第37話 王都へ ~ある盗賊団の災難②~

 追ってきた三人の盗賊達を斬り伏せたアディル達は馬車を停めるとそのまま茂みの中を元来た方向に戻る。その際にヴェルの斬り伏せた三人の死体も茂みの中に隠しておいたのであった。


「さて、そろそろやってくるだろうな」

「うん」

「それにしてもヴェルの薙刀って益々磨きがかかってるわね」

「あ、それ私も思った。初見ではまず見破れないわよね」

「初見で無くてもやっかいだと思うわよ」


 皆がヴェルの薙刀の技を称賛するとヴェルは嬉しそうに微笑む。この一ヶ月間、アディルから薙刀の手解きを受けたヴェルは日頃の鍛錬を欠かすことはもちろん創意工夫を常に考えている。

 考えて修練に励む者は考えない者に比べ明らかに成長に差が出てくるようになる。その意味ではヴェルは強くなるための素質を兼ね備えているといえた。


「えへへ♪ 私もみんなの役に立ちたいからね♪」


 ヴェルの言葉に全員が頷く。ヴェルの言葉はアマテラスのメンバーの共通の認識である。アマテラスのメンバーに一方的に守られるだけの者などいない。みなそれぞれ一芸を持って仲間達を助ける。そして一芸を磨き、さらに二芸、三芸と増やす事に余念はないのだ。

 もちろん、アマテラスの面々は別に殺人が好きでやっているわけではない。襲ってくる者は魔物だろうが、魔族だろうが、人間だろうが容赦なく排除するという行動原理に従っているだけである。

 命を奪うという行為に対して忌避感はあるのだが下手に情けをかけた結果、自分だけでなく仲間に危険を及ぼすなど絶対に避けなければならない。仲間の命と敵の命のどちらを優先するべきかなど問う事自体ナンセンスであった。


「よし、来たわね。予想通り全力疾走してきたから息が切れてるわね」


 ヴェルの言葉通り馬に乗っていない盗賊達は全力疾走で来たのだろう。全員が息を切らしている。恐らく盗賊達はアディル達を単なる獲物ととらえており、戦いではなく狩りのイメージなのだろう。それ故に全力疾走などという後先を考えない行動に出ている。

 もちろん、これは狩りなどではなく戦いである。いや、もしかしたら狩りなのかも知れない。もちろん狩られるのは盗賊達なのだが。


「私がまず行くわ。みんなは援護をお願い」


 ヴェルが小さく言うとそのまま飛び出すと魔力で形成したナイフを投擲する。突然現れたヴェルの攻撃を盗賊はまともに受け、ナイフが喉に突き刺さった。刺さった位置がちょうど頸動脈の場所であり、慌てた盗賊が首に刺さったナイフを引き抜くと血が噴水のように噴き出す。

 ヴェルは倒れ込んだ盗賊に目もくれず次の盗賊に薙刀を一閃すると盗賊の首がぼとりと落ちる。明らかに間合いの外であるのに突然落ちた仲間の首に盗賊達は狼狽する。


「てぇぇぇい!!」


 ヴェルはまたも薙刀を振るうと今度の盗賊は左肩からバッサリと斬り裂かれると呆然とした表情を浮かべながらその場に倒れ込んだ。


「ひ……」

「な、何をやりやがった!!」

「このクソアマァァァ!!」


 盗賊達の反応は様々であるが恐怖の感情が芽吹いているのは共通している。すでに三人の仲間が眼前で殺されているのにヴェルが何をやっているかまったく掴む事が出来ていないのだ。

 斬りかかってきた盗賊の足に向かってヴェルは薙刀を振るうとそのまま盗賊の両足を斬り飛ばした。両足を斬り飛ばされた盗賊はそのまま地面に転がり叫び声を上げるよりも早くヴェルが薙刀で心臓を貫いた。


「な、なんなんだ!!」


 残り三人となった盗賊が叫ぶがそれは恐怖を吹き飛ばすには至らない。そしてそこにさらに恐怖が襲う。エスティルも飛び出すとそのまますれ違い様に盗賊の首を斬り飛ばした。突如乱入した新手に盗賊は咄嗟に反応出来ない。エスティルほどの手練れがそんな好きを見逃すなどあり得ない。エスティルはそのままもう一人の盗賊の背中から容赦なく斬りつけると盗賊は傷口から血を噴き出し言葉を発する事なく倒れ込んだ。


「ひ!!」


 最後の一人となった盗賊が恐怖の叫びを上げた瞬間、アディルは踏み込み、そのまま盗賊の延髄を斬り裂く。盗賊はもはや自分が誰に斬られたかをまったく理解していなかった。それほどアディルの動きは速く、気配を発していないのだ。


「もういないわね」


 アリスがそう言うと周囲を警戒する。アリス同様に他のメンバー達も周囲を警戒するが気配を感じなかったので警戒を解いた。


「どうやら終わりみたいだな」

「うん」

「それにしてもヴェルの薙刀は脅威よね」


 アディルの言葉にヴェルが返答をしたときに、エスティルがヴェルの薙刀を称賛する。仲間からの称賛を受けてヴェルは嬉しそうに微笑む。


「ありがとう。やっと私もみんなの役に立てるようになったみたいね」

「別にヴェルは足手纏いなんかじゃなかったわよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、私自身が嫌だったのよ」

「そんなものかしら」

「そんなものよ♪」


 ヴェルの言葉に全員の顔が綻ぶ。それだけヴェルの笑顔は輝いており、仲間達の心は和んだのだ。ヴェルとしても命を奪う事に対して忌避感が無いわけではないのだが、それ以上に仲間のためにその手を血で染めるという覚悟を持っているのだ。


「単純な薙刀の腕前なら俺には遠く及ばないが、ヴェルが本気出すと途端にやりづらくなるんだよな。しかし、よくあんなこと思いついて、しかも実践できるよな」


 アディルの言葉にヴェル以外の三人が頷く。ヴェルのやっている事はアディルであっても実現不可能な事なのだ。ヴェルは薙刀を魔力で形成しているのだが振るう瞬間に手元の柄の部分の長さを変えているのだ。いや、より正確に言えばそれは序の口に過ぎない。

 ヴェルは相手の武器に触れる寸前に消滅させ、くぐり抜けた瞬間に再び形成するという離れ業まで行っているのだ。

 つまりヴェルと戦う者は薙刀の斬撃の軌道上にいれば攻撃を受ける事になり、受け止めようとしても斬撃がすり抜けるため、下手に受け止める事は出来ないのだ。これは初見で見切ることはほぼ不可能である。しかもヴェルは毎日の修練を欠かすことはなく、基本についても一切手を抜かないため、その腕前は一ヶ月前とは明らかに異なっている。


「えへへ♪ それにしてもアディルの使う体の使い方って面白いのよね。力では男には及ばないけどそれを工夫で上回る事が出来るというのは大きいわ」


 ヴェルの言葉に他の三人も同意する。アディルは自身の技を仲間に解説しており、自分達とはかなり違う身体操作しんたいそうさに驚かれたのだが、ヴェル達はそれを自分のものにしようとして修練を積み始めたのだ。


「まぁ、うちの初代は体が小さい人だったという話だから自然と力に頼らない戦い方になったんじゃないかな」

「へぇ~そうなんだ。でもそのおかげて私はさらに強くなれたというのは幸運ね」


 ヴェルの返答に全員が頷く。ヴェルの言う通りアディルの使う技術を伝えた事でアマテラスの面々の地力は間違いなく上がっている。ただアディルが伝えた技術は基本ばかりであり外に漏れても問題のないものばかりである。これはアディルが四人を信頼していないというわけではなく、四人の使う技を見て術理じゅつりが漏れるのを避けたいという思いからであった。


「それじゃあ、そろそろ行こうか」

「「「「うん♪」」」」


 アディルの言葉に全員賛同するとエスティルが再び馬車を作り、アディルが式神で馬を作り出すと王都に向け、アマテラスは出発するのであった。

 

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