は害を及ぼす可能性は低いと思います」

「私もです」


 アルトとベアトリスの返答にレグレスは先を促す。


「理由は、今回の件で無辜の民が犠牲になっていない事が挙げられます。逆に倒さなければ無辜の民が犠牲になる事が考えられます」

「私もそう思います。何者かは知りませんが斃したのは無辜の民に危害を加える者である以上、国益に反しない可能性が高いです」

「ふむ……」

「「ですが……」」


 アルトとベアトリスは声を揃えて続ける。レグレスは視線で先を促す。それを察するとアルトが先を続ける。


「単に襲ってきた者を斃しただけの可能性がある以上、楽観視するのは危険かも知れません」


 アルトの言葉にベアトリスも頷く。


「もし、害を及ばさない存在である事が確認出来ればそれで良しとして現段階ではその旨の確認とすべきだと思います」

「私もアルトと同意見です。その相手がどのような者なのかまずは確認し、危険があれば排除、なければ放置かそれなりの待遇を与え取り込むべきと思います」


 アルトとベアトリスの返答を聞きレグレスは頷く。


「それで放置がとるべき方法に入っているのはなぜだ?」


 レグレスの言葉にベアトリスはニッコリと微笑むと質問に答える。


「もちろん国益を損なわないためです。世の中には権勢に阿らない人種はいるし、押さえつけようとすれば神にも反抗する者がいることはお父様もご存じでしょう?」


 ベアトリスの言葉にレグレス、アルトは頷く。ベアトリスが言ったように世の中には権勢の阿るのではなく押さえつけられることに反発する者もいるのだ。


「ベアトリスの言う通りだな。父上、わざわざ敵対の意思がないものであった場合に対処を誤れば敵対者へとなります」


 続いてアルトの発言にもレグレスは頷く。


「よし、お前達はよくものの道理をわかっているな」


 レグレスの言葉にアルトとベアトリスは顔を綻ばせる。


「その通りだ。王族はあらゆる事に気を配らなければならない。そして、我らの権勢に誰もが従うわけではない事もな」


 レグレスの言葉に全員が聞き入る。


「権勢に従わない事を我らへの反逆ととらえればそれは敵対者を生み出すという結果になろう。お前達はそこがわかっているようだな」


 レグレスの言葉にアルトとベアトリスは頭を下げる。次いでレグレスは言葉を続けた。


「そこでお前達に命ずる。悪食王ガリオンドを斃したと思われる者達を探しだし、我が国に危害を加える者達かどうか探れ。その際に必要なものがあるならば言いなさい。可能な限り融通しよう」

「「はい」」


 アルトとベアトリスは即答するとそこで王妃ヴィクトリスが口を開く。


「二人とも頼みますよ。さて、その件はこれで……次は私が仕入れた情報を精査いたしましょう」

「うむ」

「「はい」」


 それからヴィクトリスが社交界で仕入れた噂を家族に話し出すと話題はそちらに移った。


 この一家の茶会は会話の内容自体は殺伐としている事もあるのだが、本人達は至って楽しんでいるのであった。

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