第31話 竜姫⑨
ローゴンを斃したアディルはヴェル達を見てほっと息を吐き出す。それを見てヴェル達がアディルに駆け寄ってきた。
「アディル、ちょっと後ろ向いて」
エリスがアディルにそう言うとアディルはすぐに後ろを向く。エリスはアディルの背中に右手を置き、小さく詠唱を始める。エリスが詠唱を始めてすぐにエリスの右手から直径三十㎝程の魔法陣が浮かび上がった。
「少し待っててね」
「ああ、ありがとう」
エリスの言葉にアディルは素直に礼を言う。一分ほどしてからエリスは背中から手を離した。
「どう?」
エリスの言葉にアディルは肩を回し始める。しばらく確認するように動かしていたが、ニッコリと笑うと口を開く。
「痛みは無くなってる。エリスありがとう」
「うん、骨までいってなかったから一分ほどで完治することが出来たわ」
「いや、これは大したもんだ。わずか一分ほどで完治するとは思わなかった」
「へぇ~エリスってやっぱり凄腕だったのね」
「ふふふ~もっと褒めて良いのよ」
エリスは鼻高々と言う様子であるが、もちろん自慢するだけの事はあるだけの治癒魔術の腕前であると言える。
「あ、そうそうアディル、そのカタナなんだけど」
そこにエリスがアディルの腰に差している黒い刀身のカタナについて尋ねる。
「ああ、俺の死んだ爺様が打ったカタナだ」
「ひょっとして、そのカタナの材質って“ガヴォルム”?」
「そう聞いている」
アディルの返答に三人は驚きの表情を浮かべる。“ガヴォルム”とはハンターの最高ランクを示す商号であるが、元ネタはガヴォルムという稀少金属なのだ。ガヴォルムの特性として魔力を通せば通すほど硬度を増すという特徴がある。もちろん魔力を通さなくても硬度は凄まじいものがある。
「なんでアディルのお爺さんはガヴォルムなんて持ってるのよ」
ヴェルの言葉にアディルも肩をすくめる。
「その辺の事は俺もよく知らない。まっとうな手段で手に入れたと思いたいな」
アディルの言葉にヴェル達は苦笑する。
「ねぇ、それじゃあエスティルの剣もひょっとしてガヴォルム製なの?」
エリスの言葉にエスティルは首を横に振る。エリスがアディルの治療を終えるまでにフルフェイスの兜を解除しており素顔を見せていたのだ。
「ううん、私の剣はオリハルコンと
「並のオリハルコンって何よ……」
「そう言えばそれって魔剣だろ?」
アディルの質問にエスティルは頷くとアディルの質問に答える。
「うん、魔剣“ヴォルディス”よ。有している能力は魔力の増幅ね」
「おいおい、能力までバラして良いのか?」
エスティルの言葉にアディルが呆れた様に言う。アディルの言葉にエスティルはニコニコと微笑みながら返答する。
「別に良いわよ。魔力の増幅なんて能力なんだから対策取りようがないし」
「それもそうだな」
「それにあなた達に知られて困るような事じゃ無いからね」
エスティルの言葉に三人は顔を綻ばせる。エスティルの言葉は三人への信頼を意味する以外の事はないからだ。
「それもそうだな」
アディルが返答するとヴェルが尋ねてくる。
「ところで、アディルはあの吸血鬼(ヴァンパイア)をどうやって斃したの?」
「ああ、吸血鬼(ヴァンパイア)は霧になる能力があるのを予め知ってたからな。霧って簡単に言ってしまえば“水”だろ。だから
「この間教えてくれた五行思想ね。まぁ
「先?」
「うん、吸血鬼の体からあの黒い刃が出てきたじゃない」
「ああ、あれか。奴の頭部を封じ込めていた符を外したときに符が灰になったろ?」
「うん」
「あれはただ単に符を捨てたんじゃ無くて灰にして奴の霧に紛れ込ませるのが目的だったんだ」
アディルの説明に三人は納得の表情を浮かべる。ここまで聞けばヴェル達にとってアディルが何をしたか察する事が出来ると言うものである。ローゴンは霧となって再生したがその際に空気中に撒かれたアディルの術の効力も一緒に取り込んだわけであった。
その後の会話でローゴンがアディルとの約束を破った事で符術の効果を顕現したのだ。それがアディルの手によるものなのか。約束を破ったら発動するようにしているのかは不明であるがそこは些細な事であろう。
結局の所ローゴンは自らの不誠実さによりその命を失う事になったのだから自業自得と言うべきであろう。
「せっかくだからここに来て話に混ざったらどうだ? いるんだろう?」
アディルがそう言うとアディルの隣の空間がぐにゃりと歪んだ。ヴェル達三人は身構えようとするがアディルがまったく身構えようともしないために警戒を解く。
「な~んだ。バレてたんだ。やられそうになったら助けてやろうとしたのにね」
そこに銀髪の髪を靡かせ竜姫が姿を現した。突如現れた美少女に対してヴェル達は一瞬呆気にとられるがすぐにこの少女が竜姫であると思い至った。
「へぇ~あんたの仲間の女の子ってカワイイ子ばっかりじゃない。何、あんた所謂ハーレムってやつを形成しているの?」
竜姫はニヤニヤしながら言う。ハーレムという単語にヴェル達は顔を赤くする。そこにアディルが呆れた様に返答した。
「何言ってるんだ。みんなとは同じチームの仲間というだけだ」
「へ~そうなんだ。こんなカワイイ子達に手を出さないなんてひょっとして心に決めた子がいるの?」
心に決めた子という竜姫の言葉にヴェル達が恐る恐るアディルを見る。その姿はいないと答えて欲しい心情と同時に自分の名を挙げて欲しいという心情が合い待ったようにも見える。
「いや、いないな。今の俺は修行を積んで親父殿を超える事が全てだ。色恋沙汰はそれからだよ」
「ふ~ん、残念だったわねあなた達」
「「「ふぇ!!」」」
竜姫はヴェル達三人にイタズラっぽく笑いながら片目をつぶる。その様子に三人は露骨に慌てた様子を見せる。
「まぁいいわ。ところでローゴンを斃してくれてありがとう。それにしても分身体ばっかりだったのになんで今回は本体が出てきたのかしら」
竜姫は首を傾げながら言う。ローゴンは今まで自分を襲うときは常に分身体ばかり襲いかからせていたのに今回は本体が出てきたことを不思議に思ったのだろう。
「さぁな、雇い主からせっつかれたんじゃないか。早くお前を捕まえろとかさ」
アディルの言葉に竜姫は少しばかり考え込む。アディルの言葉に何かしら思い当たる節があるようにも見えた。
「お前の様子だと心当たりがあるみたいだな」
「まぁね」
「お前の揉めている相手って誰だ?」
「内緒♪」
竜姫は明るくアディルの質問を拒否するが、決して巫山戯ている様子はない。明確な拒絶があった。ところがアディルはそれに気付いているが引くつもりは一切無いようである。
「そうか質問を変えよう。俺達がお前と行動を共にしたらそいつとも戦えるのか?」
「は?」
アディルの言葉に竜姫は呆けた声を上げる。自分から揉め事に首を突っ込んでこようとするアディルに対して理解が追いつかないという感じであった。竜姫はチラリとヴェル達を見るが当たり前のような表情を浮かべている。
(あの表情って、明らかに当たり前という表情をうかべているわよね。それにあの銀髪の娘って魔族……よね)
竜姫はエスティルが幻術で隠している角を見破り、魔族である事を看破していた。
「で、どうなんだ?」
アディルの言葉に竜姫は迷ったような表情を浮かべている。
「ちょっといいかしら?」
そこにエスティルが竜姫に声をかける。竜姫はエスティルに視線を移す。
「多分、あなたはアディルが自分を何かに利用するつもりだと思っている事でしょうね。それは正しいわ」
「……やっぱり」
エスティルの言葉に竜姫は小さく呟く。その声は先程までの明るい声とは明らかに違うものであった。裏切りを予感しいたかのような声である。
「ええ、アディルはあなたと一緒にいることであなたを襲う敵と戦うためにあなたを利用しようとしているのよ」
「は?」
「もちろん私もとある魔族の勢力に狙われているんだけどね。アディルはその魔族達とも戦いたいという事で私を利用しているのよ」
エスティルの言葉に竜姫はまたも呆けた表情を浮かべている。自分の考えていた利用するという内容の方向性が明らかに異なっていたのだ。それは利用すると言うよりも保護すると言った方がまだ的確のような気がする。
「えっと……」
戸惑いの声をようやく竜姫は発するがそこにエスティルがさらに話を展開する。
「ちなみにヴェルもとある貴族に狙われているんだけどね。アディルはそれも利用して戦う相手を確保しようとしているのよ」
エスティルの言葉に竜姫は沈黙する。
「もちろん、あなたが嫌だというのなら別に止めないけど、私達と一緒にいると楽しいわよ。もちろん命を狙われるというのはあるけどね。でも今でも命を狙われてるんじゃ無いの?」
「う……ん」
それは言い辛そうにしているがエスティルの言葉が正しいことを示していた。
「どう私達と一緒に来ない? 私達と一緒に来ればあなたも私達の余計な厄介事をしょいこむ事になるけど、あなたの厄介事も私達にしょわせることが出来て気が楽になるわよ」
エスティルの言葉に竜姫は少し考え込んでいる。人間ではないのが自分だけなら躊躇するのだろうが、魔族であるエスティルの言葉に竜姫は心が揺り動かされているようであった。またアディルとの先の会話により、アディルに対する興味があるのも事実であった。
「……アリスティア」
「え?」
竜姫の言葉にエスティルが返答する。
「私の名前はアリスティアよ。あなた達の名前も教えなさいよ!!」
アリスティアと名乗った竜姫は顔が赤くなっていた。その様子はエスティルに言い含められた事に対してしてやられたという表情を浮かべている。その様子におかしさを感じつつアディル達は名乗ることにする。
「俺はアディル」
「私はヴェルティオーネ、ヴェルって呼んでね」
「私はエリスよ」
「私はエスティル。アリスティアよろしくね♪」
アリスティアにアディル達は名乗るとアリスティアは小さく頷いた。
「これからよろしくな。アリスティア」
アディルがそう言うとアリスティアも少々照れながらそっぽを向いて言う。
「私の事はアリスって呼んで良いわよ」
アリスティアの言葉にアディル達は頷く。
「ようこそ、アマテラスへ」
アディルの言葉を受けてアリスはチラリとアディル達を見ると顔を赤くして小さく一言だけ返答する。
「うん……よろしく」
こうしてアマテラスに新たな仲間が加わったのであった。
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