第28話 竜姫⑥
満月の光が優しく降り注ぎ周囲を照らしている。アディル達は完全武装で集会場の隣の広場で吸血鬼(ヴァンパイア)のローゴン=レジックを待ち構えている。すでに村の人々は防御陣を施した村の中心にある集会場に避難していた。
「さて……そろそろだな」
アディルの言葉に三人は頷く。アマテラスのメンバー達の目にはエスティルの魔術である【夜目(ナイトアイ)】がかけられており、昼間とほぼ変わらない視界が展開している。
「ん……来たようね」
エリスの言葉に三人は頷くとアディルが駆け出す。続いてエスティル、ヴェル、エリスの順番で続いた。
村の入り口まで行くとそこに一体の黒を基調とした服装に身を包んだ二十代後半といった男が立っている。
その男を見た瞬間にアディルは抜刀するとそのまま斬りかかる。アディルのいきなりの戦闘開始に驚いた男はそれに対処する事も出来ずにアディルの斬撃により腹を斬り裂かれ鮮血が舞った。
「な……」
腹を斬り裂かれた男は呆然とした表情を浮かべ、自分が斬られた事に気付いた男は怒りの表情に変わった。
(どうやらこの分身体は痛覚がないようだな……)
アディルはそう判断するとそのまま心臓にカタナを突き刺す。アディルのカタナは男の心臓を貫くとそのままアディルは男の体を押し斬る。カタナを引き抜くと男は数歩後ろによろめくとそのまま倒れ込み、倒れ込んだ男の体は塵となって崩れ去った。
「よし!!」
男を斬り捨てたアディルの言葉が周囲に響く。
「え、終わり!?」
ヴェルの呆れた様な言葉にアディルは小さく首を振る。
「いや、こいつはただの分身体だからな。すぐに新手が来るだろ」
「それにしても……呆気ないわね」
「そこはほら……俺がこいつよりも数段強いという事で」
「アディルが強いのは分かってるけどいくらなんでも」
「まぁ、良いじゃない。アディルは何か狙いがあっていきなり斬りかかったんでしょう?」
エスティルの言葉にアディルは頷く。
「ああ、俺が確かめたかったことはこいつの霧になる能力が意識して発動しているかどうかを確認したかったんだ」
「どういうこと?」
「もし、霧になる能力が攻撃を受けた段階で自動で発動するなら斬った瞬間に霧になるはずだろ。でもあいつは霧にならなかった。ここからあいつは霧になるには意識する必要があるというわけだ」
「なるほどね。ということは吸血鬼(ヴァンパイア)の意識の外からの攻撃は通じるという事ね」
「そういうことだ。つまり吸血鬼(ヴァンパイア)なんてその程度の相手という事だな」
アディルは嘲るように言うと三人も同意とばかりに頷く。もちろん、アディル達がこのような言動をするのはどこかでローゴン本体がこの会話を聞いている事を想定してるからである。
(吸血鬼(ヴァンパイア)の気配はするな……想定していたよりも俺達の戦力が強かったために警戒しているというところか)
アディルはそう推測する。あっさりと自らの分身体を斬り捨てた人間に対して警戒するのは当然の事だ。
その判断が正しいように新手が出てきた。数は七体、たった今アディルが斬り伏せた分身体と同様の姿形をしている。
「新手だな。といっても同じ姿形をしているから、さっき同様の方法で斃すとしよう」
アディルがカタナを構えるとエスティルも魔剣を抜き鋒を分身体達に向ける。
「ヴェルとエリスは俺達の援護を頼むな」
「うん」
「二人とも気を付けてね」
ヴェルとエリスはアディルの言葉に即答する。近接戦闘ではこの二人はアディル、エスティルによりも一枚、二枚落ちる以上当然の事であった。
「それじゃあいくぞエスティル」
「うん」
エスティルが返答すると同時にアディルとエスティルは分身体達に斬りかかった。凄まじいとしか表現できない速度で斬りかかった二人はそのまま二体の分身体の首を斬り飛ばす。二つの首が宙を舞い、地面に落ちるまでの僅かの時間にアディルとエスティルはそれぞれ首を落とした分身体の心臓を斬り裂くと二体の分身体はあっさりと塵となり消え去った。
(マヌケも良いところだな……それともこれは何かの陽動か?)
アディルがそう思うのも無理は無い。あっさりと二体の分身体を斬り伏せて、続けて二人は他の分身体に斬りかりまたも二体の分身体を塵にしていた。
「くそ!!」
一体の分身体が拳を振りかぶりエスティルに斬りかかる。エスティルはその拳を躱し様に魔剣を振るうと分身体の腕が肘から切断され宙を舞った。
「よ……」
ゴギャァァァァ!!
そこにアディルが斬り飛ばされた分身体の後頭部に蹴りを入れる。蹴りを入れられた分身体は吹き飛ばされ地面を転がった瞬間にエスティルに心臓を貫かれて塵となって消え失せる。
(あと二体か……)
アディルがカタナを構えた瞬間に分身体の一体が身構えた瞬間に分身体の顔面に三本のナイフが突き立てられた。思わぬ事態に分身体がナイフの飛んできた方向を見やるとそこにはヴェルがいる。そう、顔に突き立てられたナイフはヴェルが投擲したものであったのだ。
(こいつもマヌケだな)
アディルは舌打ちを堪えそうな気持ちで分身体との間合いを詰めるとそのまま分身体の左肩から斬撃を入れる。アディルのカタナは分身体の左肩から入りそのまま一気に振り下ろされ心臓を斬り裂いた。
「あと一体ね」
エスティルの言葉に残った分身体はニヤリと嗤う。その余裕のある表情にアディル達は訝しんだ。確かに分身体である以上、本体に何の影響も及ばさない可能性は高いのだろうが、まったく相手になっていない現状を考えるとこの余裕は些か不可解である。
「人間にしてはなかなかやるな。まさかこの村の連中がオリハルコンクラスのハンターを雇えるとは思ってもみなかったぞ。だが、私には勝てない」
吸血鬼(ヴァンパイア)の言葉にアディル達は沈黙を守る。自分が負けるはずは無いと思っている者は得意気に色々と情報を発してくれるものなのだ。
「ふ……不思議だろうな。なぜ私がここまで余裕ある態度なのか」
得意気に話し始めた吸血鬼(ヴァンパイア)の言葉であるがアディル達は相変わらず沈黙してる。この辺の事はアディル達は前もって話し合っており敵が得意気に話し始めれば不愉快ではあるが黙って聞いておくと決めていたのだ。
「……貴様ら、なぜ返答しない?」
吸血鬼(ヴァンパイア)がアディル達の態度に不快気な表情を浮かべるが、それすらもアディル達は無視する。
「貴様ら!!」
吸血鬼(ヴァンパイア)は不用意に声を荒げながら一歩踏み出してくる。その瞬間、エスティルが動く。一瞬で間合いを潰したエスティルはそのまま吸血鬼(ヴァンパイア)の心臓に魔剣を突き立てる。心臓を貫かれた吸血鬼(ヴァンパイア)はそのまま崩れ去った。
「さて、これから本番だな。おい、時間の無駄だ。さっさと出てこい。それとも吸血鬼(ヴァンパイア)とやらは偉そうにしているだけで怖くなったら逃げるだけの臆病者か?」
アディルが叫ぶと一人の男が突然、黒い靄の中から現れてきた。姿形は先程アディル達が斬り伏せた者達と同じである。
「ふ……あの程度の分身体を退けたぐらいで随分と人間如きが大きくでたものよ」
「あの程度の奴等しか配下に持てない器しかない分際でよく大言壮語できるものだな」
男の侮蔑に即座にアディルが返答する。アディルの言葉を聞き、男から凄まじい殺気が放たれ始める。息苦しくなるほどの圧迫感が周囲に満ちる。
「人間が……調子に乗ってこのローゴン=レジックの怒りを買ったことを後悔するが良い」
「どうやら本体みたいだな。まぁこの期に及んで分身体を繰り出してくるようなマヌケなら恐れる必要も無いな」
「ぬかせ!!」
ローゴンは一声吠えるとアディルに向かって駆け出した。
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