第27話 竜姫⑤

 村に戻ってきたアディルはそのままヴェル達の元へ向かう。


「あ、アディル~♪」

「お帰り~♪」

「お帰りなさい♪」


 アディルを見つけたヴェル達三人が元気よく手を振る。周囲には何人かの男達がおり、アディルに嬉しそうに手を振る三人を見て、苦虫を噛み潰したような表情と明らかに嫉妬の籠もった視線をアディルに向けてきた。


「ああ、お前達作業は進んでいるか?」

「うん、集会場の防御陣は張り終えたわ。次は村全体に防御陣を張るつもりよ」

「そうか。それじゃあ俺も手伝おう」


 アディルがそう言うとヴェル達はアディルに満面の笑みを向ける。その美しさと愛らしさに周囲の男達のアディルへの視線は険しさを増した。


「それじゃあ、あなた達は避難のための準備に入ってください」


 アディルは笑顔を浮かべながらもはっきりした言葉でそう告げると男達はすごすごと引き下がった。正直な所を言えば反論をしたいのだが、吸血鬼ヴァンパイアへの準備に取りかかるアディル達の邪魔をする事が何を意味するかわからないわけではないのだ。

 男達がそれぞれ散っていくのを眺めながら三人は苦笑する。


「助かったわ」


 ヴェルの言葉にアディルは険しい表情を浮かべる。自分のいない間に三人が何かしら嫌がらせをされたのかという思いが咄嗟に生まれたのだ。もちろん、三人の実力は理解しているため普通に考えれば負けるわけないのだが、それでも雇い主側の人間と揉めるわけにはいかないと耐えたのかも知れない。アディルの手が知らず知らずに腰のカタナに手が伸びる。


「何か嫌がらせされたのか?」


 アディルの声は少しばかり低いものであった。その事に気付いた三人は苦笑しながらアディルの考えを否定する。


「違うわよ。別にあの人達は私達に嫌がらせなんかしなかったわ」

「そうそう、むしろ私達を手伝ってくれたのよ」


 ヴェルとエスティルの言葉にアディルは手を伸ばしたカタナから手を離す。


「私達が困ったのは色々と私達を誘おうとしてきたって事よ」


 エリスの言葉にアディルも納得する。確かにこの三人が作業をしてたら男達が集まってくるのは当たり前の事である。


(まったく……俺もどうかしてるな。少し考えればその程度の事はすぐに考えつくのに)


 アディルは心の中で密かに自分を恥じる。


「そうか、俺の早とちりだったようだな」


 アディルの言葉に三人はどことなく嬉しそうな表情を浮かべている。アディルの行動は三人を思っての行動であり、別の表現をすれば三人に対して無関心ではないという心の現れであったのだ。


「えへへ♪」

「ふふふ♪」

「でへへ♪」


 三人の機嫌が一気に良くなった事に対してアディルは首を傾げる。その様子を見てヴェル達は顔を綻ばせるがその理由を語ろうとはしない。


「さ、アディルも戻ってきた事だし、この村の周囲に防御陣を張り巡らせるとしましょう」


 エスティルの言葉に三人は頷く。


「ところでアディルが戻ってきたという事は何か収穫があったということ?」


 村の周囲に向かって歩き出してしばらくしてヴェルがアディルに尋ねる。


「ああ、竜姫に会ったぞ」

「「「え!?」」」


 アディルのあっさりとした返答にヴェル達三人は驚きの声を上げる。簡単に見つかるわけないと考えていたのに、わずか数時間で接触できるとは思ってなかったのだ。


「竜姫ってどんな人だった?」


 ヴェルが興味津々という感じでアディルに尋ねる。アディルは竜姫の顔を思い浮かべながらヴェルの質問に答える。


「見かけの年齢は俺達と同じぐらいだな。銀髪で髪は長い。綺麗・・な子だったぞ」


 アディルの竜姫の話に三人の機嫌は微妙に下がる。


「ふ~ん、そうなんだ……ふ~ん」

「へぇ~アディルは銀髪が好みなんだ~」

「私も銀髪なんだけど綺麗とか言われてないな」


 ヴェル達三人はジト目でアディルを見る。その視線にアディルは妙に居心地の悪い思いをすることになったのである。


「ちょっと待て、エスティルと初めて会ったときは美人という表現を使ったじゃないか」

「え……」

「忘れるなよ……それからヴェルにも美人という表現を使ったぞ」

「う~~」

「お前もか……」

「私言われた事ないんだけど……どうせ私はこの二人みたいに美人じゃないわよ」

「まぁエリスは美人と言うよりもカワイイというのが正しいからな」

「ふぇ!!」


 アディルの言葉にエリスは顔を真っ赤にして慌てた様子になる。アディルがチラリとヴェルとエスティルを見ると同様に顔を赤くしている。


「まったく、お前達は容姿が良いんだからあんまり男に誤解させないようにな」


 アディルはそう言うとスタスタと歩き出す。すると顔を赤くした三人も後に続く。


「そ、そういえば、その竜姫から何か情報を得たの?」


 ヴェルがやや上ずった声でアディルに尋ねるとアディルは少し振り返り頷く。


「ああ、竜姫の話では吸血鬼ヴァンパイアの名前はローゴン、体を霧に変化させる事が出来るらしくて、霧となった時には攻撃は効かないらしい」

「厄介ね……」

「そうでもないさ。むしろその時が狙い目だと思う」

「「「え?」」」


 アディルの言葉に三人は驚きの声を上げる。するとアディルはさも当然というような表情を浮かべる。


「どうやら吸血鬼ヴァンパイアにとって霧になる能力は自分の能力の拠り所だろう。それを潰せば勝利は簡単に手に入るさ」

「でも攻撃が効かないんでしょ? どうするの?」

「まぁそちらの方は俺に任せてくれ。それよりも問題があって吸血鬼ヴァンパイアはどうやら本体じゃなく分身体という話だ」

「分身体?」

「ああ、どこからか本体がそいつを操っているんだと思う。竜姫も何体か斃したらしいが何度も襲ってくるんで面倒になって逃げているという話だ」


 そこにエスティルがなるほどという表情を浮かべる。


「それじゃあ、確かに戦うだけ無駄だし、不用意に自分の情報を与える事になるから相手にしないようになるわね」

「どうやらそういう事みたいだ。吸血鬼ヴァンパイアを斬った上でその竜姫と話し合いの場を設けるつもりだ」


 アディルの言葉に対して三人が首を傾げる。


「いきなり見ず知らずの男がやって来ていきなり“俺を信じろ”と言って信じるわけないさ。吸血鬼ヴァンパイアの分身体を始末して竜姫と交渉するつもりだ」

「交渉?」

「ああ、俺達の仲間になってくれないかという交渉だ」

「それって……ひょっとして……」

「ああ、竜姫はなにかしらのもめ事を抱えてくれてそうだからな。俺の修行の助けになる」


 アディルの言葉を聞いて三人がやっぱりかという表情を浮かべる。


「さぁいくぞ。村の防御を高めよう!!」


 アディルはそう言うと三人を伴って村に防御陣を張り巡らせた。


 そして……吸血鬼ヴァンパイアが予告した満月の夜を迎える。

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