第35話 王都へ ~ある闇ギルドの災難②~
「囲まれてるぞ!!」
「くそ!!」
「なんだこの獣は初めて見るぞ」
『ぐるるぅぅぅぅ!!』
取り囲んだ獣たちは闇咬のメンバー達に威嚇を行い始める。すると数匹の獣たちが足を食いちぎられた男に向かって襲いかかる。獣たちに襲いかかられた男は絶叫を放つ。
「ぎゃああああああ!! 止めろ!! 食うな!! あっちにいけぇぇぇ!!」
男の絶叫に闇咬のメンバー達は動くことが出来ずに呆然とその光景を眺めている。
「助けてくれぇぇぇぇ!!」
男が助けを求めた所で我に返ったジルドがメンバー達に命令を下す。
「早く助けろ!!」
ジルドの命令に我に返った闇咬のメンバー達はそれぞれ武器を構えると仲間を襲う獣達に襲いかかった。
ギルドメンバー達が仲間を救うために動いた瞬間に獣たちも一斉に襲いかかる。獣の一体に押し倒され男が顔面を咬み千切られ絶叫を放つ。一方でメンバーの武器が獣の顔面を斬り裂くと獣は塵となって消滅する。
人間と獣の泥沼の闘争がそこにはあった。獣の牙に咬み千切られ倒れ込んだ男が別の獣たちに食いつかれ生きながら捕食されるという地獄絵図が展開されている。それでも闇咬の男達は獣たちを何とか殲滅させることに成功する。
「くそ!! 何人やられた!!」
ジルドの怒りの声にメンバーの一人が息を切らしながら答える。
「十二~三人やられたみたいです」
「そんなにやられたのか」
メンバーの報告にジルドは衝撃を受ける。何人かのメンバーは食いちぎられ肉片にしか残っていない者もいたぐらいである。食い殺された仲間の絶叫が思い出されジルドは身震いをする。いかに闇稼業に手を染めていると言ってもあのような死に方は御免被りたいところである。
「結構残ったな」
そこに少年の声が響く。ジルド達はビクリと体を震わせると声のした方向を見る。そこにはアディルが不敵な表情を受かべながら立っていた。
「こんにちは俺は……といっても俺達をつけていたあんた達だから自己紹介の必要はないな」
アディルの声にジルド達は聞き覚えがあった。先程“遠慮無く行かせて貰う”という宣戦布告を行った声そのものだったからだ。
「てめぇがあの獣たちを俺達に嗾けたのか?」
ジルドの言葉にアディルは不敵な表情を一切崩さない。ジルドは裏稼業特有の凄味をきかせているのだがアディルにはまったく動揺している様子は見られない。それも当然でアディルは彼らよりも遥かに強い魔族、吸血鬼(ヴァンパイア)を斬り伏せており闇ギルドのメンバーだからといって恐れ入るような事はしない。というよりもそもそもアディルにとってジルド達との戦いは父を越えるための練習でしかない。
「当たり前だろう。俺が警告しそれからすぐに獣が襲ってきた。そんな偶然なんぞあるわけ無いだろう」
アディルの言葉はジルド達の怒りの炎を増すには十分すぎる程の燃料であった。
「巫山戯やがって!! このクソガキがぁ!!」
アディルの言葉に激高したメンバーの一人がアディルに向かって斬りかかった。
(ん?何の捻りも無い攻撃だな。速度、体の崩れ……すべてが三流だ)
アディルは斬りかかってくる男の斬撃を躱し様、腰のカタナを一閃すると男は腰から両断され上半身と下半身を分離させ地面に転がった。
「な……そんなバカな……」
アディルの剣技を見たジルド達の中から動揺の声が漏れる。人間の胴を両断するというのは達人であってもそうそう出来るものでは無い。ところがアディルのような年端もいかない少年が苦も無くやってのけたのだ。裏稼業に手を染めているからこそ男達は危険に対する感覚は鋭敏であった。それゆえにアディルの見せた剣技がいかに恐ろしいものか理解したのだ。
「ひ……」
「ば、化け者……」
「こんな強いなんて聞いてねぇぞ」
ジルド達の言葉に動揺を越えて恐怖の響きが含まれている。
「さて、とりあえず利用価値のある連中は助けてやろう。お前達の中で毒の扱いに長けているものはいるか?」
アディルの言葉にジルド達は顔を引きつらせる。毒は基本暗殺用のものであり、その情報をもらすなどあり得ない事であった。
「まぁ、答えんよな。だが二、三人斬れば協力したくなるやつが出てくるかもしれんな」
アディルの言葉にジルド達は反論出来ない。そこに他のアマテラスの面々が現れるとアディルに言葉をかける。
「アディル、それじゃあこの人達は怯えて答えられないわよ」
「そうか? こいつらって暴力の世界に生きてきたのだからそれぐらいの胆力はあると思ったのだけどな」
「そんな胆力があるんなら闇ギルドなんかに入らないわよ。こいつらは戦う術の無い人にしか強く出られないんだから」
「それってクズじゃないか?」
「何言ってるのよ、クズだから闇ギルドに入るのよ」
アディルとヴェルの会話にジルド達は沈黙を守る。本心を言えば反論したいのだが、先程のアディルの剣技に反論することは出来なかったのだ。
(くそ……虚仮に出来るのも今のうちだ)
ジルドは心の中でほくそ笑む。アディル達の後ろには自分達の仲間である二人の男が立っていたからである。
「ログ!! エムド!! 女達を捕まえろ!!」
ジルドがアディル達の後ろに控える二人の男に命令を下した。ジルドの頭の中では二人が四人の女のうち一人を人質にしてこの状況をひっくり返す光景が広がっている。
(俺達闇咬を虚仮にした報いをくれてやるぞ!!)
アディルを屈服させ、アディルの目の前で四人の女達を陵辱して殺してやろうと品性下劣としか言えないような事をジルドは行うつもりであった。
だが、二人の男は顔を強張らせ一行に動こうとしない。その事にジルドは不信に思い、それが焦りに変わるまでそれほど時間はかからない。
「お、お前ら!! さっさとそいつらを人質にしろ!! 何やってやがる!!」
ジルドは必至に促すが男二人は相変わらず動こうとしない。そこにアディルの冷たい言葉が響く。
「無駄だよ。こいつらは俺達を裏切ることは出来ない。お前達の底の浅すぎる企みなんてとっくにこっちは気付いてるんだよ」
「な……んだと?」
「俺達が一月前に任務に行ったときこいつらを置いていったが当然お前らが接触することは想定してる。はっきり言ってこの二人は役に立たないからお前達に引き取ってもらおうと思って置いていったんだ。そしてもどったら俺の術を解かれたこいつらが残ってるわけだ。お前らはバカだから知らないだろうけど、自分の術が解かれたかどうかの事ぐらいは術者は分かるようになってるんだよ」
「く……」
「しかもこいつらは俺の術が解かれた事を俺達に伝えなかったからな普通に考えてお前らの指示で留まってるぐらいは簡単に推測出来る。ちなみに術は改めてかけておいたよ。この事が何を意味するかわかるか?」
アディルの言葉にジルドは顔を青くする。アディルの言葉の意図するところを完全に理解したのだ。すなわち、アディルの術により縛られた二人にもたらされた情報に基づいて闇咬達はアディル達を襲撃しようとしていたのだ。それはアディル達の掌の上で転がされている事を意味している。
「その顔は理解したようだな。ところで俺達がなぜお前達をおびき寄せることにしたと思う?」
アディルの言葉にもはやジルド達は顔面蒼白であった。自分達が狩られる側である事の恐怖がどんどんとあふれ出てくるのだ。アディルの次の言葉は限りなく不吉なものに思われる。
「お前達は俺の練習相手として力不足だ。お前達を完全に潰しておけばレムリス侯爵家は新たな練習相手を用意してくれる」
「練習相手……だと?」
「そうだ。期待していたのだけど送り込まれたのがお前達のような三下だったのでこちらは失望したぞ」
アディルの言葉はジルド達の心を抉りに抉る。自分達が敵とすら見られてなかった事は少なからず衝撃だったのだ。
エスティルとアリスが一歩前に進み出るとジルド達の恐怖はさらに一段階上がる。そしてヴェルが魔力で薙刀を形成し、エリスが懐から符を取りだし地面に放り、符から先程の自分達を襲った黒い獣たちが現れた時、ジルド達の心は完全に折れる。
「ひ……」
一人のメンバーが後ろを向いて脱兎の如く駆け出す。だがその瞬間に逃げ出した男の体に数本の矢が突き刺さった。矢に貫かれた男はその場で倒れこんだ。すると自分達の周囲からアディルの生み出した鎧武者達が姿を現すと男達の中から恐怖の声が漏れ始める。。
「伏兵を偲ばせてるのは基本だろ?」
アディルのこの言葉にジルドは手にしていた剣をその場に落とす。すると他のメンバー達も同様に武器を投げ捨てた。
ジルド達の行動にヴェル達は視線を交わすとアディルに視線を移した。どうやらアディルに判断を委ねるという結論に至ったらしい。それを察したアディルは冷たい声で男達に告げる。
「さて、ようやく自分達が詰んでいる事を理解したようだな。この程度の思考能力しか持たないのなら毒の知識も大した事はないだろうな……よし、お前らには火付け役になってもらおうか」
アディルの言葉にジルド達は顔をさらに青くするのであった。
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