第40話 王都へ ~ある魔族達の災難③~

 翌朝、目を覚ましたアディル達は王都に向けて出発する。エスティルの情報から魔族が探知した可能性は十分あると思ったのだが、アディル達は隠遁術を解き、特に気配を殺すことなく馬車に乗って移動している。


「あのさ……アリス、今日はどうしたんだ?」

「何よ。私が隣に座るのがそんなに嫌なの?」


 アディルの言葉にアリスが口を尖らせて抗議を行う。今日はアリスが何を思ったか馬車の御者台に座るアディルの隣にちゃっかりと座り込んでいたのだ。

 ちなみに誰がアディルの隣に座るかでアマテラスの女性陣はジャンケンをしているのをアディルは見ており首を傾げていた。


「いや、そうじゃなく。今まで俺の隣に座ろうとしなかったのに今日になってみんなでジャンケンまでするから不思議に思っても仕方ないだろ」

「う……えっと……」


 そこにエリスが助け船を出してくる。


「ああ、実はいつもアディルに御者を任せてるから見て覚えて、時々代われるようにしようとみんなで話し合ったのよ」

「その通りよ!! 私だって好きでアディルの隣に座ってるんじゃなくて御者を覚えようとしているだけよ!!」


 エリスの言葉にアリスが言う。いや、声の大きさを考えると宣言という表現の方が的確かも知れない。


「そうか。でも、この馬は式神だ。実際の所俺の思念に従って動いているのであって俺がここに座ってるのは気分の問題にすぎないんだが」

「もう!! いちいち煩い!! 今日は私がアディルの隣に座る事になったんだから文句言わないの!!」


 アリスは拗ねたように言うとアディルは苦笑しながら頷く。顔を綻ばせたアディルの顔を見てアリスはふんとそっぽを向くがアリスは耳まで赤くしているため、アディルとすれば微笑ましく思ってしまう。

 アリスは照れ隠しのために、本心と違う行動を言動をすることが多々あることをアマテラスのメンバーは知っているため、呆れというよりも微笑ましさを感じてしまうのだ。


「そうだな。アリスが隣に座ってくれて嬉しいよ」

「ふ、ふん、わかれば良いのよ」


 アディルがそう言うとアリスは真っ赤になった顔で言う。アディルはその様子を見てさらに顔を綻ばせた。


(ん? ……なんだこの悪寒は)


 突如、背後から圧迫感を感じ、アディルは振り向くとヴェル、エリス、エスティルの三人がジト目でアディルを睨んでいるのが目に入った。アディルはその視線の意味を尋ねるのは何となく憚れたためすぐに前を向く事にする。


 そんな一幕はあったのだがアマテラスは順調に王都への道を進んでいた。そして昼食をとり再び出発してすぐにアリスとエスティルがほぼ同時に叫んだ。


「後ろから魔族が追ってきてるわ!! 数は五!!」

「前から魔族が向かってきてるわ!! 数は四!!」


 エスティルが背後からの気配を、エスティルが前からの気配を仲間達に伝えるとアマテラスの面々に緊張が走る。


「どれぐらい離れている?」


 アディルがエスティルとアリスに尋ねる。アディル、ヴェル、エリスは未だに魔族の気配を察知しておらず、それほど距離が近いわけでないことは察しているが、自分達の元に向かっている魔族達との距離を知っておきたい所であったのだ。


「後ろは大体……十二~三㎞と言った所ね」

「前は八㎞と言った所かしら……」


 二人からの情報にアディルは少し考える。どのような行動を取るのが正解かをすぐさま考え始めているのだ。


(前後の魔族は違う陣営の魔族の可能性が高いな……だが、仲間の可能性も捨てがたい……安全策で行くか)


 アディルは考えをまとめると仲間達に自分の意見を告げる。


「俺はこのまま直進して前の魔族をまず斃す方が良いと思う」

「迎え撃つんじゃなくて、先制攻撃を行うつもり?」


 アディルの意見にヴェルが驚きの声を上げる。魔族相手にまず先制攻撃を仕掛ける人間など間違いなく少数派であろう。普通であれば魔族相手にはまず逃走を選択するものであるが、アディルはあっさりとそれを放棄したのだ。もちろんヴェル達はアディルが勝算無しに戦いをするわけではない事を知っている。


「ああ、今なら各個撃破が出来る。前の方が人数が少ないし俺達に近い。各個撃破することを考えれば前をまず叩くべきだ」

「前後の魔族同士で戦わせた方が良いんじゃない?」

「いや、前後の魔族が同じ陣営の時はものすごく厳しい戦いになる」


 アリスの意見をアディルは否定する。アリスの意見は確かに魅力的であるが敵が同じ陣営であった場合には一気に倍の魔族と戦わなくてはならなくなるため避けた方が無難であったのだ。


「幸い俺達は馬車での移動だ。移動による体力の消耗はほとんどない。各個撃破を提案する」


 アディルの言葉に四人は頷く。元々アリスもアディルの意見に反対であったわけではない。誰も反対意見を言わないようなチームなど危うい事この上ないのだ。


「私は各個撃破を支持するわ」

「私も」

「そっちの方が危険が少なそうね」

「私も納得したから各個撃破を支持するわ」


 四人が賛成したためアマテラスの作戦は各個撃破に決定した。そしてアマテラスの基本原則として決まった後はゴチャゴチャ言わないというものがある。決まる前まではどんなに意見をぶつけても構わない。いやむしろぶつけるべきであろうが、決まった後は蒸し返さないのは暗黙のルールであった。


「よし、それじゃあこのまま進もう。みんなはいつ戦闘になっても大丈夫なように備えていてくれ」


 アディルの言葉に全員が頷く。エリスがを取り出すと地面に撒く、地面に落ちた符から黒い靄が発生すると黒い獣が十数匹生まれる。発生した獣達はそのまま背後から追ってくる魔族に向かって駆け出した。各個撃破を達成するために時間稼ぎをするつもりだったのだ。


「エリス、流石ね♪」

「ふっふ~私はこうみえても“できる女”というやつなのよ♪」

「料理以外はね♪」

「何よエスティル。そんなに私の料理を食べたいの?」


 エスティルの言葉にエリスは目を細めて言う。その言葉には不吉のエッセンスが大量に含まれている。


「ご、ごめんなさい」

「わかれば良いのよ♪」


 エリスの勝利を確信した言葉は御者席に座っているアディルとアリスにも聞こえてきており二人は苦笑を浮かべる。これから魔族と連戦するというのにまったく緊張していないのだ。アディルはそれに頼もしさを感じる。もしヴェル達が油断をしていれば窘めるつもりであったが、後ろの三人からは張り詰めた緊張感はない。実に自然体で本来の自分の実力を出せるのは間違いなかった。


「こいつらか……中々の手練れみたいだな」


 アディルの声には隠しきれない喜びが含まれている。強い敵と戦うことが目的であるアディルにとって魔族は恐れの対象ではないのだ。


「そうね……アディルの言う通り中々の手練れみたいね」


 アディルの言葉にアリスが同意する。前面から向かってくる魔族達のグループが手練れである事をアリスも感じていたのだ。


「アリス、お前は武器がないけどどうする? あり合わせで良ければ作るが?」


 アディルが言うとアリスは首を横に振ると空間に手を突っ込み一本の剣を取り出した。その剣は変哲のないただの剣であり特別な力を何も感じない。


「大丈夫よ。予備の剣があるからね」

「アリスは神の小部屋グルメルが使えたのか」

「うん、アディルが封印術を使えるから言ってなかったけどね」

「アリスってすごいよな。神の小部屋グルメルって相当難しい術なんだろ?」

「そうでもないわよ。アディルの術の方が応用力が効くしね」

「そんなもんかな」


 アリスの顔に苦笑が浮かぶ。アリスが言ったこと本心であり、他のメンバー達も同様である。アディルの符術、封印術、戦闘などはあらゆる状況を対処することができるとしか思えないのだ。


「まぁその辺の話は後にしましょう。まずは前面の魔族よ」

「そうだな」


 アリスの言葉にアディルが同意するとアディルとアリスがそれぞれ剣に手をやると中腰になった。気配の感覚から接敵はもう僅かである。


「俺とアリスがまず斬りかかる。みんなも馬車から飛び降りて俺達を援護してくれ」

「「「「了解!!」」」」


 アディルの言葉に全員が賛同する。それから三十秒ほどすると四体の魔族がこちらに駆けているのが見える。


「いくぞ!!」


 アディルとアリスは御者台から跳躍すると魔族達に斬りかかった。


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