第43話 王都へ ~ある魔族達の災難⑥~

 ハザルの斬撃をまともに受けたアディルが膝をつくのを見て、アマテラスのメンバー達は悲鳴を上げる。アディルは膝を着くと同時に後ろに跳びそのままエスティルを抱きしめるとそのままハザルとの距離をとらせる。


「アディル、無事?」

「ああ、何とか急所を外れてるから大丈夫だ」


 ハザルから距離をとったアディルにエスティルは傷の具合を尋ね、心配ないというアディルの返答を聞き、安堵の表情を浮かべた。


「エリス!! アディルに治癒魔術を!!」

「わかったわ!!」


 エスティルの言葉を受けてエリスがアディルの元に駆け寄るとすぐさまアディルの傷口に手を当てると詠唱を始める。


「ふん、させるか!!」


 ハザルはアディルの治癒が始まったのを見て即座に剣を構えるとアディル達に斬りかかろうとした瞬間、ハザルの顔面目がけて一本の剣が投げつけられた。ハザルはその剣を弾くと投げつけた人物を見やる。ハザルに剣を投げつけたのはアリスであった。


「あんたねぇ……エスティルを守るのが仕事じゃないの!!」


 アリスの言葉にハザルはニヤリと嗤うと嘲りの言葉をアリスに投げ掛ける。


「何を言っている。俺は金をくれる方につくだけだ。皇女の首は高く売れるんでな」

「なるほどね。あんたがどんな価値観で動こうが関係ないけどね。アディルを傷つけたのことは許さないわ」

「ほう……なんだお前、竜族のくせに人間に惚れたのか?」

「な……そ、そんなわけないじゃない!! アディルは私の大事な仲間よ!!仲間を傷付けられて怒らないわけ無いじゃない!!」


 ハザルの言葉にアリスは動揺する。それを見てヴェル達は心を乱したアリスを心配し助太刀に入ろうとしたがアリスが手で制する。それを見てヴェル達はアリスへの助太刀を見送る事にした。現在の状況から考えれば無防備なアディルとエリスを守るべきであると判断したのだ。


「ふん、貴様の事などどうでも良い。皇女を渡せば命だけは助けてやろう。お前のようなトカゲ人間如き生き残るにはそれしかないだろう」


 ハザルの言葉はアリスにとってとって許しがたい事この上ないものであった。アマテラスの仲間を裏切れと言うのはアリスをその程度と見ているという事と同義であった。一瞬でアリスの忍耐心は蒸発するとハザルへの敵対心を露わにする。


「言ってくれるわね。後ろからコソコソと攻撃するしか能のない小者の分際で私を侮辱するなんてね」


 アリスの口調は非常に静かであったがその内容は苛烈そのものであった。アディル達は数度温度が下がったような感覚を味わう。世の中には本当にキレた時に静かな怒りの炎を燃やす者がいる。その炎の色は蒼だ。赤い炎よりも静かに燃えるが温度は遥かに高い。アディル達はアリスが本当に怒っている事を察している。


「なんだと……」

「あなたは自分の事を大物と思っているようだけど自分を客観視する事の出来ない無能者よ」

「お前と言葉をこれ以上交わしても無駄のようだな」

「ええ、私もカメムシ以下の知能しか持たないあんたと言葉を交わしても苦痛なだけから始末する事にするわ。みんなそういうわけでやらせてもらうわよ」


 アリスの言葉にハザルは鼻で嗤うと話をうち切ろうと口を開いた。だがそれに対するアリスの言葉は容赦と程遠いものである。アリスの言葉にアマテラスのメンバー達は承諾とばかりに頷いた。

 仲間達の承諾を受けたアリスはハザルに視線を移すと空間に手を突っ込むと一本の剣と籠手を取り出した。

 剣は全長八十㎝程で片刃の美しい剣、籠手は白銀に輝いたややゴツい感じの籠手である。剣の柄頭つががしらと籠手の手首の部分は金属で編まれた紐で繋がっており、紐には苦無くないが三つ通されている。


「ほう……変わった武器だな。だが、そんな虚仮威しにかかるほど私は愚かではない」


 ハザルはアリスを嘲弄する。アリスはニヤリと嗤うとハザルを憐れむような表情を浮かべると静かに言う。


「虚仮威し……ねぇ、その程度の認識しか持てないのはいっそ哀れだわ」

「な……」

「まぁいいわ。すぐにわかるから……」


 アリスはそう言うと動く。まるで瞬間移動かと思うような動きで一瞬でハザルの懐に潜り込むとそのまま右手に持った剣を横に薙いだ。

 ハザルは後ろに跳躍してアリスの斬撃を躱すが、アリスの攻撃はそれで終わりではなかった。アリスはそのまま追撃を行い立て続けにハザルに斬撃を放つ。アリスは足、首、肩、腹の順番に次々と斬撃を繰り出す。アリスの斬撃は変幻自在でありハザルには反撃を行うだけの余裕は一切無かった。


「く……」


 ハザルの口から完全に流れを奪われた事に対する忌ま忌ましさを感じている声が発せられる。

 アリスの斬撃がハザルの右太股に放たれ、それをハザルは剣で受け止めた瞬間にアリスは剣を手放し、そのまま懐に潜り込むと裏拳をハザルの顔面に放った。アリスの裏拳はそのままハザルの顔面にめり込むとそのままハザルは吹き飛んだ。


「ぐ……」


 ハザルはすぐさま立ち上がりアリスを睨みつける。アリスはハザルの怒りなどどこ吹く風とばかりにニヤリと嗤う。その嗤いに不快感を感じたハザルは両手をアリスにかざすと魔法陣を展開させた。明らかに攻撃系の魔術を放つつもりであるがアリスは何の行動もとらない。それがハザルにとって自尊心を大きく傷付けた。


「舐めるなぁぁぁぁ」


 ハザルは詠唱を終えるとそのまま魔術を放つ。放った魔術は双雷撃ツインライトニング、二本の雷光が対象者を貫くという強力な魔術だ。

 その強力な魔術であるはずの双雷撃ツインライトニングをアリスは左腕を掲げると二本の雷光はアリスの左腕に吸い込まれていき影も形もなくなった。


「な……」


 あまりの展開にハザルの口から呆然とした声が漏れる。それもそのはずでハザルにとって勝負を決する魔術であったのにあっさりと影も形もなくなってしまったのだ。


「な、何をやった?」


 ハザルの声には明確な恐怖がある。アリスが何かをやったのは間違いない。しかし装着していた籠手によるものなのか術によるものなのかが判断できないのだ。


「見てわからない程度の頭しかないんだから説明したからってわかるわけないじゃない」


 アリスの返答はにべもないと言うべきものである。アリスにしてみればわざわざ種明かしをしてやる義理など存在しない以上、教える気は一切無い。アリスはハザルの教師ではないのだ。


「さて、続き続きっと……」


 アリスはそう言った瞬間にアリスの姿が消える。


「な……」


 ハザルがアリスが消えた事に驚きの声を上げた瞬間にハザルの背中に衝撃が走る。ハザルは瞬間的にアリスにやられた事を察した。案の定、肩越しに後ろを見るとアリスが立っておりその手にしていた剣は血で濡れている。


「がぁ!!」


 ハザルは振り向き様に魔力で形成した剣を振るうがアリスはハザルの斬撃を剣で受けるのではなく左腕で受ける。そこでハザルは自分が形成した剣が消え去っているのを見た。手には何の感触もなく、ただ自分の剣が消滅した事に困惑していた。

 その困惑をアリスは見逃すような事はせずに剣を振り上げると凄まじい速度で振り下ろした。アリスの上段斬りはハザルの頭頂部から一気にハザルの腹部まで達する。両断されたハザルの体は膝から崩れ落ちるとそのまま動かなくなった。


「……あんたは私の友達を侮辱した……極刑に値するわ。まぁ聞こえてないでしょうけどね」


 アリスは剣を一振りしてハザルの血を払いながら言うとアディル達に視線を向けるとにっこりと微笑んだ。


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