第41話 王都へ ~ある魔族達の災難④~

 跳びだしたアディルとアリスが魔族の間合いに入った瞬間に斬撃を放った。アディルとアリスの斬撃は戦闘の一際大きな体躯を持つ魔族の大剣により弾かれる。


「やるな」


 自らの斬撃をあっさりと防がれたにもかかわらずアディルはニヤリと笑う。アディルの表情を見た魔族もまたニヤリと笑う。妙に邪気のない笑顔にアディルは“ん?”と内心首を傾げる。


「貴様もな小僧!!」


 魔族はそう言うと大剣を横に払う。大木であってもあっさりと両断する事は間違いない横薙ぎの斬撃。それをアディルはカタナで受け止めるのではなく下から斬り上げ斬撃の軌道を逸らすとそのまま魔族の首を狙って斬撃を放った。


「隊長!!」

「おのれ!!」


 突如始まった戦闘に一呼吸遅れて後ろにいた魔族の二人がアディルに斬りかかろうとしたとき、アリスが二人との間合いを詰めると斬撃を放つ。アリスの斬撃を魔族は後ろに跳び躱した。しかし、完全に躱す事は出来なかったらしく魔族の右目の上が切れておりそこから血がしたたり落ちている。


「躱されたか……やるわね」


 アリスの言葉に右目の上を斬られた魔族は緊張感を露わにする。アリスの実力が決して軽視すべきものでない事に気付いた。いや、ひょっとしたら自分よりも上であると思ったのかも知れない。


「く……」

「アーディオ、こいつは強い。二人でやるぞ」

「わかった。エメスの言う通りだな」


 魔族が会話を交わすとアリスに向けて殺気を放つ。アリスもまたその殺気を受けるとニヤリと嗤い武器を構える。


「盛り上がってきたな」

「そうだな。小僧、名を聞いておこう。名乗れ」

「アディルだ。あんたは?」

「儂の名はアシュト、エスティル皇女殿下の護衛官だ」


 アシュトと名乗った魔族の言葉にアディルは動きが止まる。


(今、エルティルの護衛官と言ったよな? じゃあこの魔族は敵じゃなく味方か?)


「えっと、あんたはエスティルの部下か?」


 アディルはエスティルの名が出たことでアシュトに尋ねてみたのだが、アシュトが返答する前にエスティルが大声が響いた。


「アシュト!! そこまでです。この方達は私の味方です。アディルとアリスもこの者達は敵ではありませんので剣を引いてください!!」


 エスティルの言葉に全員の動きが止まり、それからすぐにアディル、アリスはアシュト達から距離をとる。エスティルの制止を振り切り襲いかかってくる可能性が皆無でない以上、念には念を入れるのは当然であった。


「皇女殿下!!」

「殿下!!」

「皇女様!!」

「皇女様……」


 エスティルの姿を見つけたアシュト達は全員が跪く。それを見てアディルとアリスは武器を納める。さすがにこの段階ならば警戒を大幅に下げても大丈夫と判断したのだ。


「あなた達、どうしてここに?」


 エスティルの疑問に満ちた言葉にアシュトは顔を上げて返答する。


「もちろん、エスティル皇女殿下をお迎えに参りました」


 アシュトの言葉にエスティルは戸惑ったような表情を浮かべる。その表情を見てアシュトは戸惑いの表情を浮かべる。


「いかがなされました?」

「アシュト、ここまで私を迎えに来た事には感謝しますが、私は国に戻るつもりは現段階でありません」

「な……」


 エスティルの思わぬ返答にアシュト達の顔が凍る。まさかエスティルから断られるとは思っていなかったのであろう。


「間違いなく私を邪魔に思っている者がいます。その者達を何とかしない限り私は戻るつもりはありません」

「それは……」

「実際に私はエルガストに襲われました」


 エスティルがエルガストの名を出した事でアシュト達の顔が強張る。エルガストがエスティルを襲う意味の重大さをアシュト達は察したのだ。


「あの者達が私を殺しに来たのは事実です。ここにいるアディル達がいてくれてからこそ私は難を逃れました。そしてエルガストを差し向ける事が出来るのは……」

「……ルグエイス殿下」

「そう、エルガストはお兄様の従者なのですからお兄様しかいません。そしてお兄様は皇位継承候補の第一人者です。となれば今国に帰るのはこれ以上無い危険な事という事がわかりますよね。そんな危険な所にノコノコと舞い戻る程私は愚かではないわ」


 エスティルの言葉にアシュト達は沈黙する。エスティルの言葉からは確固たる意思を感じ、それを覆すのは難しいと思っていたのだ。


「アシュト、私はもう少しこの世界を見て回ります。当然ですが、私には多くの追っ手が差し向けられることでしょうから私はその者達を排除していくつもりです」


 続いてエスティルに告げられた言葉の意図をアシュト達は察した。そしてそれはアシュト達にとって認める事の出来ない事である。自然と声が昂ぶるのは仕方が無いだろう。


「ま、まさか、皇女殿下は自らを囮にされるおつもりですか!!」

「な、なりません!!」

「そうです!! 皇女殿下がそのような危険を負う必要などございません!!」

 

 アシュト達の反対をエスティルは手で制する。エスティルに制された以上アシュト達は沈黙するしかない。即座に口を閉じる。


「良いですか。あなた達はすぐに国に帰り、私の味方となるものを軍の中に作りなさい。その際に身分よりも能力で選びなさい。もっと言えば現状に不満のある者が望ましいわ」

「は……」

「不満そうね」


 エスティルの苦笑混じりの言葉にアシュト達は顔を上げる。


「は……皇女殿下の護衛として耐えがたきことにございます」

「でしょうね。でも私は心配無いと言うことを示さなければならないわね」

「は?」

「ちょうどいいわ。今、他のチームが私を殺しにやって来るわ。数は五体という話だから私達でそいつらを蹴散らすことにするわ」

「お待ちください。賊共など我らが片付けます!!」


 エスティルはアシュトの言葉に首を振るとアマテラスの面々に視線を移した。アディル達はエスティルの言葉を承諾したように全員が頷いた。それを見てエスティルはニッコリと微笑むと凜とした声で告げる。


「それじゃあ、みんな行くわよ」

「「「「了解」」」」


 エスティルの言葉にアディル達は簡潔に返答する。アディル、アリスが先程同様に前衛、エスティル、ヴェル、エリスが後衛についた。


「来たわ!!」


 アシュトの言葉には答えずにエスティルが言うとアシュト達はエスティルの視線の先には五体の魔族達が向かってきているのを視界に捉えた。



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