王都篇

第34話 王都へ ~ある闇ギルドの災難①~

 アマテラスの一行はエイサンの街からヴァトラス王国の王都「ヴァドス」へ向かって出発した。もちろん、旅はエスティルの作った馬車をアディルの製作した式神の馬で引くというアマテラスならではの快適な旅である。

 ちなみにアディル達を襲った殺し屋の二人の男も付いてきている。もちろん馬車に乗せるような事はせずに徒歩であるし、荷物も自分で持ち運んでいる。非道いと思うかも知れないがアディル達にしてみれば自分達を襲ってきた以上、どのような扱いを受けても文句は言えないというところである。

 王都ヴァドスまでエイサンから三週間はかかるというところだ。アディル達は特段急ぐ旅でもないということでのんびりと旅をしているという状況である。


 御者台に座って馬を操るのはアディルの役目である。式神の馬は別にアディルが手綱を握っておく必要はないのであるが一応気分の問題というやつであった。


「う~ん……あいつらどうするかな」


 アディルがそう言うと耳にしたエスティルがアディルに尋ねる。


「ねぇアディル、あいつらって?」


 エスティルの言葉にアディルが事も無げに返答する。


「いやな、エイサンを出てからつけてる連中の事だよ」

「あ~なるほどね。誰が狙いなのかしら」

「普通に考えればヴェルじゃないかな」

「やっぱり私か」


 アディルの言葉にヴェルがため息をつく。しかし、その声には悲壮感は一切漂っていない。それどころか面倒な事だという感情に満ちている。


「まぁ、向こうは様子見をしているみたいだからな。というよりもバレてないと思っている所が惨めだよな」


 アディルの言葉に全員が笑う。アディル達は自分達を追っている者達がいることを当然の如く察していた。これは単に気配を察知していると言うよりもアディルが放っている式神の効果が大きい。

 アディルは馬車の馬だけで無く、カラスを空に放っており上空から怪しい者がいないかどうか監視しているのだ。その監視によりアディル達の背後を衝けている一行がいることをとうに把握していた。


「数は三十ほど……強いのが何人かいるな」

「そうね。ただ暗殺者であることを考えると単純な強さであると考えない方がいいわよね」


 ヴェルの言葉にアディルは頷きながら返答する。


「確かにそうだな。暗殺者である以上俺達の知らない手段をとると考えた方がいいな」

「そうね。油断大敵よね」

「普通に考えれば毒関連の攻撃を使うと考えた方がいいわよね」

「毒か……」


 アディル達は表面上はのどかな様子を見せながら会話はかなり危険な内容である。アディル達がのどかな様子を見せているのはどこに敵の斥候がいるかわからないためである。


「毒の知識は欲しいな……」

「ちょ、アディル何言ってるのよ」

「そうよ、そんな危ないもの」


 アディルの呟きにエスティルとアリスが即座に否定的な意見を述べる。


「おいおい、誤解するなよ。別に毒で誰かを殺そうと思ってるわけじゃないぞ。むしろその逆だ」

「な~んだ。毒の対処知りたいわけね」

「そういう事だ。毒のことに詳しくなれば毒への対処方法も知ることが出来るからな」


 アディルの返答に全員が納得の表情を浮かべる。


「おそらく襲ってくるのは夜だろうな」

「ひょっとしてそれまで待つつもり?」

「う~ん、どうしようか。こちらから先手を打つかそれとも待ち構えて一網打尽にするか……」

「そうだ。この際私に先手を打たせてもらえない?」


 アディルの言葉にエリスが声を上げる。エリスの意見の内容に心当たりがあったヴェルがすぐさまエリスに尋ねる。


「式神を使うつもりね?」

「うん、そろそろ実戦で使えるかどうか試しておきたいのよ」


 エリスの言葉にアディル達は頷く。エリスはアディルから符術を学んでおり、かなりの時間式神を使用することが出来るようになっていたのだ。ただ、あくまで練習段階であり実際の任務では初めて使用することになる。


「そっか、それじゃあ俺も一応警告して置いてやらないとな」


 アディルがニヤリと嗤うと一枚の符を取り出すのであった。




 *  *  *


 ジルドに率いられた闇ギルド“闇咬やみがみ”のメンバー達は、アディル達をつかず離れずで追っている。一応隊商とその護衛のハンターという風に偽装はしているが、全員が闇ギルドのメンバーとして何らかの犯罪行為を行っている。闇咬やみがみは闇ギルドの中でも殺人に特化した闇ギルドである。

 その闇ギルドのメンバー達が今回標的にしているのはアマテラスである。とりあえず三人のギルドメンバーを派遣したがあっさりと捕らえられ、その内の一人は利用され殺されたという事であった。その二人も捕らえられ妙な術で行動を制限されていた。

 その二人の術はすでに解かれているのだが、ギルドはそのまま二人を術にかかったフリをさせアマテラスの情報を逐一ギルドに伝えさせていたのだ。


「ジルドさん、あれ」


 メンバーの一人が道の真ん中に落ちている一枚の紙切れを見つける。スパイとして送り込んでいる者からの連絡かも知れないのでジルド達はそれを注意深く拾い確認する。


「なんだこれ?」

「この紙切れはログ達からの報告じゃないのか?」


 ジルド達の口から拍子抜けした声が漏れるてっきり仲間から伝えられた情報かと思っていたのだ。ジルドの手に渡された紙には妙な文様が描かれている。


「これって字か?それとも絵か?」

「わからん」


 ジルドの手にある紙を覗き込んだメンバー達から疑問の声が漏れる。拾った紙に書かれ

ている文字が何なのか見たことのないものであったのだ。


「え?」

「な、なんだ!?」


 その時その紙から黒い靄がモコモコと発生するとジルドはしていた紙を離してしまう。手から落ちた紙はヒラヒラと地面に落ち、黒い靄は人の表情を浮かべ始めた。浮かび上がった表情は次々と内部から新たな顔が浮かび上がり一定しない。


「な、なんだこれは!!」


 ジルド達は呆然としながら浮かび上がった化け者を見ている。


『去れ!! 御方おんかた方を狙う不届き者めが!! もしこのまま無礼を働けば貴様らには神罰がくだるであろう!!』


 化け者の警告にジルド達は呆然としている。化け者はニヤニヤと嗤いながらジルド達に再度警告を行う。


『最後の警告だ。このまま戻り貴様らの雇い主のあの男に伝えよ。あくまで御方達を狙うのであればその報いを受けると』

「黙れ!!」


 ジルドの隣にいた魔術師が化け者に火球ファイヤーボールを放つと放たれた火球は化け者を焼きその下の紙にも火がつき燃え始める。紙の燃えた事で化け者も消え去りジルド達の間に安堵した空気が流れた。


「あのガキ共の術だ。恐らくは幻術の類だろう」


 魔術師の言葉にジルド達は忌々しげな表情を浮かべそれが憤怒の表情に変わるまでそう時間はかからない。完全にアディル達に遊ばれたと思っても仕方がないのだ。


『よしよし、これでお前達が俺達を狙っている者と確認出来た。それでは遠慮無く行かせて貰うぞ』


 そこに少年の声が響く、その声はアディルのものであるのだがジルド達はそれを知らない。ジルド達は声のした方向に視線を動かすがそこは茂みとなっており声の主であるアディルは見えない。


「てめぇ、俺達闇咬やみがみを舐めやがって!!ぶっ殺してやる!!」

「出てこい!!」


 ジルド達は茂みの向こうにいると思われるアディルに敵意を向けるが、一行に姿を現さない。それが闇咬やみがみのメンバー達には往生際が悪く感じられ限りなく不快でしかない。


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!!」


 そこに一人の男の口から絶叫がほとばしった。絶叫を放つ男にジルド達の視線が集まるとそこには食い千切った男の足を咥えている黒い獣がいた。


『ウォォォォォォォ!!』


 黒い獣は遠吠えを発すると咥えていた男の足がボトリと地面に落ちる。


「いでぇぇぇぇぇいでぇぇぇよぉぉぉぉ!!」


 足を食いちぎられた男が苦痛の声を上げる。この男は闇ギルドのメンバーとして多くの命を奪ってきた。家族を殺す時には子どもから殺し、標的ターゲットは最後に殺すという聞くだけで不快になる行為を平然とする男であったが、自分の痛みには寛容になれないようである。


「く……」

「囲まれてるぞ」

「なんてこった……」


 黒い獣の遠吠えに応えるように数十匹の黒い獣たちがジルド達を取り囲んでいた。


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