第38話 王都へ ~ある魔族達の災難①~

 盗賊達を蹴散らし王都への再び進み始めて二日経っている。その間にこれといった事も無くアマテラス一行は順調に王都への道を進んでいた。


 ところが三日目にアマテラス一行を襲撃する者が現れる。それはアマテラスを殊更狙ったものではない。たまたまアマテラスが通りかかっただけである。

 そいつは奇妙な怪物であった。二足で立っているが下半身は肉食獣の後ろ足のような形状、腕は長くそのまま立てば地面につくほどである。

 だがそのような腕のバランスなど気にならないほど奇妙なのはその怪物には頭部と呼べるものはなく、腹部に顔があった。腹部に浮かび上がったグロテスクな顔は見る者に嫌悪感を持たせるには十分すぎるものである。


「なんだ、こいつ?」


 アディルの言葉にエリスがすかさず答える。


悪食王ガリオンド……なんでこんなところに」

悪食王ガリオンド?」

「やっかいな魔物よ。腹にある口で何でも食べるのよ」


 エリスが完結に悪食王ガリオンドの特徴を叫んだ瞬間に悪食王ガリオンドは腹の口を開けるとそこから炎を吹き付けてきた。


「やべ……水剋火すいこくか!! 水気をもって火気を剋す!!」


 アディルが吹き付けられた炎に対して水気を持って対抗すると悪食王ガリオンドの吹き付けた炎は相殺され消滅する。突如消滅した吹き付けた炎に対して悪食王ガリオンドは怪訝な表情を浮かべているように見える。


「みんな見逃すつもりはないみたいだ。やるぞ!!」

「「「「うん!!」」」」


 アディルの言葉に全員が馬車から飛び降りるとそれぞれ戦いの準備を行う。アディル、エスティル、アリスが前衛に立ち、ヴェルとエリスが後衛につく。

 悪食王ガリオンドは前傾姿勢を取るとアディル達に向かって突進してきた。その速度は凄まじいとしか表現出来ない。悪食王ガリオンドの体重とこの突進力をまともに食らえば間違いなく即死であろう。


「ち……」


 アディルが悪食王ガリオンドの突進を横に飛ぶとほぼ同時に全員が悪食王ガリオンドの突進の軌道上から避ける。必殺の突進を躱されたかに見えた悪食王ガリオンドはその場で急停止すると横に跳んだアディルに対してその長い腕を鞭の様にしならせて打ち付けてきた。


「うぉ!!」


 アディルは悪食王ガリオンドの腕を横に払ったがその威力を完全に逸らす事が出来ずに吹き飛ばされてしまった。吹き飛ばされたアディルは空中で一回転して見事に着地に成功する。


「アディル、無事!?」

「ああ、大丈夫だ。これぐらいなら何の問題もない」


 アディルの返答にアリスはほっと安堵の息を漏らす。だがすぐに顔を引き締めるとエスティルに声をかける。


「エスティル、やるわよ!!」

「了解!!」


 アリスの言葉にエスティルは頷くと悪食王ガリオンドに斬りかかる。悪食王ガリオンドは斬りかかってくる二人を相手に身構えると先程同様に口から炎を吐き出した。吐き出された炎をエスティルとアリスは即座に左右に分かれて跳んで躱した。

 二人が躱した瞬間にヴェルが【魔矢マジックアロー】を放った。二人を援護しようとしたのだが、ヴェルの魔矢マジックアロー悪食王ガリオンドの背中にすべて直撃するが悪食王ガリオンドがダメージを受けた様子はない。


「気を付けろ!! そいつは皮膚が硬い!!」


 その事に気付いたアディルが斬りかかる二人に叫ぶとアリスとエスティルはそれぞれの剣に魔力を通して強化する事で了承したことを伝える。悪食王ガリオンドは再び両腕を鞭のようにしならせるとエスティルとアリスに放った。

 エスティルは魔剣ヴォルディスを振るうと悪食王ガリオンドの左手首から先を斬り落とした。高速でしかも鞭のようにしなる悪食王ガリオンドの腕は軌道が読み辛いため斬り落とすのは困難を極めると言って良いだろう。だがエスティルはそれを見事に実行したことはエスティルの技量の高さを示している。

 一方でアリスも放たれた右腕を躱すと同時に剣を振るう。エスティルは手首を斬り飛ばすことを選択したが、アリスが選択したのは悪食王ガリオンドの腕を手先から縦に斬り裂きそのまま腕を押さえるという事である。

 それは神業と呼んでも差し支えない事であろう。高速で動く鞭を先端から縦に斬り裂くというのがどれほどの偉業かどうか誰でも分かるというものだ。


「てぇぇぇい!!」


 アリスは裂帛の気合いを込めて剣を悪食王ガリオンドの手に振るう。アリスの剣が高速で動く悪食王ガリオンドの腕をとらえ斬り裂くように思われた。だが、ここで思わぬ事が起こる。

 アリスの剣が半ばから消滅し、切り離された剣先があらぬ方向に飛んでいったのだ。


「な……」


 アリスは自分の剣が消滅した事に一瞬だが呆然としてしまう。剣が消えた時、アリスの手には何の感触もなかったのだ。突然煙の様に消えたとしか表現出来なかったのだ。悪食王ガリオンドは掌をアリスに向けると悪食王ガリオンドの掌には口が浮かび上がっていた。


(そうか……こいつ、私の剣を食べちゃったのね!!)


 アリスが事のカラクリに気付いたのと悪食王ガリオンドが掌にある口から衝撃波を放ったのはほぼ同時であった。アリスは咄嗟に自分の前に防御陣を張り巡らせるが悪食王ガリオンドの衝撃波はアリスの防御陣を突き破るとアリスに直撃する。


「きゃあ!!」


 衝撃波の直撃を受けたアリスはそのまま吹き飛ばされた。地面に叩きつけられる寸前にアディルがアリスを受け止める。


「いてて、ありが……ってきゃぁ!!」


 アリスはアディルに礼を言おうとした瞬間にアディルに抱きしめられている事に気付き恥ずかしさからワタワタと暴れ出した。


「こら暴れるな。すぐに下ろすから」


 アディルもアリスの柔らかい感触を感じ顔を赤くしており、二人の初心すぎる反応が際立っている。アディルはアリスをそっと下ろした所で、アリスはコホンと一つ咳払いをすると掴んだ情報を仲間達に伝える。


「みんな、そいつの掌には口があるわ!!その口に私の剣は食べられちゃったのよ!!」

「なるほどな」


 アリスからの情報によりアディル達は何があったかを悟った。アリスのケガは命にかかわるものではないが、戦闘継続は見送った方が無難であった。エスティルはそうアリスの状況を判断すると自分が悪食王ガリオンドを斃すべきであると判断した。

 エスティルは自分の奥の手の一つである【幾億の刃ゼフィリス】を使う事を決断する。この奥の手を使えば自分の魔力のほとんどを使い果たすのは分かっているのだが、剣をあの瞬間に食べるという芸当をやるほどの怪物である以上、近接戦闘は思わぬ危険を伴うと判断した故に使う事にしたのだ。


「みんな、私がやるわ」


 エスティルがそう言うと魔剣ヴォルディスを地面に突き刺すと地面に魔法陣が展開される。浮かび上がった魔法陣から次々と魔力の塊が宙に放出される。放出された魔力の塊は空中で剣へと形を変えた。

 空中に無数に浮かんだ剣は悪食王ガリオンドの周りを飛び回り始めた。エスティルは次々と剣を生み出すたびに悪食王ガリオンドの周囲へと放っていく。悪食王ガリオンドの腹部に浮かんだ顔には戸惑ったような表情が浮かんでいる。悪食王ガリオンドは本能レベルで自分を取り囲む剣の危険性を察しているのだろう。


「これで終わりよ」


 エスティルはそう言うと片手を上げ悪食王ガリオンドに向かって振り下ろした瞬間、取り囲んでいた剣が一斉に悪食王ガリオンドへ向かって飛来する。

 悪食王ガリオンドは飛来する剣に向かって腹部の口、右手の口から飛来する剣を打ち落とすために衝撃波を放つ。だが、飛来する剣の数はあまりにも多い。しかも全方位から飛来する剣全てを防ぐことは出来ない。

 悪食王ガリオンドの体に一本の剣が突き刺さり、それから立て続けに剣が突き刺さっていくと悪食王ガリオンドは剣に呑まれていった。悪食王ガリオンドが剣に呑まれてからもエスティルの放った剣は次々と降り注ぎ悪食王ガリオンドを肉片に変えたのであった。


「ふう……やっぱりこの幾億の刃ゼフィリスは疲れるわね。……それにバレちゃったかしら……」


 エスティルはやってしまったという表情を浮かべながら小さく呟いた。




 *  *  *



「間違いない。皇女殿下の幾億の刃ゼフィリスだ」


 目を瞑っていた男が突然叫ぶと周囲の男達が一斉に反応する。全員が同じ黒衣を身に纏っている事から彼らは同じ組織に属していると推測するのは簡単である。尖った耳、側頭部に生えた羊のような角が男達が人間でない事を示している。


「何?」

「どこだ?」

「落ち着けエメス、アーディオ。それで皇女殿下は?」


 一際大きな体躯を持つ魔族が過敏に反応した二人を窘めると、皇女の気配を察知した魔族に尋ねる。窘められた二人は素直に従った事から力関係は窘めた魔族が上なのだろう。


「はい、ここから七十㎞ほど離れた場所です」


 気配を察知したという魔族の返答に全員が頷く。


「隊長、聞いた通りです。すぐに皇女殿下をお迎えに!!」

「そうです!! 皇女殿下に何かあればガーレイン帝国の大きな損失となります!!」


 部下の二人であるエメスとアーディオが隊長と呼ばれた魔族は立ち上がる。


「もちろんだ。いくぞ!!」

「「「はっ!!」」」

 

 隊長の言葉に部下の三人は一斉に立ち上がるとエスティルを迎えるためにアマテラスの元に向かうのであった。


 そしてほぼ同時刻に……。




「間違いない……皇女だ」

「確かか?」

「間違いない。ここから約八十㎞程離れた場所にいる」


 深くフードを被った男が仲間達に向けて言うと四人の仲間達もニヤリと笑う。四人の仲間達の側頭部には羊のような角が生えておりそれが魔族のものである事を示している。


「あの皇女に生きていられれば厄介だ」

「ああ、ルグエイス殿下こそが次代の皇帝陛下に相応しい。そのためにはあの女に消えてもらわねばな」

「そういう事だ」


 魔族達は立ち上がるとエスティルを殺すためにアマテラスの元に向かうのであった。


 エスティルを巡った戦いが始まろうとしていた。

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