第44話 王都へ ~ある魔族達の災難⑦~
ハザルとの戦いを圧勝で終えたアリスはそのままアディル達の元へと“とててて”と走ってくる。
「凄いわね。アリスったら強いというのは知ってたけどこんなに強かったのね」
エスティルはアリスを称賛すると、称賛を受けたアリスは顔を綻ばせる。しかし、すぐに顔を引き締めるとエリスに視線を移すと心配そうに尋ねる。
「アディルは大丈夫なの?」
このアリスの質問に対してエリスは顔を綻ばせて頷くと質問に返答する。
「ええ、幸い急所は外れてるから大丈夫よ。それよりもエスティルの護衛隊の人達の方が深刻かも知れないわね」
エリスはそう言うと未だに倒れているアシュト達に視線を移す。アシュト達の傷は思ったよりも深いらしく絶命しているわけではないが苦痛に呻いている声がアマテラスのメンバーの耳に入っていた。
「エリス、俺はもう大丈夫だ。あっちの治療をしてくれ」
「う、うん」
アディルの言葉にエリスは頷くとアシュト達の元に向かうと治癒魔術をアシュト達にかける。
「それにしても、そのアリスの武器はまさしく攻防一体というやつだな」
アディルの言葉にアリスは顔を綻ばせる。
「うん、こっちの剣は“ヴェルレム”、籠手は“ヴィグレム”というのよ」
「籠手の方の能力は中々凶悪だな」
「うん」
「魔力を吸収する能力か……」
アディルが籠手のヴィグレムについて推測した事を話すとアリスはニンマリと笑って頷く。
「そして、吸収した魔力は剣を使って放出する事が出来る……だろ?」
続いてアディルが言うとアリスはまたもニンマリと笑って頷いた。
「その通りよ。このヴェルレムとヴィグレムは攻防一体、籠手のヴィグレムで魔力を吸収し、剣のヴェルレムで魔力を放つ。でもよくわかったわね。魔力の吸収の方は実際に見たから簡単だけど、放出は見せなかったわよ」
「紐で繋がってるという形状から推測したんだがどうやら当たりだったようだな」
「まぁね」
「それからもう一つあるんだけど」
「何?」
アディルの言葉にアリスは首を傾げる。武器以外の事を聞かれるとは思っていなかったのだ。
「あの魔族の背後に一瞬にして現れたのは転移魔術だろ。それはわかったんだがどうやって拠点を設定した?」
「ああ、その事」
アディルの言葉にアリスは納得したように声を出す。転移魔術とはその名の通り、一瞬で遠くの距離を移動する事の出来る術である。但し転移するためには通常予め拠点を設置しておく必要があるのだ。アリスがハザルの背後を取るのに転移魔術を使用したのはアディルもわかったのだが、その拠点をいつ設置したのかがわからなかったのだ。
「裏拳であの魔族を殴ったでしょう。あの時あいつの顔面に設置したのよ」
「あの時か……」
「そういう事、アディルと最初にあった時はアディルの進行方向にいくつか拠点を設置していたのよ。その中の一つの近くにアディルが来たから転移したのよ。納得した?」
アリスは笑いながら言う。
「なるほど納得したよ」
アディルが答えた所でアシュト達の治療が終わり、アシュト達はエスティルの元に跪くと先程の自分達のふがいなさを恥じ入った。
「面目ございありません。皇女殿下をお守りする立場でありながら……」
「ええ、今回の事はあなた方の不始末である事は確かね」
エスティルの言葉にアシュト達は項垂れる。アディル達はその様子を黙って見ている。今回の件は確かにアシュト達の不始末である事は間違いない。よりにもよって護衛チームの中に裏切り者が紛れ込んでいるというのはあり得ない失態であった。
「しかし、この不始末を払拭する機会を与えましょう。先程言った通り私の側につくものを軍の中に作りなさい。そして条件を追加するわ。信用のおける者が大前提、次に能力で選びなさい」
「はっ!!」
エスティルの凜とした声にアシュトは跪くと即答する。アシュトにしてみればこの場で死を命じられても文句は言えない。だが、エスティルは死を命じるのではなく不始末を払拭する機会を命じたのだ。これを寛大な処置と受け取るのはアシュトにしてみれば当然であった。
「して……皇女様はこれから?」
「もちろんアマテラスのメンバーとして活動することにするわ。私を襲う者共を斃しルグエイスを追い詰めることにするわ」
「……御意」
エスティルの言葉にアシュトはようやく“御意”という言葉を絞り出した。そして立ち上がるとアディル達に向けて頭を下げる。
「我が国の事情に巻き込んでしまい本当に申し訳ないのだが皇女殿下をよろしく頼みたい。この方は我が国にとって大事な方なのだ」
アシュトが頭を下げた事にエメスとアーディオは驚いたが、二人も同様に頭を下げる。ここまで丁寧な対応をされてしまえばアディル達としても断るつもりは一切無い。元々、アディル達にとってエスティルを見捨てるなどと言う選択肢は存在しないのだ。
「もちろんです。俺にとってもエスティルは大事な存在なんです」
「ふぇ!!」
アディルの返答を聞きエスティルが上ずった声を出した。先程の凜とした皇女然とした雰囲気ではなく年相応の少女のような反応であった。それを見てアシュト達は僅かながら目を細める。ヴェル達も少しばかり“むっ”とした雰囲気が流れている。
「アディル殿……まさかとは思うが貴殿は皇女殿下と……恋仲なのではなかろうな?」
アシュトの言葉にアディルは笑いながら返答する。
「う~ん、それはないですね。俺達はそういう関係じゃないですよ」
「……むぅ」
アディルの返答にエスティルが不満そうな声を出す。アディルはまったく動揺しておらずエスティルとすれば自分に興味がないような印象を受けたのだ。確かに前日の夜にアディルが“自分達に恋愛感情を持っているかわからない”という事を確認していたのだが、だからといって不満に思わないかというとそうでもないのだ。
アシュト達はそのようなエスティルの反応を見て何かを確信したようだ。
「アディル殿……少し良いかな?」
「はい?」
アシュトはアディルの両肩に手を置くと妙に座った目でアディルを見る。
「あの?」
「良いかねアディル殿、これから皇女殿下と行動を共にする貴殿に言っておくことがある」
「はい」
「皇女殿下は大変高貴な身分であり、我が国の至宝であると私は思っている」
「はぁ……」
「君は皇女殿下と恋仲ではないという話であるが……男女の仲というのはどうなるか誰にもわからぬものだ……もし、もしだ。君と皇女殿下が恋仲になった場合……若い二人だ。
「へ?」
アシュトの言葉にアディルは呆けた声を出す。アディルの困惑を当然ながらアシュトは察しているが構わず続ける。
「もし、君が皇女殿下にふしだらな行為に及んだとしたら……」
アシュトはそこで一端話を区切る。だがそれはエネルギーを貯めている事を意味している事をアディルは察している。両肩に置かれたアシュトの手がその握力を発揮しギリギリとめり込んでくる。そして貯められたエネルギーは爆発する。
「私は
アシュトの言う
「め、滅相もない、俺は!!」
「ええい!! わかったか!? わからんのか!?」
「りょ、了解しました!!」
アディルの返答にアシュトは先程までの激情は嘘のようになくなる。そのまま後ろを向きエスティルの前に跪いた。
「皇女殿下……なにとぞ結婚までは体をお許しにならないようにしてください」
「な、何を言っているの「よろしいですな?」」
「わ、わかったわよ」
エスティルの否定の言葉にアシュトは言葉を被せてくる。本来であればあり得ないレベルの無礼である。エスティルはアシュトがこのような行動に出た理由を当然把握している。そしてそれ故に強く出ることは出来なかったのだ。
「ご理解していただきありがとうございます。そして私の無礼を寛大な心でお許しいただいた事を感謝いたします」
アシュトはそう言うと立ち上がりエスティルに耳打ちする。するとエスティルは真っ赤になってアシュトを見るとアシュトはニヤリと笑うと一礼しエスティルから離れた。
「それでは、我らは皇女殿下の命に従い、これより帰還いたします。行くぞ」
「「はっ!!」」
アシュトはそう言うと足元に魔法陣が展開されその魔法陣にエメスとアーディオが乗ると三人は“ふっ”と姿を消した。どうやら先程の魔法陣は転移魔術であったらしい。
「なんか凄い人達だったわね」
ヴェルの言葉に全員が頷く。そしてそのままヴェルはエスティルに尋ねた。
「ところでエスティルは最後にアシュトさんに何て言われたの?」
「ふぇ」
「あ、それ私も気になった」
「私もいきなり真っ赤になっちゃったし何言われたのよ?」
ヴェルの質問にエリスもアリスも食いついてきた事にエスティルは露骨に慌てている。それを見てアディルは何となくだがこの話に深入りするのは危険な感じがしたために触れるのを避ける事にした。
「さぁ、みんなその話は後にしてさっさと王都へ向かおう」
「そ、そうよ!! みんな早く王都に向かいましょう!!」
「「「怪しい」」」
露骨に話を逸らそうとするエスティルにヴェル達三人は怪しむ視線を向けるがエスティルはそれをさりげなく流した。
そして苦笑を浮かべるアディルと目が合ったときにエスティルは再び頬を赤く染めた。
(もう……アシュトが“ライバルが多いですが頑張ってください”なんて言うから意識しちゃうじゃない)
エスティルは心の中でアシュトに抗議を行いながら馬車を作っていた。
アディル達はこの後、ゴブリン達の襲撃を受けたりしたが難なく退け、二週間後に王都「ヴァドス」に到着した。
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