第32話 竜姫⑩
「さて、終わりだな。報告を済ませるとするか」
アディルがそう言うとエリスが難しい顔をしている。その事に気付いたヴェルがエリスに尋ねる。
「ねぇ、難しい顔をしてどうしたの?」
「うん、ねぇアディルこの依頼での報酬を受け取るのは止めた方が良いかもね」
エリスの意見に全員の視線がエリスの集中する。
「どういうことだ?」
アディルが代表してエリスに発言の意図を尋ねる。そもそも吸血鬼(ヴァンパイア)との戦いは依頼がないとダメだと言ったのはエリス自身である。そのエリスが自分の言葉を撤回するのだからただ事では無い。
「うん、アリスの事を村の人達に説明しないといけないわよね」
「当然だな」
「当然だけど竜姫である事も告げるわけでしょう?」
「ああ、このタイミングで竜姫である事を告げないのはあり得ないからな……なるほどそういう事か」
「うん」
アディルの言葉にヴェル、エスティルも察したようだ。つまりアリスが仲間に加わったことでローゴンの件は自作自演であると疑われる可能性が出てきたのだ。ローゴンは村に警告を発した際に“竜姫”の件をはっきりと告げていたのだ。その竜姫であるアリスをアマテラスが仲間にしていれば村の者達の中にアマテラスは自分達の揉め事を利用して金を巻き上げたと主張するものが出てもおかしくないのだ。
「あ、そうか……ごめん」
アリスがしゅんとした表情を浮かべる。自分のせいでアマテラスが報酬を受け取れないと責任を感じてしまったのだ。
「いや、その辺は大した問題じゃ無いさ。俺とすればアリスが仲間になってくれた事の方が遥かに嬉しいからな」
「アディル……」
「それもそうね。まぁ私も報酬よりアリスが仲間になってくれた方が良いよね」
「そうね」
「まぁしょうがないわよ」
「みんな……ありがとう」
仲間達の優しい言葉にアリスは少しだけ笑う。本当は謝りたかったのだが、それはアディル達にとって欲しい言葉でない事をアリスは察したのだ。
「じゃあ、早速報告に行こう」
アディルの言葉に全員が頷くと村の中心部にある集会場へと向かった。
集会場についたアディルは集会場の中の人々に言葉をかける。
「ベンさん、ジルさん、皆さん。もう大丈夫です。吸血鬼(ヴァンパイア)は斃しました」
アディルが声をかけると窓からアディル達を見る顔がいくつかあった。確かにアディル達であると確認が済むと扉が開かれ中から村人達がワラワラと出てきた。その表情は一様に明るいものである。
村人達の先頭には村長のベンがいてアディル達に感謝の言葉をかける。
「ありがとうございました。おかげさまでこの村も救われました」
ベンが頭を下げると後ろの村人達も同様に頭を下げる。
「ところでそちらの方は?」
頭を上げたベンがアリスについて尋ねるとアディルは口を開く。その態度に一切のやましさは見られない。
「その前に報酬の件ですが、それは辞退させていただきます」
「は?」
アディルの言葉にベンは呆けた声を出し、村人達もアディルの言葉にザワザワとしだした。
「ど、どういうことですかな? あなた方は吸血鬼(ヴァンパイア)を斃したのではなかったのですかな?」
ベンの言葉にアディルは首を振る。アディルの仕草を見て村人達はさらに首を傾げる。アディル達は吸血鬼(ヴァンパイア)を斃した以上、報酬を受け取る権利があるというのにそれを受け取らない事は不可解だ。
「もちろん斃しました。それは事実です。ですが報酬を受け取るとあらぬ誤解を受ける可能性があるために報酬を辞退すると言っているのです」
「あらぬ誤解?」
「はい、この娘は
アディルの言葉の意図をベン達は察する。
「儂らはあんた達を疑ったりはしないぞ」
「そうだ」
「そんな恥ずかしい事はしないぞ!!」
ベンの言葉に村人の中から同調する言葉が発せられる。だがアディルは首を横に振る。
「いえ、あなた方が疑う、疑わないというのはこの際問題ではないのです。もしここで私達が報酬を受け取った場合、私達の存在を疎ましく思う者が将来的に出た時、そこを責められる可能性があるんですよ」
「いや、駄目だ。あんた達の意図は理解したがハンターにただ働きさせたなんて事が広まったら次からはハンターが来てくれなくなる」
ベンの言葉に今度はアディル達が納得する。アディル達が悪し様にこの村の人々の事を言うことはないが何かの拍子で今回の事を耳にした場合は、アマテラスとこの村の人々の仲違いというありもしない噂が広がる可能性があったのだ。
「それは困りましたね……受け取れば俺達がリスクをしょいこみ、受け取らなければそちらが困る」
アディルの言葉にベンが難しそうな表情を浮かべて頷く。“受け取らないって言ってるんだから渡さなくていいじゃないか”と思っている村人もいるだろうが、村長であるベンの様子にそれをいうのは憚られた。
「あ、そうだ!!」
そこにエリスが声を上げると全員の視線がエリスに集中する。
「ここは私に任せてくれない?」
「あ、ああ」
エリスの言葉にアディルは了承するとエリスはニッコリと微笑む。そのままベンに視線を移すと口を開いた。
「村長さん、今すぐ報酬の金貨五枚いただきます」
「え?」
「エリス、何言ってるの?」
エリスの宣言に全員が呆気にとられる。先程までのやりとりは一体何だったのかという空気が全員の間に流れるがエリスは気にした様子もない。
「わかった。これで良いじゃろう」
ベンは懐から袋を取り出すとエリスに手渡す。手渡された袋をその場でエリスは開けて金貨五枚を確認するとすぐさま袋に戻した。それからエリスはその場でベンに袋を手渡す。
渡されたベンは困惑の表情を浮かべた。
「これは一体、何の真似ですかな?」
「この金貨五枚で、今度私達がこの村に来た時に私達を“お客さん”として扱う権利を買います」
「は?」
「ですから私達がここに今度来た時は“お客さん”として大事に扱ってもらいます。そしてこれはその代金です」
エリスの言葉に納得の空気が流れる。これならば実質的な金のやり取りはなくなり、お互いに依頼を破った事にはならない。
「どう?これが落としどころだと思うけど」
エリスの言葉に納得の空気が広がっていく。茶番と言えば茶番であるが意外とこういう茶番は必要なものなのだ。
「そうだな。これでこの話は終わりという事にしませんか?」
「そうですな。よし、これでこの話は終わりだ。あとはあんたらの武勇伝を聞かせてもらおうかな」
ベンの言葉に村人達は賛同し、アディル達も顔を綻ばせるとアディル達は吸血鬼(ヴァンパイア)との戦いを村の人々に聞かせた。その役目を担ったのは、やはりというかエリスであった。
エリスは講談の才能があるらしく吸血鬼(ヴァンパイア)との戦いをおもしろおかしく聞かせて大好評であったのだ。
* * *
翌日、やることを終えたという事でアマテラスは村を出立する準備に取りかかる。といってもの持つのほとんどはアディルの封印術で持ち歩いているため手荷物レベルの大きさしかない。
エスティルが馬車を作り、アディルが式神で馬を形成するとそれで終わりである。
「よし、いくぞ」
「「「「うん♪」」」」
アディルの言葉に四人は馬車に乗り込むとアディル達は村の入り口に向かうとそこには村人達が見送りに来ていた。
「ありがとう。あんた方が来てくれて本当に助かったよ」
「いえ、また来ますね」
「ああ、ぜひ来てくれ。歓迎するよ」
「はい」
アディル達はそれぞれ村の人々に挨拶すると村を出立する。村人達はアディル達が見えなくなるまで手を振ってくれていた。
「良いところだったな」
「そうね。アリスっていう仲間が増えたし、村の人達もいい人達ばかりだったしね」
「ああ、ああいう人達に出会うと心が穏やかになるよ」
アディル達は楽しそうに村の人達との会話を思い出すと自然と顔が綻ぶ思いであった。
ガタゴト……ガタゴト……
「あのさ……俺何か忘れてる気がするんだよね」
しばらく馬車を進ませてるとアディルがポツリと呟く。その言葉にアリス以外の三人が同意とばかりに頷いた。
「奇遇ね……私もよ」
「あ、私も」
「私もよ……」
四人共みんな首を傾げている。何か大切な事を忘れている気がするのが、それが思いつかないのだ。その様子にアリスが口を開く。
「何か気になるわね。そういえばみんなってあの村にそもそも何しに来たの?」
アリスの言葉に全員が忘れていることを思い出した。思い出した四人は声を揃えて叫んだ。
「「「「ポーション!!」」」」
「ふぇ、何よみんな脅かさないでよ」
声を揃えて叫ばれたポーションという言葉にアリスは驚いた表情を浮かべる。そう、アディル達は元々村に来た任務であるポーション確保をすっかり忘れていたのだ。
「……戻るか」
アディルの小さな呟きにヴェル達は項垂れる。あそこまで盛大に見送られてすぐに戻るというのは恥ずかしい事この上ない。
「ちょ、ちょっとみんな本気!? あそこまで盛大に見送られてすぐ戻るなんて恥ずかしい事私は嫌よ!!」
アリスの叫びはものすごく納得できるものであったが、任務を投げ出すことは絶対に出来ないのだ。そう、金銭的な面で!!
「諦めてちょうだい。あなたもアマテラスの一員になったんだから、一緒に恥ずかしい思いしましょう」
「そうね。みんなの負担を分け合いましょう」
「さあ行くわよ。みんな覚悟を決めて!!」
「いやぁぁぁぁっぁぁ!!」
アリスの叫びを無視して馬車は先程盛大に見送られた村に戻ることになった。その後、村人達に笑いを堪えられながらアディル達は村でもう一泊し、ポーションを仕入れる事になった。
かなり恥ずかしい思いをしたがアマテラスは二回目の任務を達成する事が出来たのだ。
余談だがこの事は村の人達に長く酒の肴にされることになっている事になったのであった。
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