第21話 初任務⑨

「さて、終わった終わった。何か偉そうな登場の割には他愛のない連中だったな」


 アディルの言葉に三人は微妙な表情を浮かべる。エルガスト達の実力は決してアディルの言うように“他愛のない”で片付けられるものではない。だが結果としてアディルはエルガスト達を圧倒した以上、頭から否定する事も出来ないのだ。


「ねぇアディル一つ聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「エルガストの放った魔術をかき消したのは一体何? あれってどうやったの?」


 ヴェルがアディルに告げる。エリスとエスティルも同様の表情を浮かべている所からアディルに聞きたい事はそれほど変わりないのだろう。アディルは不思議そうな表情を浮かべて言う。


「何って、金気は木気を打ち消すのは常識だろ? 魔族は魔術の系統が人間と異なるから知らなくても納得出来るがなんでお前らまで驚いてたんだ?」

「いや、キンキってそもそもなによ? まずはそこからわからないわ」


 アディルの言葉にヴェルが抗議を行うとエリスとエスティルもまたも同様の表情を浮かべながら頷く。その表情には“こいつ何言ってるんだ?”という感情がふんだんに盛り込まれている。


「五行思想ごぎょうしそうなんか常識だろ?」


 アディルの言葉に三人は静かに首を振る。その仕草にアディルは驚きの表情を浮かべる。


「なぁ……ひょっとしてお前ら五行思想を知らないのか?」

「ええ、今初めて聞いたわ」

「私も」

「もちろん私もよ。人間の使う術と思っていたけど二人も知らないのね。ひょっとしてアディルぐらいしか知らないんじゃない」


 三人の返答にアディルはよろめく。


(親父殿!! 俺達の使う術は相当異質だという事をなぜ教えてくれない!! 親父殿も若い頃に修行に出たのだから当然知ってたはずだ)


 アディルは心の中で父アドスの顔を思い浮かべながら抗議を行う。空想の中の父親は頭をかきながら“忘れてた”と謝っている。父アドスは結構その辺りの配慮が抜ける男だったのだ。


「あのさ、ひょっとして俺の使う式神しきがみについてお前達は驚いてたけど……ひょっとしてお前らの使う魔術にそんなものないのか?」

「いえ、あれは似たような術があるからそれほど不思議に思わなかったわ。でもゴギョウ何とかなんてまったくの初耳よ」

「うん、今更だけどあなたの剣だって珍しいなと思っていたけど、専門外だから言わなかったのよ」

「そうそう、封印術だって龍脈系とか言ってたけど初耳だったじゃない」

「……そう言えばそうだったな」


 ヴェルとエリスからもたらされる言葉にアディルは今更ながら自分の迂闊さに気付く。アディルは戦いの駆け引きに思考の大部分を割り振っており、常識には少々疎いところがあったのだ。


「アディルって結構残念なところがあるのね」

「そうね。仕事では頼りになるけど結構抜けてるのね」

「二人ともそこまで言ったらアディルが可哀想よ」


 三人がアディルに思い思いの言葉を投げ掛ける。それを見てアディルは少々落ち込んでしまう。


「アディル、落ち着いている暇はないわ。はやくゴギョウ何とかについて教えてよ」


 ヴェルの言葉にアディルは何とか立ち直ると五行思想について説明を始める。


「ああ、まずな俺の使う術は五行ごぎょうという思想が元になってるんだ。この世界は五つの気がある。金きん、木もく、土つち、水みず、火ひの五つだ。この五つの気は互いに影響し合っているわけだ。相性の良いものならば一方的に破る事が出来る。金属の斧は木を切り倒し、木の根は土を抉り、土は水を堰きとめ、水は火を消し。火は金属を溶かすという風にグルグルと強さと弱さが入れ違うわけだ。エルガストが使った雷術なんだけど、雷は木気もくきに分類される。だから金気きんきをつかって木気の雷を破ったんだ」


 アディルの五行思想の話を聞き、ヴェル達は理解不能という表情を浮かべている。アディルの言う思想は自分達の常識とあまりにもかけ離れていたのだ。


「なぁ今更だけどお前達の魔術理論を大まかで良いから教えてくれないか?」


 アディルの言葉にヴェルが頷く。


「うん、私達は魔術を四つに分類するの。土、水、火、風の四つね。これは四元素とよばれてるわ。私達は術式に魔力を込めることでそれぞれの効果を生み出すのよ」

「そうか。それでその四つは互いに影響を与えるという事はないのか?金気が木気を破るというような」

「う~ん……火は水で消えるぐらいの認識はあるけど、でもそれってアディルの言う五行思想とは違う感じはするわね。火は水で消えるというのは自然現象だけど火の勢いが強ければ当然あっという間に蒸発して終わりだもの」

「ヴェルの言う通りね。例えば私の治癒魔術は“水”の元素を使うモノよ。でもあなたの思想だと木気によって得たケガとかは金気によって癒やすという風な考えにもなるわよね」

「じゃあ、基本四元素は独立して存在しているという感じか?」

「そう考えてもらっても構わないんじゃないかしら」


 アディルの結論にエリスは賛同する。


「魔族の魔術の思想も大体人間の魔術思想と変わんないわ」


 エスティルの言葉にアディルは心の中でよろめいた。自分の行っている術がいかに異質かを思い知らされたところであった。いくら何でも魔族の思想よりもかけ離れているとは思わなかったのだ。


「まぁ、そうは言ってもアディルのその五行思想は大きな武器なのは間違いないわね」

「そうね。封印術も便利だし、符で作り出された兎たちも可愛いし♪」

「そうそう、アレ可愛いわよね♪」

「ねぇその兎ってどんなの?」

「黒くて小さくてモコモコして本当に可愛いのよ♪」

「えぇ~見たい!!」

「ねぇ、アディルまたあれ出してよ」


 すっかり兎たちの虜になったヴェルとエリスは、新たな信者候補としてエスティルを選んだようだ。その様子にアディルは少しため息をつくと符を一枚取り出すと地面に放る。地面に落ちた符から黒い靄がモコモコと溢れると兎の形になった。


「「「カワイイ♪」」」


 三人の美少女達は現れた兎たちを即座に抱きしめ、兎の顔に頬ずりし始めた。魔族であるエスティルもどうやら兎の可愛さに心を奪われてしまったようだった。


「あ、あの……」


 そこに男がアディルに声をかけてきた。


「なんだ?」


 アディルがその男を見る目の温度は氷点の遥か下にある。男が声をかけた事に対してヴェル達も不快気な表情を浮かべていた。“至高の時間を邪魔すんじゃねぇよ”とその目は語っている。


「あの、我々はどうすれば……」


 この男達はアディル達を付け狙っていた者達であり所謂殺し屋と呼ばれる者達である。エスティルを仲間に引き入れてからエルガスト達と接敵するまでの間に捕まえたのだ。当然ながらアディル達は敵対者へ容赦するという思考回路を持っていないので、御用となった三人はアディルの術により絶対服従をさせられているのだ。

 絶対服従させられた男達は実力的にはエルガストと敵対できるものではなく単なる自殺志願でしかなかったのだが、アディルの術は強力であり男達は到底抗うことは出来なかったのだ。

 ちなみに男達が襲ったときに背後からエルガストを射たのは、アディルの使役する式神の鎧武者の弓兵バージョンであった。


「ああ、安心しろ別にお前達をここで殺すような事はしないからな」


 アディルの言葉に男達二人は少しばかりほっとした表情を浮かべるが、別に別にアディルは自分達を解放すると言っているわけではないことに気付くとすぐさま顔を曇らせる。


「これからお前達は俺達のために身を粉にして働いてもらうさ。ああ、もし仲間を増やしたいというのならお前達の旧友の暗殺者達に声かけてくれ。すぐに雇う・・からな」


 アディルの雇うという言葉を男達は当然ながら言葉通りに受け取る事は出来ない。今自分達が置かれている状況に置くことを意味している事ぐらいすぐにわかるというものだ。


「さて、それじゃあ。当初の任務であるゴブリンロードを討伐するとしよう」

「わかったわ」

「うん」

「了解よ」


 アディルがそう言うと三人は抱きしめていた兎を地面に放つとそれぞれ周囲を警戒し始める。この後、アディル達はエルガスト達に虐殺されたゴブリンロード達の死体を発見することになる。

 討伐証拠の左耳を持って帰れば討伐完遂と言えるのだが、自分達がやったわけでもないのに報酬をもらう事はどうも気が進まなかったので、ギルドには何者かがゴブリンロードを斃していたと言う報告だけ行う事にした。

 そのため、収入とすればただ薬草採集の分だけであったがエスティルという仲間が加わった事でアディル達からすれば報酬以上に得たものが大きかったのである。

 エスティルという新たな仲間、アディルの使う術は使いようによっては魔族すらたやすく葬ることが出来る程強力なものであることが分かったことがそれである。 


 こうしてアマテラスの初任務は終了したのであった。

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