第36話 王都へ ~ある盗賊団の災難①~
「よし、それじゃあお前達は先に王都に向かえ」
アディルはジルド達に命令を下すと、
アディルが闇咬に与えた命令は王都を縄張りにしている闇ギルドに喧嘩を売らせることであった。その闇ギルドの名は【
構成人数はわずか六人、それぞれが一人当千の強者達という話である。裏稼業の者達の間では、“絶対に揉めるな”という闇ギルドだ。
その凶悪な闇ギルドにこれから喧嘩を売らされるのだから闇咬のメンバー達の顔が青くなると言うのも当然であった。どう考えても生き残れる可能性は皆無である。
闇咬は顔を青くしながら、荷物をまとめるとそのまま王都に向けて出発する。もちろんアディル達に付いてきていた最初に捕らえたメンバーの二人もそのまま一緒に派遣している。
「エリスの符術はかなりのものね」
「うん、闇ギルドの半数を斃せるんだから相当なものよね」
仲間達がエリスの符術の上達について賞賛を送るが当のエリスは静かに首を振る。
「ううん、確かに闇ギルドのメンバーの半数を斃せたけど、逆に言えば半数は残ったわけでしょう。式神を全滅させられれば私はほとんど戦えないからそのまま殺される事になるわ。一度に操る数を増やすことと一体毎の戦闘力を強化しておかないといけないわね」
エリスの言葉にアディルは頷く。
「エリスの言葉は正論だな。だが、俺とすれば僅か一月足らずでここまで符術を使えるようになった事に驚いてるよ」
「ありがと。私も自分の才能に驚いてるわ」
「料理にも符術の才能の百分の位置でもあればいいのにな」
アディルの軽口にエリス以外のみんなが笑う。するとエリスはジト目でアディル達を見つめると口を開く。
「それは私の料理をお腹いっぱい食べたいという意思表示よね。みんなもそういう事よね?」
エリスの言葉に全員の笑いが凍り付く。実は一度だけエリスに料理を作ってもらい全員でそれを食べてみたのだが、それはもう凄まじいものであった。どうやったらこの味を出すことが出来るのかこの世界の奇跡を見たとアディル達は思った所であり、魔族であるエスティルは意識を飛ばし、竜族であるアリスは涙を流しながらトイレに駆け込んでいた。
ちなみにアリスの種族である竜族というのはアリスの口からしか名を告げられただけなので詳細はアディル達も知らないのだ。
「アディル!! あなたすぐにエリスに謝りなさいよ!!」
「そうよ、人の苦手なものをからかうなんて非道いじゃ無い!!」
「私達の明日のためにアディルはエリスに謝るべきよ。というよりも謝れ!!」
三人の見事な掌返しであるがアディルとしても責める気にはならない。むしろ、これでエリスが料理を作らないと発言するのであれば安いものである。
「エリスすまなかった。いや、本当に申し訳ありませんでした。調子に乗ってしまい誠に申し訳ありません」
「「「申し訳ありませんでした!!」」」
アディルが謝罪し頭を下げると続いてヴェル、エスティル、アリスも声を揃えて謝罪する。
「あなた達、そこまで私の料理を食べたくないの? それはそれで複雑なんだけど」
憮然とした表情で言うエリスにアディル達はうんうんと頷く。
「エリスが料理しない事……それが世界平和のため最も近道だぞ」
「そこまで壮大な話にしなくても良いじゃない!!」
「ううん、エリスが料理をしない……それこそが平和への道へと歩む事なのよ」
「むき~~~今日の料理は私が作る!!絶対作る!!」
この後、全員で何とかエリスを宥めることに成功し、アマテラスの平穏は保たれたのであった。
* * *
翌日、アマテラスの面々は“エリスの料理”という危機を乗り越え王都に向けて出発した。昨日のやり取りを闇咬のメンバー達が見れば自分達の存在などアマテラスのメンバーには何の痛痒にもなっていない事がわかりさらに心に傷を負ったことだろう。
それから三日間は何事も起こるでも無く、穏やかな旅であった。逆に言えば四日目に揉め事にアマテラスは巻き込まれることになったのだ。四日目、いつものように出発し三時間ほどしたときの事である。
アディル達の行く先に十人ほどの男達が立ちふさがったのだ。男達は剣、盾、革鎧などを身につけているが統一性は見られない。明らかに正規兵のものではなく傭兵がそのまま盗賊になったような印象をアディル達は受けた。
男達は揃って嫌らしい表情を浮かべている。自分達が絶対に傷付かないと信じ、他者をいたぶろうという表情である。
(しかし、どうしてこういう奴等の表情はこうも醜いのかね)
アディルは男達の表情を見て心の中でため息をつく。人の美醜に関する事は浮かべている表情に大きく左右されることを思い知らされてしまう。現在アディル達の行く先に立ちふさがっている者達の顔もよく見ると容姿の整っているものがいるのだが受ける印象はひたすら醜いというものである。
「よ~し、止まれ」
ニヤニヤしながら男達が両腕を広げて通せんぼしている。
(アホか……)
アディルは構わずそのまま進む。いや正確に言えばさらに速度を上げて通せんぼしている男達に向かって行く。当初ニヤニヤしていた男達は馬車が速度を落とすどころかむしろ上げた事に驚くとそのまま横に転がり、馬車に轢かれないように進行方向から避けたのだった。
アディル達は男達に構うこと無くそのまま進むと呆然としていた男達は憤怒の表情を浮かべるとアディル達の馬車を追い始める。三人ほどが道を逸れていくところをエスティルが目にする。
「アディル、どうやら仲間を呼ぶか。馬で追ってくるみたいよ」
「あ、そうなの?」
「うん、あ……馬で追ってくる方だったみたい」
エスティルの言葉通り三騎がアディル達を追ってきている。その後ろに残りのメンバーが全速力で走っていた。
「何というか……あいつらってアホだよな」
アディルの言葉の意図するところを察したアマテラスのメンバー達は同意とばかりに頷く。
「ねぇ、アホに引導を渡してやるというのも情けというやつじゃ無いかな?」
「そうね、どのみちまともな死に方は出来ないだろうし、生かしておいても罪の無い人達が苦しむだけだもんね」
ヴェルの言葉にアリスがすかさず返答する。馬に乗った盗賊達に追われているというのにアマテラスのメンバー達は焦りというものは皆無であった。
「まぁこのまま普通に逃げてればすぐ追いつくだろうから、結局は戦闘は不可避だ」
アディルが御者席でそう言う。馬車を引くアディルの式神と身軽な盗賊の馬では速度が違うのは当然であり、すぐに追いつかれるのは当然であった。
ヴェル達はアディルの言葉にそれぞれ頷くと武器を用意し始める。エリスは符を取りだし、ヴェルは魔力で形成した薙刀、エスティルは魔剣ヴォルディス、アリスは腰に差した片手剣だ。
「止まれって言ってるだろうがクソガキ共!!」
「逃げられるとでも思ってるのか!!」
アディルの言葉通りすぐに追いついてきた盗賊ががなり立てる。
「お、いい女達が乗ってるじゃねぇか。こりゃ楽しめそうだな」
盗賊の一人がヴェル達の姿を確認すると途端に下卑た声を出す。この盗賊が何を考えたかダダ漏れである。頭の中ではヴェル達をどう陵辱しようか考えているのだろう。
「うるさいわね」
ヴェルはそう言うと立ち上がり薙刀を一閃する。ヴェルの薙刀は盗賊の首を斬り裂くと盗賊の首は皮一枚で繋がり鮮血が舞った。首を斬り裂かれた盗賊は信じられないという表情を浮かべながらそのまま落馬する。
「てぇい!!」
ヴェルが気合い一閃して薙刀を振るうと反対側の盗賊の首が斬り飛ばされ、残った体はしばらくして地面に落ちた。
(な、なんだ? あの女の武器の間合いじゃ無いはずなのに首を落とされた?)
残った男は今目の前で起こった事が理解できなかった。今、二人の盗賊を切り伏せた時の盗賊の位置は、明らかにヴェルの薙刀の間合いの外であったはずなのに二人はやられたのだ。二人は間合いを即座に見抜き安全と思っていたからこそ回避しなかったのだ。
残った盗賊は混乱から立ち直る前にヴェルが薙刀を振り上げ振り下ろすのを見る。明らかに間合いの外であり危険はないはずであった。
だが、男は仲間二人が間合いの外から斬られているのを見ていたために、咄嗟に剣を頭上に掲げる。
だが、次の瞬間、男は頭頂部から両断された。
(な、なぜ? 剣には何も……)
男が頭上に掲げた剣には何も感触がなく、その下にあった頭部が両断されたのだ。苦痛もあったがそれよりも不可解な斬撃を受け男は大きな疑問を抱えたまま人生を終えたのであった。
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