第20話 初任務⑧
エルガストの体を覆った魔力の凄まじさにアマテラスの面々は身構える。さりげなくエスティルはヴェルとエリスを庇う位置に立つ。ヴェル、エリスも防御陣を形成しエルガストの魔術に備えている。だがアディルだけは余裕のある態度を崩すことはなかった。
「ほう……確かに凄まじい魔力だな。だが俺に通じるかどうかは別問題だ」
「なんだと?」
「お前が何の魔術を得意としているかはすでにエスティルから聞いている。だが俺のこの自信は何か策があるからという事に他ならない。何かあるぞ。お前の魔術が通じない為の方法がな」
アディルの言葉にエルガストは目を細める確かに自分が放とうとしたのは得意の雷術である。それをエスティルから聞いていてもおかしくはない。だが、なぜそれをわざわざアディルが口にしたのかをエルガストは考えた。
(この雷術を放たせないためのハッタリだ。このガキは確かに頭が切れるようだが、私の雷術が通じないわけはない。そこでハッタリで雷術を使わせないように仕向けようとしているのだろう)
エルガストはそう結論づけるとアディルの言葉を無視して展開した魔術を放つ。放った魔術は【双雷竜ツインライトニングドラゴン】だ。凄まじい威力の雷撃がまるで竜の如く対象者に襲いかかるという恐るべき魔術だ。
その凄まじい威力の二匹の雷竜がアディルに、いや、そのままアマテラスごと吹き飛ばそうと襲いかかった。だが、アディルは薙刀と腰のカタナを抜くと襲いかかる二匹の雷竜に向かってそれぞれ鋒を向ける。
「金剋木きんこくもく!! 金気を持って雷を剋す!!」
アディルがそう叫ぶとエルガストの放った双雷竜ツインライトニングドラゴンはアディルの持つカタナと薙刀の鋒に触れた所から消え去っていく。後には蒸気が浮かんでおり、それがエルガストの双雷竜ツインライトニングドラゴンが消滅した事を逆に印象づけた。
「な……」
エルガストは呆然とした表情を浮かべている。自分の得意とする雷術がかき消えたという現実はエルガストにとって未知の現象だったのだ。防ぐのではなく消え去るなどという事は圧倒的な力の差がない限り不可能なはずである。ところが目の前の人間がそれを行ったのだ。
「どうやったの……」
「あり得ない……」
「アディル……あなた一体……」
一方でヴェル達も同様に今見た事が信じられないという様子である。
(おいおい……あいつら何言ってるんだ? まぁエスティルは魔族だから知らなくても分かるが……)
アディルは心の中で三人の反応に首を捻る。エスティルがアディルのやった事に対して知らないというのは思考の方向性が異なる可能性がある以上頷けるのだが、ヴェルとエリスが首を捻っているのには首を捻る。
(ひょっとして俺の使っている術はかなり異質なのか?)
アディルがその考えに至ったときにエルガストから声がかかる。
「何をやった?」
「何がだ?」
「貴様が俺の雷術をかき消したことだ!!」
「教えるわけないだろう。お前はアホなのか?」
エルガストはアディルに尋ねるがアディルは当然の如くその質問を拒否する。命のやり取りをしているのに自分の能力をひけらかすのはアホのすることだ。
「さて、続きを始めるとするか」
アディルは抜いたカタナを再び納刀すると薙刀を構える。その様子にエルガストは忌々しげに表情を歪める。その表情は先程までの勝ち誇った嘲弄はない。アディルという未知の術を使う相手に対する警戒が含まれていた。
アディルは薙刀を構えると一歩目を踏み出しエルガストに斬りかかる。アディルの足運びは初動を読ませづらいものであり、エルガストは不覚にもアディルの薙刀の間合いにあっさりと入ってしまう。
アディルは間合いに入った瞬間に薙刀を一閃する。狙ったのは先程のオギュス同様に右脛である。アディルが足を執拗に狙うのは当然ながら斬撃の意識を足元に向けるためである。
「く……」
アディルの薙刀の斬撃は鋭く上下左右連続してあらゆる斬撃がエルガストを襲う。薙刀はカタナよりも間合いが長いためにエルガストは中々間合いに踏み込むことが出来ない。
(ち……このガキの斬撃は鋭い……中々踏み込めん)
エルガストがアディルに苦戦しているのは明らかであったがそれを認める事はエルガストにとって屈辱以外のなにものでもない。
(よし……こいつの意識は完全に俺に向いたな)
一方でアディルは着々と戦いの主導権を握っていた。エスティル、ヴェル、エリスもそれぞれの行動をとる。もちろんこれは事前に話し合ったりはしていない。それぞれがぞれぞれ最適と思う行動をとるようにしていたのだ。
ヴェルは手に魔力を集中していつでもナイフを投擲しようと待ち構え、エリスは防御陣を形成している。エスティルはアディルとエルガストの周囲を回る。当然隙を探して斬りかかるつもりなのだが、斬りかからなくてもエスティルが狙っていると言うだけでエルガストには脅威となっているのだ。
エルガストが一歩踏み込もうとした瞬間にアディルはその出足を薙刀で斬りつけるためにエルガストは踏み込むことが出来ないのだ。
「どうした? お偉い魔族様、人間如きに押されているぞ」
アディルは所々でエルガストへの挑発を入れる。挑発によりエルガストの精神力を削ろうとしての事である。
「く……」
あからさまな挑発であったがエルガストには効果があったようでアディルを見る目に怒りの感情がさらに宿る。
「今だ!!」
アディルが叫ぶと茂みの中から三人の男が飛び出してくる。皆一様に剣を抜き放っておりエルガストに斬りかかったのだ。チラリとエルガストは三人の男達を見る。だが、もちろんアディル達からも意識を外すことはない。
「ふん!! 舐めるなクズが!!」
エルガストは襲いかかってきた三人の実力がアディル達に遠く及ばないことを一目で見抜くと男達を蹴散らしに向かう。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
襲いかかった男の一人に容赦なく拳を振るう。その拳をまともに受けた男の顔面は放たれた拳に耐える事は出来ずに頭部を砕かれた。まるでスイカを地面に叩きつけ砕けるように男の頭部は粉々に砕け散ったのだ。
「ゴミ虫が!!」
エルガストがもう一人の男に狙いを定めた時にエルガストの背中に鈍い衝撃が走る。突然の事でありエルガストが肩越しに見ると背に矢が突き刺さっていた。
「な……」
その一瞬の自失にアディルはエルガストに突進するとそのままエルガストにぶつかり両腕で両足を掴むとエルガストを押し倒した。
「ぐ……」
背に走った衝撃に反射的にエルガストは目をつむる。その瞬間、エルガストの顔面に衝撃が走る。
(ぐ……なんだ?)
苦痛の中エルガストが目を辛うじて開けるとアディルが薙刀の石突きでエルガストの顔面をついているのが目に入る。アディルは容赦なく石突きでエルガストの顔面を何度も何度も殴りつける。
ゴギィ!!ゴッゴッゴッゴッゴッゴッ!!ゴギィ!!
殴りつける音が周囲に響く。その音はとても生き物を殴りつけている時に発するような音ではない。それほど凄まじい音であった。人間ならばとうに死んでいたことだろう。だがエルガストは魔族であり身体的に人間よりも遥かに強靱であった。
エルガストはアディルが石突きで衝いたその時を狙ってアディルの両腕を掴み上げるとそのままその場で回転してアディルを振り落とした。
振り落とされたアディルは地面を転がったがすぐさま立ち上がる。エルガストも何とか立ち上がるがエルガストの顔面は見るも無惨な姿に変わっている。
「許さんぞ!! 貴様ぁぁぁぁ!!」
エルガストはアディルに向け再び魔術を放つ。放たれた魔術は【火球ファイヤーボール】という初級の魔術である。高速で放たれた火球は対象者に当たると爆発するようになっている。
「水剋火すいこくか!! 水気を持って火を剋す!!」
アディルがそう叫び火球ファイヤーボールを薙刀で打ち払うと放たれた火球は爆発することなく先程の双雷竜ツインライトニングドラゴン同様に消え去った。
「お、お前は一体何なんだ!!」
またもかき消された自らの魔術を見て、エルガストは恐怖の叫びを上げるがアディルは構うことなく薙刀でエルガストの足を斬り飛ばした。もはやこの段階でエルガストは戦える精神状況ではない。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
足を斬り飛ばされたエルガストは声の限り叫びそのまま倒れ込んだ。アディルは倒れ込んだエルガストに向かって振り上げた薙刀を振り下ろした。振り下ろされた薙刀の斬撃をエルガストは両腕を交叉させて受け止めた。命を失うまいという本能ゆえの行動であった。だが、その行動も次の瞬間には無に帰すことになる。
ヴェルの投擲されたナイフがエルガストの右目に突き刺さったのだ眼球に突き刺さったナイフはエルガストの精神をさらに削る。。
「エスティル!!」
「うん!!」
とどめとばかりにアディルがエスティルの名を叫ぶとエスティルは跳躍しエルガストのがら空きとなった腹部に魔剣を突き立てた。
「がぁぁぁぁぁっぁぁ!!」
腹を貫かれたエルガストの力が急速に抜けていきそれはアディルの薙刀を防ぐことが出来なくなることを意味していた。少しずつアディルの薙刀の刃がエルガストの腕にめり込んでいく。
「ひっ……ま、待て」
エルガストは恐怖の声を出し制止しようとするがアディルは構うことなくそのまま振り下ろすと薙刀の刃がエルガストの腕を斬り落とし、そのまま心臓を両断した。
「が……」
心臓を両断されたエルガストの目から光が急速に失われそれが無くなった時にアディル達はエルガストから離れる。
「終わりだな……残党はいるかな……」
アディルが周囲を警戒し出すとヴェル達も周囲を確認するが敵対者の気配は一切感じなかった。それを確認すると全員が警戒を解く。
戦いはアマテラスの勝利で幕を閉じたのだった。
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