第18話 初任務⑥

「え~と……あなた、私の話聞いてた?」


 エスティルは呆れたようにアディルに向かって言う。自分は魔族だし、自分と一緒に行動すれば魔族と戦う事になる。それは常に命を危険にさらす行為である事は明らかだ。それにも関わらずアディルは自分と手を組もうとしているのだ。普通に考えればあり得ない事である。


「ああ、お前と一緒にいれば魔族と戦う事になるんだろ? 最高じゃないか!!」

「あなた……ひょっとして魔族に怨みでもあるの?」

「そんなものない。魔族にあったのはお前が初めてだ」


 アディルの返答にエスティルはさらに困惑を深めていく。もしアディルが魔族に怨みがあるというのなら理解できるが、アディルの口ぶりではそうでない。もちろんアディルが嘘をついているという可能性もあるのだが、何となくだがアディルはそのような事で嘘をつくことはないという印象であった。


「それなら、厄介事しか背負い込まない事になるわよ」

「ふふふ、甘いな。エスティル、お前は俺の話をまったく聞いていない。それどころか俺から魔族と戦う機会を取り上げようとしている。なんと非道いやつだ」


 アディルの言い分にエスティルはパクパクと口を動かした。自分とすればアディル達の身を案じているつもりであったのに“非道い”といわれては呆れてものが言えないというやつであった。端で見ていたヴェルとエリスはエスティルのその気持ちが嫌と言うほど分かっていた。


「あ~アディル……ちょっと待とうね。エスティルさんは完全に理解不能になっているわよ」

「ん、そうか?俺にとっては結論から言った方が手っ取り早いと思ったんだがな」

「端折りすぎよ。私の時だってビックリしたわ」

「そうね、私達はアディルの目的を知っているから想定内の事だけど普通に考えれば絶対に言わないわよ」


 ヴェルの言葉にエリスもウンウンと頷いている。アディルは結構理論派なのだが、こと修行相手を確保するためならその辺りの事は色々とすっ飛ばすところがあった。ヴェル

手を組んだのもその一例である。


「えっとね、エスティルさん。アディルの目的はとにかく強くなる事なの。どうやら三年後にお父さんと試合をして認められたいのよ。そのために敵を求めているのよ」

「はぁ」

「まぁいきなり言われて裏があると考えるのは普通よね。でも私もある貴族と揉めててね。色々と追っ手が送り込まれることになるんだろうけどアディルはそれを練習相手としかみてない。多分魔族云々もそれと同じよ」

「正気なの?」

「うん、最初は私も裏があるかもと思ったんだけど、どうやら本心からアディルはそう思ってるらしいのよ。正気かどうか言われたらちょっと自信はないけどね」

「そう……でもあなた達は平気なの? 私といればあなた達も魔族に狙われることになるのよ」


 エスティルはヴェルとエリスに向けて言う。その声には二人に対する気遣いが含まれている事を二人は感じていた。


「う~ん……少なくとも私はあなたと同じ立場だから文句を言う事は出来ないわ」

「私もよ。ヴェルは受け入れてあなたはダメというのは論法としておかしいわ」


 ヴェルとエリスの言葉にエスティルは顔を綻ばせる。


「はぁ……何か巻き込まないように気遣っていたのがバカみたいね」


 エスティルは顔を綻ばせながら言う。


「それで、お前は俺達と組むのか組まないのかどっちだ?」

「勿論、組むわ。どのみち私だけでこの地上で生き残れるわけないからね。あなた達と組めばそれだけ生き残る可能性が上がるしね」

「よし、これで成立だ。俺の事はアディルと呼んでくれ」

「あ、私はヴェルね」

「私もエリスと呼んでね」

「それじゃあ、私の事もエスティルと呼んでね」


 エスティルが受け入れた事で“アマテラス”は四人のメンバーとなった事が確定する。本来であればここから報酬とかについて取り決めする必要があるのだが、この段階で話し合う時間はないようだ。


「それじゃあ、エスティルお前の追っ手をここで迎え撃つから、そのエル何とかの情報を頼む」

「あ、うん。エルガストは執事服に身を包んだ男で基本的には素手で戦うわ。得意な魔術は雷術という雷撃の魔術よ。あと常に一緒にいる部下がいるわ。コーズとオギュスという名前でコーズはコウモリの羽のような翼を持ってる長剣の使い手よ。オギュスは体の一部分を魔力で巨大化して戦うのよ」

「ふむ……それじゃあそいつらは交渉出来るような連中か?」

「それは無理ね。エルガスト達は基本的に地上の者達を見下してるから這いつくばって慈悲を乞うても必ず殺されるわ」

「そいつらの嗜虐性は相当強いものと考えても良いか?」

「そうね、弱い者をいたぶることに対して少なくとも良心の呵責を覚えるような連中じゃないわ」


 エスティルの言葉にアディル達は考え込む。今の情報はかなり有益なものであることは間違いない。“地上の者達を見下している”という言葉からエルガスト達はこちらを舐めて掛かってくる可能性が高い。


「それじゃあ、まず周りの部下達を始末する事にしよう。俺がオギュスとか言うやつをまず始末する。その後にコーズだ。その間エスティルはエルガストを押さえてくれ」


 アディルの言葉にエスティルは窘めるような視線を向ける。三者の実力を知るエスティルにしてみればアディルの言葉は大言壮語にしか見えなかった事だろう。


「一応言っておくが、俺は魔族を舐めているわけじゃないぞ。むしろ舐めているのはあいつらだからな」


 アディルの言葉に全員が顔を傾げるのであった。



 *  *  *


(移動していない……人間らしき連中と一緒にいる……助太刀を頼んだか?)


 エルガストは自分の求める相手であるエスティルが移動せずに留まっている事を探知していた。移動せずに留まっている理由をそう判断する。同時にエスティルの愚かさを嘲るように口元を歪める。


(バカめ。大人しく逃げていればまだ長く生きれたのにな。人間如きに助太刀を頼んだところで全くの無意味なのにな)


 エルガストはエスティルが助太刀を得た可能性を考慮するがまったく速度を緩めることなく一直線にエスティルに向かっていく。そのため、途中に黒い兎が何羽かいたのだが、それを当然ながら気に留める事も無かったのだ。


「エルガスト様……王女は移動していないのは一体……」


 コーズがエルガストに注意を促すように言う。コーズは意外と用心深いところがあるのだ。


「人間に加勢を頼んだのだろう。王女はあれでも容姿に優れているからな。人間のような思慮の足りない者ではすぐに誑かされる事だろう」

「となると王女はその人間達を捨て駒にすると?」

「そう考えるのが普通だろう」

「なるほど……そうなると手間が省けますな」

「そういうことだ」


 エルガストとコーズの会話には緊張感は一切無い。人間をいや地上の者を下等生物と蔑むのが当たり前の価値観であるエルガスト達にしてみれば当然の事であった。

 魔族の住む世界は元々魔界という異界にある。そこでは魔力濃度がこの世界よりも段違いに濃いためにそこに済む者達はこの世界よりも遥かに強大な魔術を使用することが可能なのだ。また過酷な環境で生き残るためにその身体能力も非常に高い。そのため魔族はこの世界に住む者達を見下していたのだ。


「エルガスト様、その人間食べちゃダメですか?」


 そこにオギュスが口を差し挟む。魔族の中には人間を単なるエサとしか思っていない者達もいるのだ。それは民族的な食文化でありエサとして見ない者達も当然ながら存在する。

 エスティルやエルガストはエサとして人間を見るという文化ではない。だが対等として見る者はほとんどいないというわけだ。その意味ではエスティルは少数派に属すると言えるだろう。


「好きにしろ。さていくぞ。人間はともかく皇女はやっかいだ」

「はっ!!」

「はい!!」


 エルガスト達の視界にアディル達“アマテラス”が映った。

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