第29話 竜姫⑦

 何の捻りも無く突進してくるローゴンに対してアディルはカタナを一閃する。アディルが放った斬撃はローゴンの腹部を斬り裂くように思われた。


 バフン!!


 しかし、アディルの斬撃は空を斬った。ローゴンの体が突然霧となって霧散したからだ。しかも霧となったのはローゴンの腹部から下であり上半身はそのままである。ローゴンの右拳が放たれアディルの顔面を襲う。


 アディルは右拳を辛うじて躱す事に成功するが続けて放たれた第二撃を躱す事は出来ない。第二撃は左拳を腹部に放ったものであり右拳を避け体勢を崩していたために避ける動作が間に合わなかったのだ。

 それでもアディルはまともに拳を受けたのではなく咄嗟に左腕でガードしたのだがその威力は相当なものでありアディルの体はわずかであるが宙に浮いた。


「ぐ……」


 アディルの口から苦痛の声が漏れる。


「しゃああああああ」


 ローゴンは苦痛の声を漏らしたアディルに対して好機ととらえたのだろう。即座に追撃を行う。霧となった体を元の体に戻したローゴンはそのまま前蹴りをアディルに放ってきた。

 アディルはその蹴りをバックステップで躱し、下がりながら斬撃を繰り出した。ローゴンの足をアディルのカタナが切り落とす刹那、またしてもローゴンの足が霧と化しアディルの斬撃は空を斬った。


「ち……」


 アディルの口から忌々しげな声が漏れる。アディルの漏れ出る言葉を聞きローゴンはニヤリと嗤う。


「はぁ!!」


 エスティルはローゴンに向かい斬撃を連続して放つ。まずは喉を真一文字に、続いて左袈裟斬り、心臓への突きをほとんど一呼吸で放つという連撃であり凡庸な使い手ではまず対処する事は不可能である。


 バフン!!


 ところがまたもローゴンは体を霧とすることでエスティルの斬撃を躱し、すぐにローゴンは体を元に戻すとエスティルに右拳を放った。エスティルはそれを難なく躱す事に成功するが一端間合いを取るために後ろに跳んだ。元々、アディルの援護の為の斬撃であったために最低限の目的を果たすことは出来たのだ。


「やりづらいったらないわね」


 エスティルの口から不満が漏れる。


「まぁ、確かにそうだな。霧となって躱すだけの能力は簡単だと思ってたけど実際に戦うと厄介な能力だな」

「そうね、以外と厄介な能力だという事がわかったわ」


 アディルとエスティルの言葉にヴェルとエリスも頷く。その言葉を聞いたからであろうローゴンはニヤリと嗤う。


「ふ……人間如きに私を斃せると思っている所が哀れよな。お前達に勝ち目など無い」

「そうかな?」

「口の減らない小僧だな」


 ローゴンはアディルの返答が気にくわなかったのだろう怒りの声を上げる。するとローゴンの下半身が先程同様に霧に変化する。霧に変化した下半身は元の体に戻るのではなく狼のような獣に変化させたのだ。

 下半身を獣に変化させたローゴンはアディルに向かって突っ込んでくる。そのローゴンに対してヴェルが【火矢ファイヤーアロー】を放った。牽制のための一手であったヴェルの火矢ファイヤーアローはローゴンの防御陣にはね返されまったく意味をなさなかった。


「く……」


 ヴェルの口から悔しそうな声が発せられる。アディルはそのままローゴンに歩を進めると獣に変化させた下半身に斬撃を見舞う。


 ギィィィィィン!!


 ところがその斬撃はいつの間にかローゴンが手にしていた長剣によって防がれてしまった。ローゴンはそのまま突進し下半身の獣がアディルの喉に牙を突き立てようと口を開く。アディルはその牙を何とか躱す事に成功するが、それは致命傷を避けたに過ぎない。下半身の牙を避けた瞬間にローゴンはアディルの左腕を掴んだのだ。駆ける勢いそのままにアディルの体が持ち上がった。


「ぐはっ!!」


 ローゴンはそのままアディルを地面に叩きつける。突っ込んでくる速度と相まって相当な衝撃がアディルを襲い、アディルは息をする事が出来ない。


「ふははは!! 偉そうな事を言っていても所詮は人間、偉大な手である我ら吸血鬼ヴァンパイアにはとても及ばん!!」


 アディルは何とか立ち上がるが、ダメージはかなりのものである。ダメージを負ったアディルに対してローゴンの不快な言葉が浴びせられる。アディルはローゴンの挑発に対してニヤリとした表情を浮かべた。


「残念だがお前の攻撃はすでに見切っている……次の攻防がお前の最後になる。どうだ?降参しないか?竜姫を追うことを止めれば命だけは助けてやるぞ」


 アディルの言葉にローゴンは笑いを止めると忌々しげな表情を浮かべる。この状態で降伏を求めるというのはローゴンにとって望んだ反応では無い。ローゴンが望んだのは恐怖に歪んだ表情であり、ローゴンへの畏怖の念に満ちた表情であった。ところがアディルが浮かべているのはそれとは真逆の表情であった。


「今、お前が投げ飛ばされたのを忘れたのか? お前の腕を握りつぶさなかったのは私の情けだぞ」


 嘲るようなローゴンの言葉にアディルはニヤリと嗤うと即座に返答する。


「情け……ねぇ、油断しただけだろう? 戦いで油断するような奴は三下の証拠だ。相手がどんな手段を残しているか分からないからな。そんな事もわからないからお前はこれから死ぬんだよ」


 アディルの返答にローゴンは今度こそ憤怒の表情を浮かべると両腕に魔力を纏わせ始めた。両腕を纏った魔力は手の先で鋭利な爪と化している。あの爪ならば触れただけで人間の体など斬り裂かれてしまうことだろう。


「人間如きがよくぞこのローゴンを見下せるものだな。その思い上がりの報いを受けさせてやろう!!」


 ローゴンはそう言うと両手を広げる構えをとった。するとアディルも同様にカタナに気を通して強化すると迎撃の構えを取る。アディルが取った構えは「孤陰こえいの構え」と呼ばれる鬼衛流の剣術の構えであった。

 「孤陰の構え」はカタナを自らの体の陰に隠すというものであり、敵に間合い、太刀筋を読ませないようにするためのものである。


「みんな、ここは俺に任せてくれ。こいつは俺が斬る」

「わかったわ」

「アディル、しっかりね」

「頼むわ」


 ヴェル達はアディルを止めようとしない、アディルへの信頼がそこにあるのは当然だが、それ以上にアディルの持つわざでどのようにローゴンを斬り伏せるのかを見たいのだ。


「さて、終わらせることにしよう」


 アディルがローゴンに向かって斬り込んだ。


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