第19話 初任務⑦

「来たな」


 アディル達“アマテラス”の前にエルガスト達三体の魔族が現れる。身長二メートルぐらいの真ん中にいる執事服を着た魔族がエルガストであろうことを全員が察している。

 アディル達の姿を確認したエルガスト達は露骨に蔑んだ目を向けてきていた。ここまではエスティルの前情報通りの反応を見せている。


「これはこれは皇女様、こんな所で供も連れず下等生物などをつれていかがなされました?」


 エルガストの嘲りの言葉に後ろに控えるコーズとオギュスが嗤う。追従の意味もあるのだろうが、大部分は嘲りの要素が強い。


「皇女?」


 一方でエスティルのことを皇女と呼んだエルガストの言葉にアディル達は驚き、ちらりと視線を向けるとエスティルは少々バツの悪い表情を浮かべた。


「エスティル、あなたって皇女様なの!?」


 エリスが妙にテンションを上げてエスティルに尋ねる。


「う、うん……その黙っててごめんなさい。もし私が魔族の皇女なんて知られたら……」

「どういう事よ!! いくら何でも魔族の皇女様だなんてそんなもの私達の手にはおえないわ!!」

「エリス……ごめんなさい。でも……」


 エリスの言葉にエスティルは悲痛な表情を浮かべる。その様子を見ていたエルガストは愉快そうに嗤いながらエスティルを嘲る。


「くくく……上手く人間達を手駒にしようとしたのだろうが無意味だったな。そう、その女はエスティル=ルシュナ=ガーゼルベルト、魔界を統べるガーレイン帝国皇帝、ヴィルゼフ=リューノ=ガーゼルベルト陛下の第二皇女よ」

「なんだと!?」


 エルガストの言葉に今度はアディルが驚嘆の声をあげる。その様子を見てエスティルの表情はさらに沈む。


「話が違うわよ。あなた……もしかして私達を欺したの!!」

「ち、違うわ。私はあなた達を欺したつもりはない!! 本当よ!!」

「じゃあ、どうして私達に皇女だった事を話さなかったのよ!!」

「そ、それは……」


 ヴェルもエスティルを責める。アディル達三人に厳しい視線を向けられてエスティルの目には涙が浮かんでいる。


「なぁ、あんた、俺達は欺されたんだ!! 相手が魔族だなんて聞いてなかったんだ。俺達は手を引くから見逃してくれ!!」

「そ、そんな……」

「そ、そうよ。私達だって巻き込まれて死ぬのなんてゴメンよ!!」

「そうよ。エスティルは私達を欺したんだから当然の報いよ!!」


 突如始まったアマテラスの内紛を見て、エルガスト達は口を歪めて愉快そうに眺めていた。エルガスト達にとって人間のような下等生物が醜く足掻く姿はこれ以上無い見世物だったのだ。


「なぁ頼む。なんだったらこいつをあんた達に差し出すから」

「アディル、私を守ってくれるという言葉は嘘だったの?」

「うるさい!!お前も俺達を欺してたんだから当たり前だろう!!」


 エスティルの悲痛な顔は保護欲を大いに掻き立てるものであるが、アマテラスの面々はそれに心動かされた様子はないようだ。


「ははは、これ以上無い滑稽で無様な茶番劇であったがここまでにしよう。オギュスお前は人間達を食え。コーズは皇女をとらえろ」

「はっ!!」

「はい。ありがとうございます。男の方は不味そうだが、女の方は美味そうだな」


 エルガストの言葉にコーズとオギュスは即答する。オギュスは人間を食えるという事でニタニタという不愉快な嗤顔えがおを浮かべている。


「ま、待ってくれ!!」

「やれ」


 アディルが制止しようと声をかけたがそこにエルガストは耳を当然貸すことなく蔑みを込めた声で配下に命じるとコーズとオギュスはアマテラスの面々に襲いかかった。


 オギュスはアディル達に向かって走り出した時に、右腕が突然膨張し元のサイズの二倍どの大きさとなった。顔にはニタニタとした不愉快な嗤い顔は未だに浮かんでいる。

 アディルは逃げるのでもなく逆にオギュスに踏み込む。オギュスが間合いに踏み込む寸前にアディルの手には一本の薙刀が握られていた。アディルはその薙刀を一閃する。


 ズバァァァァァ!!


 アディルの狙ったのはオギュスの右脛だ。アディル達をエサとしか認識していなかったオギュスはアディルのこの脛切りをまともに受ける。右脛から切り落とされたオギュスはそのまま受け身を取ることなく倒れ込んだ。

 自分がなぜ倒れたかを理解できなかったようで呆けた表情を見せていたが自分が右足を斬り落とされた事に気付くと苦痛が発生したのだろう。苦痛の表情を浮かべた。だがオギュスは絶叫を放つ事はしなかった。

 アディルが足を斬り落とした瞬間にエスティルが倒れ込むオギュスの首を貫いたのだ。オギュスは足を斬り落とされた苦痛から解放された代償として命を失ったのだ。


「え?……ぐ」


 オギュスが殺された事に呆けたコーズの目にヴェルが投擲したナイフが突き刺さったのだ。突然発した目への苦痛と、片目の視界がなくなった事にコーズは混乱した。そこにアディルが雷光のような動きで一瞬でコーズとの間合いを潰すと喉を薙刀で貫いた。


「が……」


 コーズの口から苦痛の声と血が溢れ出す。明らかに致命傷であった。残った片目でアディルを睨みつけるがアディルはまったく気にした様子もなく薙刀を横に薙ぎ払った。首を大きく斬り裂かれたコーズは血を撒き散らしながら倒れ込む。


「マヌケが……」


 アディルの言葉が冷たく響き、薙刀を持つ手が振り上げられると倒れ込むコーズの首に容赦なく振り下ろされ、コーズの首は地面に転がった。念には念をというやつである。


「しかし、本当に上手くいったわね」

「うん、私もここまで上手くいくなんて思ってなかったわ」

「私も」

「言ったろ。絶対上手くいくって」


 アディル達の言葉にエルガストは先程までの内輪もめは演技であった事を察する。その洞察は正しかった。アディル達はエスティルから自分が皇女である事を聞いており、それを知らないと言う事にしてエルガスト達を欺き、罠に嵌めようとしたのだ。そしてそれは上手くいきエルガストは部下二体をいきなり失う事になったのだった。


「貴様ら皇女だったという事を知らなかったのはウソか!!」


 エルガストの言葉にアディルはニヤリと嗤う。先程までのオドオドした様子は一切無く自信に満ちあふれた表情だ。


「当たり前だろ。そんな大事な事をエスティルが話さないわけないだろう。お前大物ぶっててもその程度の事を看破できないんだから嗤わせてくれるぜ」


 アディルはエルガストに対して挑発を一切止める気はない。もとよりこれは次の一手でありエルガストとの戦いの前準備に過ぎない。もし、ここでエルガストが激高し怒りにまかせて襲ってくれば恐れる事無く斬り伏せることが出来る。何しろ不意を付いたとは言えエルガストの部下二体をあっさりとこちらは始末したのだ。その事を配慮しないのであれば恐れるような相手ではない。

 反対にここで慎重な姿勢を見せるのであればこちらもそれに応じた戦いを展開するまでの事だ。どちらに転んでもアディル達にとってエルガストの情報を手に入れるという観点からすれば損をするわけではない。


「しかし、三人とも演技が下手だな。俺は笑いを堪えるのに必至だったぞ」


 アディルの駄目出しに三人は憮然とした表情を浮かべる。


「何言ってるのよ。アディルだって“何が助けてくれ”よ。違和感しか感じなかったわ」


 アディルの駄目出しにヴェルが抗議するとエリスもエスティルもウンウンと頷いている。


「そうか? でもその下手な演技に欺されるエルカ・ストとやらもあんまり頭が良くないみたいだな」


 アディルの挑発は止まらない。おまけにわざわざ名前を間違えるという屈辱のおまけ付きである。こういう些細な間違いを入れる事は挑発の効果を意外とあげるものだ。しかもガをカと言うだけなのでコストパフォーマンス的には非常に大きい。


「さて、エルカスト君、頭のあまりよろしくない君にはこの状況が見えてないだろうから教えてやるが四対一だ。それでもやるかい?」


 アディルの挑発についにエルガストは忍耐心が蒸発したのだろう。凄まじい魔力がエルガストを覆い、両手をアディル達に向けると手の先から魔法陣が浮かび上がった。

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